犬は喜び駆け回るⅥ
その背を目で追った勇輝は、地上に桜が到達したのを見て、小さく息を吐いた。
「どうした?」
「いや、別に。こういう事件に巻き込まれるのが本当に多いと思ってさ。桜にも迷惑をかけて申し訳ないだけだよ」
「なるほどね。でも、力がある奴ほど、そういうのに巻き込まれやすい。いや、呼び寄せやすいって言うからな。君の場合、この短期間で相当な力を身に着けているんだ。その反動で厄介なものも引寄せてるのかもね」
「そんな厄介ごと、こっちからお断りだ」
肩を竦めて勇輝は立ち上がる。幹に片手を添えて、別の方角へと視線を巡らせた。だが、そちらにも特に目立つものはなく、背後に視線を送っても何も変わり映えはしない。
「魔眼で見た予想だけど、葉のある木の方が強く光ってるな。マナとか生命力なのかはわからないけど、多分、合ってるだろ」
「そういう時は、一番強い場所、一番弱い場所を見つけるのもいいかもね。何事も下限と上限を理解しておくに越したことはないさ。もちろん、そこから飛び抜けた人や物もあるんだろうけど」
フェイの遠い目をした表情で、一体、誰のことを言っているのか、すぐに勇輝は理解できた。恐らく、でたらめと言われるほど強い伯爵と、その妻で元宮廷魔術師のビクトリアのことだろう。
どちらも規格外の存在と言って過言ではない。正直、真正面から挑んで勝てる気がしない。勝負ではなく、何秒生きて居られるか、という話にしかならないほどの実力差がある。
「身近にそういう人がいると困るよな。俺の今の師匠も凄い強い人で、足下にも及ばなくてさ――――っと、お帰り桜。雪童子たちは何て言ってた?」
勇輝が稽古で困ったことを話そうとした矢先、桜が下から飛翔して戻って来た。そんな彼女の表情はあまり芳しくない。
どうも、見かけた時間帯はバラバラらしく。日中に見たこともあれば、朝方や夕方、真夜中にもそれらしき存在を確認していたらしい。
「それでね。みんなで連絡し合って、先回りとかすれば追い付けなくても見失うことはないんじゃないのか、って聞いたら、姿が見えなくなるんだって」
「姿が、見えなくなる?」
新しい情報に勇輝とフェイは耳を傾ける。
「うん。よくわからないんだけど、木に触れると見えなくなっちゃうんだって」
「……面倒なことになったね。雪の精にも見えないとなると、本格的に君の出番だ。何としてでも、敵の姿を一度は視認してもらわないと解決できそうには思えない」
本当に長期戦になりそうな気配を感じ取り、三者三様の表情を浮かべるものの誰もが事件の面倒さに頭を抱えたくなっていた。
その時、真下から雪童子の騒ぐ声が響き渡る。
「いた! 見つけた! あっちの方向にいる!」
俄かに地上が騒めき立つ。必死に方角を示しているようだが、勇輝たちからは、それがよく見えなかった。
一度、地上に降りるしかないと勇輝が枝へと座ろうとする。すると、家臣団の何人かが勇輝たちに向かって、雪童子たちが示した方角を、指差して叫んでくれた。
「こっちの方向だ! 距離はそこまで遠くない! 何か見えるか!?」
ちょうど勇輝が立っている枝の方向から見てやや右らしい。勇輝はすぐにそちらの方へと魔眼を向けた。
青と緑の世界の中に、異常なものがないかを探し出す。
「――――いな、い!?」
しかし、勇輝の魔眼をもってしても異なる色は見つけられない。地上に向かって、移動しているのかを問うと肯定の返事が届く。勇輝から見て、右方向に移動しているというのだが、全く姿が見えない。
必死に視線を左右に巡らせていると、視界の中で緑の光がわずかに歪むのが分かった。即座に、その近くの辺りを凝視すると、わかりにくいが緑の光の中をほんの少しだけ濃い緑色の光を放つ存在が疾走していた。
そして、その光の輪郭は確かに四足歩行の動物であることを示している。
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