救済の手は剣を掴むⅧ
クレアは水球を弾き飛ばしながらユーキへと指示を飛ばす。
「水球はあたしが何とかする。その間に全力で走って、マリーを引き離して」
「何をするつもりだよ!?」
最終的な目的も聞かされずに手順だけ言われても、納得できるほど状況を飲み込めていないユーキ。
しかし、どこか焦りを感じさせる声でクレアから怒号が飛ぶ。
「細かいことは気にしない! さっさとやらないと面倒なことになるよ。サクラ! 適当にアイリスの足元を揺さぶって! 集中力を乱してやりなさい!」
「りょ、了解です」
サクラが慌てて詠唱を開始するのを確認するとクレアは杖を掲げたまま、再びアイリスの魔法を迎撃する。流石のアイリスも同じ手では無駄になるとわかっていたのか、弾けた水が分かれて蛇のように襲い掛かってくるようなカウンターを使い始めた。
「あの子の魔力切れを待つか。意識を一時的に落とすか。いずれにせよ、あたしたちが危険にさらされるなら短い時間で済ませないといけないし、他の冒険者が来たら巻き込んでしまう! 早く!」
「あぁ、もうわかったよ。アイリスを傷つけずにできるんだな?」
「そうじゃなければ、やらないよ!」
カウンターで放たれた水の蛇をクレアが弾き飛ばして、ユーキへと道を譲る。
「(身体強化――――開始!)」
ガンドの装填と共に体中に魔力を行き渡らせたユーキは一気に駆けだした。
アイリスからすれば、三対一な上に無詠唱で攻撃を後出しで潰される。加えて、サクラが放つ岩の槍は普段の数倍遅く足元から現れるため、よろめくアイリスは警戒をせざるを得ず、水をコントロールする速度が落ちていく。
しかし、見た目以上に実際の戦力差は離れていなかった。無詠唱で迎撃するクレアの額には汗が浮かび、顔色もどこか悪くなって、長時間は持ちそうにない。
ユーキは既に魔力量が限界で身体強化も一分もつかどうか。ガンドも再装填はできず、残り六発で対処しなければならない。サクラは魔力こそ残っているが、魔法の余波で腕から血を流している。
短期決戦で終わらせなければ確実に全員がダウンする未来が待っていた。アイリスの目指す決着が分からない以上、何とも言えないが、ユーキは頭の片隅でそんなことが起これば、最悪の事態になるだろうと感じていた。
そう例えば――――
「――――させるかっ!」
――――気絶したオーウェンへの攻撃。
ユーキを近づけさせないように小さい水の玉をいくつも浮かべて迎撃する傍ら、自身の背後に隠した魔法でオーウェンへと水の蛇を放つ。その速度は最初のレーザーのような噴射に比べれば、かなり遅く、ガンドのいい的になっていた。
地面ごと抉りぬいた蛇は霧散し、アイリスの下へと水が戻ることなく散っていく。わずかに逸れた視線をユーキが前に戻すと、目前に自分を狙う水弾が迫っていた。
「そっちは気にするな!」
クレアが叫んで杖を真横へと振るうと、まるで巨大なハンマーに殴られたかのように目の前の空間から水弾が消し飛んだ。
硬直して踏みとどまっていたユーキの体が、慣性の法則に従い前へと傾き始める。再び、足に力を入れて踏み出す。ずっと魔力だけで水を操っていたアイリスにも疲れがたまってきていたのか、次の操作に移るまでの反応が鈍い。そこにサクラの魔法が揺さぶりをかけた。
「ナイス援護!」
そのままユーキは距離を縮めると、一気にアイリスの傍に横たわるマリーへ手を伸ばす。
「――――そこは私の領域」
アイリスの呟きに思わず、ユーキは出した手を引っ込める。全速力で突っ込んでいった姿勢を考えれば十分な反応速度だったが、それでも遅かった。
伸ばした右腕の手首から先が下から上へと跳ね上げられる。すぐにユーキの結界が反応して魔法を弾き飛ばすが、その一瞬の間にダメージを負っていた。
「オーウェンが前に作り出した竜巻、か?」
目の前にはアイリスを囲むように渦を巻く水の竜巻。一瞬で現れたソレはユーキの右手首を軽く痺れさせたばかりでなく、その握力も奪っていた。
「ユーキ。その結界は優秀。だけど、結界の内側に展開された魔法を防げるほど万能じゃない」
右手首を押さえるユーキが見えているようにアイリスは告げる。
「これ以上、邪魔をしないで。次はこの程度で済む保証は、ない」
「何がそこまでお前を突き動かすのかは知らないけど、マリーは無事なんだ。少しは落ち着け!」
ユーキは大声で呼びかけるが、竜巻が止まる気配はない。一か八か、結界を信じて飛び込んでみるか。そうユーキが考えていた矢先に後ろから声がかかった。
「ユーキさん! 下がって!」
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