振り出しⅥ
どうにも不特定多数の人の目に触れる場所で大事にしたくはないのだという。
恥はかきたくないという考えなのだろうと感じながらも、無理強いするわけにもいかない。
勇輝は老人の様子を見つめた。白髪で頬がこけ、見えている手は枯れ枝のように細い。そんな老人を雪の降る中で探させ続けるのも気の毒だ。
「因みに、宿泊場所はお決まりですか?」
「いや、それどころではない。見つからなければ一晩でも二晩でも探し続けるつもりじゃよ」
本当にやりかねない意志の籠った瞳を見て、思わず勇輝は頬を引き攣らせた。フェイの方を振り返るが、どうしようもないと悟ったのか、フェイも小さく首を横に振るだけだ。
「因みに、落としたことに気付いたのはいつくらいですか?」
「昨日……いや、一昨日か? 少なくとも、今日ではないな」
「そ、それで、まさかずっと探し続けているんですか?」
老人が小さく頷くと、勇輝は絶句するしかなかった。やりかねないどころの話ではない。下手をすると二日ほど徹夜で探し続けている可能性すらある。
「じゃあ、その気付く直前までいた店や場所はわかりますか?」
勇輝が重ねて問うと老人の指は真横へと向けられた。そこには食堂があり、ちょうど客の書き入れ時のようで、多くの人で賑わっていた。中からは何かが焼ける良い匂いが漂って来ており、何も入っていない腹の虫が鳴き始める。
「なんだ、丁度良かったじゃないですか。早速、中へ――――」
「勇輝さん、ちょっと待って。お爺さんの指って、店よりも少し上を差してない?」
そこまで口にして、勇輝は桜の指摘に口を噤んだ。確かに彼女の言う通り、老人の指で示している方向は店の中というよりは、屋根の方に向いている気がする。店は二階にも席があるようだが、それにしては不自然な動作だ。
「店には入っとらん。あの向こうの山でな」
「「「山!?」」」
三人の声が重なり、周囲の行き交う人々の視線が集まる。勇輝たちは急いで自分の口に手を当てて塞ぐが、動揺を隠しきれなかった。
その理由としては、このような老人が山を一人で徘徊するなど危険極まりないという意味で、あり得ないと思ったから。もう一つの理由は、その方角が勇輝たちが捜索していた山の方であったからだ。
「(まさか、お爺さんの落とし物が原因、ってことはないよな?)」
内心、変な推測をしながらも、勇輝はその可能性を否定しきれずにいた。そもそも、この老人が一体、何故、このような場所にいるのか。見た目からしても旅をしているというには程遠く、持っているものはない。
冷製になればなるほど、怪しさが増して来る。僧正がいたのならば、会話の中で真偽を見極めて、危険人物かを判定することもできたかもしれないが、勇輝に出来ることと言えば魔眼で光を見ることだけ。
しかし、魔眼を開いてみても、そこまで強烈な光は感じられず、弱々しい白と緑の光が交互に現れては消えていくのみ。正直に言って、今まで出会って来た魔物や人間の中では、最底辺レベルで光量が少なかった。
そうなって来ると老人が黒幕であるというよりは、落とした印籠にヤバい薬が入っているという方が、まだ納得感はある。
「とりあえず、このご老人は保護した方が良いんじゃないか? 放っておいたら倒れてしまうような気がする」
「奇遇だな。俺もそう思っていたんだ。どこか休憩できるところに腰でも下ろすだけでも楽になるはずだ」
そんな相談をしている横を、老人はゆっくりと通り過ぎるのが視界の端に映った。思わず勇輝は手を伸ばして引き留めようとするが、その手は空を切る。
「何か?」
「いや……あれ?」
手が置かれるはずだった老人の背中は、一歩も二歩も先にあり、明らかに届かない位置にあった。まるで瞬間移動をしたかのような目の錯覚に、勇輝は目を丸くして瞬きすることしかできなかった。
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