彭侯狩りⅦ
家臣団たちの様子はと言うと、國明の指示の下、一気呵成に畳みかける。一人が躱されることなど想定済み。二人、三人と波状攻撃を仕掛けて、逃げ場を無くしていく。
しかし、最後の一手がどうにも決まらない。際どい所でただでさえ早い彭侯が加速をして逃げきってしまう。
「あの魔物が動く範囲を限定する。確かに土魔法ならば、できるだろうけど……」
フェイの心配は尤もだった。
詠唱せずに魔法を使うのは、かなり使い慣れた魔法でなければ難しい。初級魔法ならばともかく、桜が使おうとしているのは中級魔法の岩の槍。
マリーたちと使った時には進路上の両側に配置することで壁の代わりにして逃げ道を無くした。成功すれば、かなりのアドバンテージを得ることができる。
「予め発動する場所を決めておけば、タイミングは何とかしてみる。それを後は他の人に伝えてくれれば――――」
「わかった。そこは僕が何とかする。勇輝、君は彼へ伝えてくれるかい?」
フェイの示す先には國明がいた。
露骨に嫌な表情をする勇輝であったが、背に腹は代えられない。勇輝は指示を飛ばす國明に向けて走り寄る。
「うん? 何だ。何故お前がこっちにいるんだ? さっさとあいつらのように犬を何とかしろ。お前の方が身軽なんだから、さっきみたいに――――」
「いや、それよりもいい方法があるって話だよ」
勇輝は訝しげな顔をする國明に、桜の魔法で行動範囲を狭める提案をする。
すると、國明は一瞬動きを止め背後を振り返った。その視線の先には、一層目の結界の外で待機している光子の姿がある。
「おい、詠唱せずに結界を素早く展開できるか?」
「もちろんです。数と規模にもよりますが、ある程度のものならば対応できます」
「そうか。だったら友達同士で仲良く足止めしてみせろ。場所は――――」
國明が桜の指定した場所を示す。それを聞いて光子は、一瞬呆けた後、鋭い目つきに変貌する。必ず止めて見せる、と。
その反応に満足したのか、國明は口の端を持ち上げて前に踏み出す。
「おい、何を――――」
「はっ、あんな雑魚に手こずってたら、南条の名が泣く。お前もぼーっとしてないで、着いて来い!」
音もなく國明の体がブレると、十メートル以上先へと既に移動をしていた。心刀を振り回し炎の斬撃を牽制に本命の本体を振るうが、寸でのところで躱される。
「ちっ、首に触れるところまでは行くのに、しぶとい奴だ。お前ら! 巫女と陰陽師の女に協力するが、それまでに仕留めたらいけないなんて決まりはねえ。むしろ、それまでに仕留める気でやれ! 手ぇ抜くんじゃねえぞ!」
國明の言葉に家臣団の雰囲気が変わった。
勇輝の魔眼にもその変化は一瞬で現れる。ここに揃っている家臣団のほぼ全員が赤色の光を放っていたが、その輝きが一気に増した。
その一方で、勇輝が強者と判断している基準の一つである光と肉体の誤差。即ち、皮膚から光がどれだけ離れ、どれだけ遅れて動いて来るかであるが、その距離も遅れもどんどん縮まっていた。
「――――本当に、凄いな。一人で戦うだけじゃなく、指揮官としても優秀とかさ」
「はっ、褒めても何も出ないぞ」
「げっ、聞こえてたか」
聞こえないように呟いたはずだったが、國明の耳にはばっちり届いていたらしい。憎いに片足一歩踏み込んでいる相手を賞賛する気持ちが芽生えていたことは、百歩譲って仕方のないことだが、それを本人に聞かれるのは、また別の話だ。
國明が再び牽制の斬撃と心刀を振るい、彭侯が飛び出した瞬間を狙って勇輝は加速する。着地して減速した瞬間に勇輝の刀が胴の辺りへと吸い込まれるが、食い込むよりも先に彭侯の姿が掻き消えてしまう。
「どうにもこいつは、かなり手ごわい相手みたいだ。少しばかり、本気を出さなきゃいけなくなるかもしれんな」
國明が心刀を肩に担いで大きくため息をつく。多くの家臣団に切っ先を向けられながらも、彭侯の人の顔は、どこか焦点が合わない目で不気味な笑みを浮かべていた。
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