救済の手は剣を掴むⅦ
五つの水柱の内、三つが勢いよくエリーへと放たれると、その前にオーウェンが割り込んで立ちはだかった。
「させるかああぁぁ!」
暖簾に腕押し、糠に釘。水は剣で切り裂くことは到底できない。
しかし、剣を振るった瞬間、剣から数メートル離れた場所まで水柱が切断された。さらに、そのまま弾け飛んだ水が弾丸のようにアイリスへと押し寄せる。
「むだ」
残った二本の水柱が薙ぎ払うようにして水弾を防ぎ、そのまま吸収していく。その光景にオーウェンの表情が曇る。後ろに人を庇った状態で同じように魔力操作で戦ってもジリ貧になることを悟ったのか、攻めあぐねているようだった。
「私の前から、消えて」
感情の籠らない冷え切った瞳と声で告げる。水柱が形を変えて、五つの大きな水球へと変化し、大きさが小さくなっていく。オーウェンもフェイもサクラも、撤退を促しているのかと思い気を抜いた。
「バカ! 逃げろ!」
ユーキだけが、その魔法の恐ろしさに気付いていた。小さくなればなるほど強くなる輝き。あれは水を消しているのではなく、圧縮していると表現した方が近い。本来の物質ならば有り得ないが、ユーキだからこそ、その状態を感覚で理解できた。。
「(極限まで圧縮した魔力と共に放つつもりか!? あれじゃ、俺のガンドと同じようなもんだ!)」
収束した塊の一つにユーキはガンドを放つ。一直線に向かい、突き刺さると同時に花火のように水の塊が高速で飛び散った。
「うわっ!?」
フェイが辛うじて避けると着弾した地面が抉れて、弾けた水に体を吹き飛ばされる。その体は地面を転がり、動かなくなった。サクラやオーウェンはそれぞれ土の壁と剣で防ぐことに成功していたが、それでも反動は強かったためか、すぐに次の行動には動けない。
「ユーキ。邪魔するなら、排除する」
「アイリス、落ち着け。流石にやり過ぎだ」
「大丈夫、威力は調整する。そういうのは、得意」
残った水の塊がゆっくりと動き、やがてアイリスの上に弧を描く様に等間隔で並ぶ。ユーキには撃ち抜く自信はあったが、それを四つ同時となると話は変わってくる。おまけに残りの魔力も少なく、アイリスは魔眼を通してみると余力を残しているのが明白だった。
「(仮にすべて破壊したとしても、また水が操られるだけ……最終的に止める方法が見つからない!)」
焦るユーキは時間稼ぎのためにガンドを立て続けに四発放つ。さらに魔力が籠ったガンドを放つと二発が命中し、弾けることなく霧散した。残りは掠めていくが、球の形状を保ったままシャボン玉のように揺らめいて、元の状態へと戻っていく。
「悪いけど、ユーキも少し眠ってて」
「お断り、だ!」
残った内の一つをユーキへと放つと同時に、ユーキもガンドを放つ。高速で放たれる水のレーザーを引き裂いてガンドが進むが、速度が中間を過ぎたあたりで落ちていく。ガンドの光が鈍り始めたのを見て、ユーキは最後の弾丸を放った。
「(ここから再装填まで時間がかかる。それでもアイリスよりは早く――――!?)」
二発目のガンドが一発目のガンドへと直撃するとと同時に、青い閃光がユーキの真横を通り過ぎた。一拍遅れて、地面の岩や土が弾け飛び、そのいくつかがユーキへと飛来する。
顔や腕、胴に足など左半身に余すことなく衝撃が伝った。意識を保ったままユーキは地面へ倒れる。
「(脳、震盪……!? 体の、感覚が――――)」
ユーキと同じようにアイリスもまた、残った水球を放っていた。
出力の違いでユーキのガンドは吹き飛ばされる。そして、水飛沫が晴れるとユーキの眼には、既に発射体制の空中に浮かぶ水の玉が二つ視認できた。
オーウェンへと向けられた魔法を止める術はユーキには無い。フェイとサクラもまた、その方法を持ち合わせていなかった。
「それじゃ。さよなら」
その言葉と共にアイリスが掲げた杖はオーウェンへと振り下ろされた。空間を引き裂くような甲高い音が洞窟内に響き渡る。
しかし、それはアイリスの魔法が炸裂した音ではなかった。
「んー。最後まで手を出さずにいようと思ったけど、この状態にされたら放っておけないかな」
ユーキの後ろから靴音を響かせて女性が歩いてくる。
ガンドを貫通した一撃が開けた壁を通って誰かが近づいてきているが、ユーキにはそれがわからなかった。一つだけわかることは、その女性の声に聞き覚えがあるということだ。
「とりあえず杖をしまいな。これ以上の戦闘に意味はないからさ」
ユーキの視界には映るアイリスは、明らかに狼狽えた様子で杖を握りしめる。一瞬、マリーを見た後、それでも杖を掲げ、同じように水球を四つ作り出した。それが作り出される間にも、だんだんと大きくなる靴音はユーキを通り過ぎ、その目の前で止まった。
「オーケー。あたしの妹を大切に思ってくれるのはありがたいけどさ。その行動は筋違いってね」
詠唱なしに杖を四度、素早く突き出すと風船を突いたかのように水球がはじけ飛んだ。それは映画に出てくるガンマンを思わせる様な超高速の早撃ちだった。
「バカな……なんで、ここに……」
オーウェンが驚愕の表情で驚いていると、その顔にも同じように不可視の一撃が叩き込まれ、その場に崩れ落ちる。
「冒険者やってる時に、杖は使わないようにしてたんだけど、今日は例外。あたしをちょっと本気で怒らせたね」
「――――クレ、ア?」
「クレアさん!」
ユーキの呟きに一瞬笑顔を見せたサクラだが、その表情はすぐに凍り付いた。マリーと同じような赤い髪を揺らしたクレアは振り返らずに応えた。
「ユーキ。一応、あんたの頑張りは認めるけど、これじゃアウト。悪いけど、あたしからの評価は最低の一言で済ませてもらうよ」
彼女が振るった杖がアイリスへと向けられると新たに用意された水球がはじけ飛んだ。
「それで、どうする? あいつと同じように、そのまま寝ておく?」
「冗談はほどほどにしてくれ……」
ふらつきながらもユーキは立ち上がると手足の感触を確かめた。まだ、少し意識がどこかに飛んでいるのか。自分の体だというのに感覚が鈍い。
「いくよ。ちょっと大変だけど着いてきな」
ユーキと遠くから見守っていたサクラに声をかけると、アイリスに向かって杖を突き出した。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




