彭侯Ⅲ
日ノ本国の樹齢数百年の樹木が全て瘴気を垂れ流し始めれば、他の若い植物たちは枯れ、作物は育たなくなり、久能の言う死の森どころか死の島へと変貌する。
ただ一点、勇輝は気になることがあった。
「何故、久能さんは彭侯を知っているんですか? この国にいる魔物じゃないのに」
「昔取った杵柄というものじゃ。こう見えて、植物には詳しくてな。結果的に植物に関わる魔物も学んだだけのこと」
印籠を無くして歩いていた時とは異なり、快活な笑いを響かせる。久能は「頑張りたまえ、若人よ」と手を振ると、廊下の向こうへと歩いて行ってしまう。
「とりあえず、彭侯って奴のことを確かめた方が良いかもな。桜、頼めるか?」
「任せて、すぐにお父さんたちに聞いて来る!」
勇輝のポケットに飛び込むと動きの止まってしまうチビ桜。彼女の宣言通り、陰陽師としての知識を有する広之ならば、他の国の魔物について知っている可能性は高い。
その間に、勇輝は國明へと彭侯の内容を伝えるべきだと彼の部屋へと歩を進めようとした。だが、数歩歩いた所で、光子がその前を片手で遮る。
「ここは失敗した私が直接話をしに行きます。あまりあの方の会話は、皆さんも精神的に疲れるでしょうから」
「そんなことは――――あるかもしれないけど、それとこれとは別だ。俺たちも着いていくよ」
勇輝が腕を避けて進むと、光子はわずかにムッとした表情を浮かべる。そんな彼女をフェイは、まぁまぁと宥めるように両手を上げる。
「一応、専門家の助言も貰ってからの方が話も早く進みます。ここは勇輝を――――と言うよりは桜さんを連れていくのが最善かと」
「それもそうですね。さっちゃんのお父様の言葉ならば、流石に四方位貴族であっても無視できないでしょうし」
光子は致し方ないと言った様子で渋々頷く。ここで止められなかったら、一人で國明の所へと突撃していたかと思うと、勇輝たちとしては何が起こるか不安で仕方なかった。その点、素直に光子が思いとどまってくれたのは幸運だ。
「でも、広之さん。それだけ顔が広くて、実力もあるのに、どうして雛森村にいるんだ? 桜は自分の家は没落したとか言ってたけど」
「広之様は陰陽師の役職の重要な一角を役職として受け持っていたんですけど、ちょうど巫女長様がいらっしゃる少し前から体調を崩されていたんです。それで巫女長様がいらしてからは、後任に譲ると急におっしゃられて……」
光子は言いにくそうに簡単に経緯を話す。
星や暦などから吉凶を占うことで水皇や水姫の為に動く役職であった広之だが、未来視という強力な能力を前には霞んでしまう。自らの代で、同じ土俵で陰陽師が台頭するのは難しいと判断し、技術を早々に継承することを選んだのだとか。
「つまり、言い方はあれだけど、巫女長がいなくなって未来を見ることができなくなった時の為のことを考えての退職だと?」
「はい。少なくとも、さっちゃんからは、そう聞いています」
己の体調が優れず、職を辞しての都落ち。聞くものが聞けば、確かに没落と言う言葉が適切なのだろう。ただ、勇輝は広之の様子から察するに、それほど体調が悪いのではないと思っていた。
本当に体調が悪いのならば、無理矢理、式神を維持しておく必要などないし、村の重要な役目を任されるはずなどない。
桜が悲観的に言っているだけで、実際はすぐに都に戻れるのではないか、と勇輝は疑ってしまう。何せ式神が操れるだけでも陰陽師として注目の的。それを十二体同時に行使し、一体一体がそこらの武士よりも遥かに強い。そんな能力を持つ人間を知っている者たちが放っておくはずがない。
「(もしかして、雛森村にいたのにも何か理由が?)」
そんなことを考えている内に、ポケットの中でチビ桜が再び動き始める。
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