犬は喜び駆け回るⅡ
雪童子たちは桜をじっと見つめると、両手を上げて抗議の声を上げた。
「お姉ちゃんは、悪い人じゃないよ!」
「そうだよ! ちょっと惚れやすくて、振られると落ち込みやすいだけなんだよ! 時々、相手の人を凍らせちゃうけど、それは言葉足らずな人が悪いんだ!」
最後に不穏な言葉があった気がするが、そこに触れてはいけないような気がして、勇輝は雪童子たちへと別の質問をする。
「その犬を放っておいたら、良くないことが起こったりしそう?」
「それは良くないよ。だって、そのままにしてたら枯れちゃうもん。だから、少しでも力を分けてあげようとしてるんだけど、それじゃあ間に合わない!」
勇輝は雪童子たちの話を聞いて、確信とまではいかないまでも、その人面犬が今回の問題を引き起こしている存在だと感じた。
巫女長が、すぐには問題にならないという形で予知していたことにも十分当てはまる。
「この辺り一帯の木が枯れたら、どうなる?」
「お前でもわかるだろ。土砂崩れが起きるだけじゃない。範囲によっては、魔物が一斉に近くの街目指して襲い掛かって来るなんてこともあり得る」
ダンジョン外の魔物は、野生動物のようにそれぞれの縄張りで活動していることが多い。
そんな彼らの住処が消えれば、一斉に大移動を開始する。國明が言うには、過去に何度かそのような事例があり、その尽くが付近の街や村への大行進として被害を出しているのだとか。
「迷宮の氾濫と同じか。迷宮の中の魔物じゃなくても、そういう本能が備わっているのかもな」
「山の一つや二つ、放っておけば木もある程度元通りになる、と言いたいところだが、東雲の奴らが随分と気にしているからな。変な因縁つけられるくらいなら、ここで解決しておく方が無難だろう。問題は、その犬がどこにいるか、だ」
近くにいるとは言われても、山一つを捜索するだけで一苦労。しかも雪の中では行動するにも、安全を確保しながらだと、かなり遅くなってしまう。
どうしたものか、と頭を悩ませているとフェイが雪童子たちを指差した。
「彼らに協力してもらったらどうだい? 聞いてた感じだと、悪い存在じゃないんだろう?」
「いや、異国の騎士。たった二体の雪だるまに何が――――」
そこまで口を開いた國明は、動きが急停止した。数秒という短い時間であったが、その視線はゆっくりと勇輝と雪童子に注がれる。
「おい、雪童子。もし、その犬を俺たちが退治すると言ったら協力するか?」
「してくれるの? するするー!」
先程まで、親の仇のように雪をかけていた國明に、雪童子たちは隠れるのを止めて勇輝の前に出る。よほど、嬉しかったのだろう。何度もその場で跳ねて、歓迎の気持ちを表していた。
「ならば、雪だるまを作れば仲間をもっと呼べるな? あと何体くらいだ?」
人海戦術と機動力の二つの問題を同時に解決できる存在。それは雪だるまに乗り移った雪童子たちだ。姿と声を認識できるようになっているので、勇輝やフェイ、巫女見習いたちだけでなく、家臣団も動くことができる。
その事実に國明が、協力体制を取ろうというのは当然の流れだった。
「うーん、十? 二十?」
「もっとだよ、もっと。作ってくれたら、いる分だけ動けるようになる!」
その言葉に國明はニヤリと笑みを浮かべると、全部隊に集合の合図を送る。素早く駆け付けた部隊を前に、國明は堂々と大声で告げた。
「これより雪童子との共同戦線を張る。敵は木の生命力を奪う人面犬。それらの捜索に雪童子の力を借りる。こいつらは雪だるまを作ると、それを依り代に動くことができる。まずは一人一体ずつ雪だるまを作り、捜索部隊の人数を確保することが第一目標だ。それでも依り代が足りないならば、追加で制作する。数が多いに越したことはない」
一瞬、勇輝の頭の片隅に、雪童子たちが敵であった場合は、かなりの危険な状態に追い込まれるという考えが浮かんだ。だが、その時は國明の心刀でどうとでもなるので、軽くスルーしておくことにした。本気になれば雪だるまの百や二百、数秒で溶かし切ってしまうだろうという謎の信頼感があったのは言うまでもない。
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