救済の手は剣を掴むⅣ
「一体どういうつもりだい?」
明らかにわざと外すように撃ち込まれた斬撃。その原因となった人物は、はるか離れた後方に立っていた。思わず杖を向けかけたマリー、アイリスは、そこに立っている者の正体に気付き、戸惑いを隠せなくなる。
「どうもこうもない、その入り口に用があるんだ。塞がれてしまったら通れないだろう?」
「すいませんが、そこを開けていただけると助かります」
生徒会長のオーウェンと副会長のエリーだった。
しかし、二人とも顔つきこそ穏やかだが、その瞳と態勢は完全に戦闘態勢に入っている。
オーウェンはフェイと同じように剣を下段に構えて楽な姿勢を持っているように見えるが、重心は低く、いつでも飛び出せるようにしている。おまけに先程の斬撃、どう考えても近づいて剣を叩きつけたようなものではない。明らかに、今いる場所から放たれたものだろう。
エリーは杖をフェンシングのように半身で構え、いつでも突き出せるように肘を軽く折り曲げている。ガンドで狙おうと思っても、見える面積が狭いせいか撃っても避けられる気しかしない。
「ここは封鎖すると決めたんです。こんな危険な場所に飛び込むべきじゃない」
「ダンジョンは自由であるべきだし、その権限は少なくとも冒険者ギルドにある。ユーキ、君の言う論理的とは法規的にも正しくあるべきならば、そこを退くべきじゃないかな」
いつかの意趣返しのような言葉を投げかけて、不敵な笑みでユーキを見つめる。それに対してユーキは一度、ドラゴンへと至る洞窟を見つめた後、オーウェンへと向き直る。
「それは自分の命を懸けるほどのことですか?」
「それは君には関係のないことだ」
「では、隣のエリーさんを危険に巻き込んでもしなければいけないことですか?」
「私は……私の意思で会長についてきているだけです」
瞳を一切揺らさずにエリーはユーキへと強く答えた。その言葉には文字通り意思が宿っていると感じる力強さがあった。何が二人をそこまでさせるのか不思議に思うユーキだったが、クレアと共に二人に出会ったときのことを思い出す。あの時は、エリーがオーウェンを独占するためにペアで冒険者活動をしていたと思っていたが、それ以上に深い何かがあるようだった。
しかし、二人の思惑がどうであれ、あのドラゴンのところへ行かせるという選択肢は存在しない。そんなことをすれば惨劇が起こることくらいは容易に予想できた。だからこそ、ユーキは問いかけの規模を少しばかり誇張した。
「そうですか。じゃあ、ファンメル王国の国民全員を危険に巻き込んでもいいんですね?」
「――――なに?」
その言葉に流石のオーウェンも即答できず、表情を歪ませた。
「例えばの話ですよ。この先に人の言葉を話すとてつもないバケモノがいたとしましょう。本来なら討伐などをしなければいけないのかもしれませんが、もしこのように言っていたらどうしますか? そうですね……『私はここで眠りたいだけだ。人を襲う気も毛頭ないし、放っておいてくれ』とかどうですか?」
「信じられんな。事実だとして、それを放っておくことができるものか」
「だから、俺たちもここを一度封鎖してギルドに連絡しようとしていたんですよ。もし、ここで封鎖を破って押し入った結果。中のバケモノが怒り狂って出てきたときに、あなたは責任をとれるんですか?」
曲がりなりにもオーウェンは次代の公爵を継ぐ者だ。当然、国と自分ならば国を優先するように教育されている。その家に生まれた者の定めを盾にするのは些か気が引けたが、間違いなくドラゴンは二人を焼き殺すだろうし、万が一にもファンメル国に進撃すれば、蹂躙なんて言葉すら生ぬるい虐殺が始まるだろう。
国に仕える軍がどれほど強大かはわからないが、少なくとも、ユーキの魔眼ではドラゴンの放つ光量を超える者を軍の中では見つけられないだろうと感じていた。それは――――見たことはないが――――マリーの父である伯爵でも無理だろう。
どうか諦めてくれ、とユーキは願ったがオーウェンは首を横に振った上で剣を握る手に力を込めた。
「……悪いがたとえ話にも、もしもの話にも付き合っている暇はない。押し通るっ!」
「っち、この頭でっかちが!」
誰よりも早く反応したのはマリーだった。一歩踏み出すオーウェンより早く魔法が放てたのは、説得失敗を見越して既に詠唱を始めていたからだろう。
だが、その考えをもつものは彼女以外にも当然いた。
オーウェンに迫りくる火球をエリーが水牢で包み込んで受け止めようと展開する。一瞬にして絡めとられた火球は膨張して弾けるが、水飛沫をまき散らすだけにとどまり有効なダメージを与えるには至らなかった。
「三人はエリーを! 僕とユーキであいつを食い止める!」
フェイが荷物を投げ出して駆け出すと、ユーキもそれに続いて刀を抜いて追いかける。身体強化をお互いに使っているため、重い装備をしているにもかかわらず彼我の距離がみるみる縮まっていく。
先頭を行くフェイとの間合いに入る瞬間、オーウェンは右へ大きく跳んだ。
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