銀世界Ⅱ
雪が解けたとはいえ、地面はややぬかるんだまま。雪で地面の様子が見えないよりはマシだが、それでも危険なことには変わりない。
心刀の能力で雪を融かすにも限界があり、道幅は三メートル強しか用意されていない。南条家の家臣団が巫女を囲むようにして歩いているが、時々、後ろで転びそうになった彼女らの悲鳴とそれを支える家臣団の驚く声が響いた。
「冬場の、雪の降る山は危険だからな。少し踏み外しただけで谷底に真っ逆さま。運良く途中で止まっても、その止めてくれた木に叩きつけられて骨折なんて笑い話にもならん」
「でも、その心刀のおかげで、何とかなっていることは事実だ。本来の使い方とは違うけど、人助けになっているんだから、そこまで目くじらをたてることもないだろう?」
「それはそれ。これはこれだ。まったく、これで後数日入るのが遅れていたら、いかに水皇や水姫様と言えども苦言の一つは呈さずにはいられなかったぞ」
前を向いたまま國明が苛立ちの声を上げる。
しかし、その矛先がまさか水皇や水姫に向くとは思っておらず、流石の勇輝も絶句した。四方位貴族は互いに謀反を起こさないか牽制すると同時に、水皇たちを見張る役目もある。そんな彼らの次期当主が、そのような発言をすれば、不穏に感じるのも無理はない。
無言でいた勇輝に気付いたのか、肩越しに國明は振り返る。
「勘違いするな。これは俺たちの命を守る為の最低条件だ。生きて戻って帰るためには、時にはお上であろうと申しげなければいけないこともある。それが上に立って、部下を率いる者の務めだ」
「後数日遅れたら何がまずいんだ。もっと雪が積もって雪崩とかの危険があるってことか?」
勇輝が疑問を口にすると、ポケットからチビ桜が顔を出す。
「多分、國明さんは『山の神様の言い伝え』を気にしてるんだと思うよ」
「山の、神?」
山の神と言われても、一体何のことかわからない勇輝。その困惑の視線は桜から國明へと移される。すると、呆れたように國明は肩を竦めた。
「何だ。そんなことも知らないのか? お前、よくそれで生きてこれたな」
呆れを通り越して感心する。その言葉を言動でわかりやすく示した國明に、勇輝は常識を理解していなかったのは自分の方だったか、と焦った。
「十二の月の十二の日には山には入ってはならない。――――これは山の神が木の本数を数える日とされているからだ」
「……え、それだけ?」
その言葉に國明がぐるりと振り返る。
「それだけとは何だ。それだけとは!? いいか、よく耳の穴をかっぽじって聞いておけ。その日に山に入ったら、山の神に木として自分も数えられるということだ。それがどういう意味かわかるか?」
「……その、全然」
若干の罪悪感を抱きながら答えると、埒が明かないと視線を元に戻して吐き捨てるように桜に声をかける。
「おい、説明しておいてやれ、ちっこいの。良くも悪くも常識外れの男をもつことになるとは、お前も大変だな」
桜はポケットから抜け出すと勇輝の肩へと座る。
「えっとね。山の神様に『あなたは木です』って数えられるとどうなるかって、ことだけど……こう言い換えたらわかるかな。『あなたは私の所有する山に生えている木です』って神様に指名されることになるんだけど」
「もしかして、山から出られなくなる?」
「それに近いかな。正確には魂が山に縛られる、ってことになるんだけど。それって言い換えると、山で死ぬことなの」
淡々と桜の口から紡がれる説明に勇輝は、全身がゾワッとするのを感じた。強制的に神様に殺されてしまう。その余りの理不尽な言葉に、やはり神と人の格の違いを嫌でも感じ取ってしまう。
「つまり、あと少し遅かったら、というのは――――」
「――――十二日に調査をしろと言われても、部下を死なせるわけにはいかないから断固反対って、事だと思う」
桜の話を聞いた後だと、國明の真っ当すぎる主張に不穏だと感じていた自分を勇輝は恥じた。
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