水龍Ⅵ
いつも時子と一緒にいる水龍が傍を離れてしまうのはまずかっただろうか。そうだとするならば、止めておいた方が良かったかもしれない。そんなことを勇輝が考えていると、光雲は水龍の方向を見つめたまま言葉を零す。
「水龍様が直々に動かれて何かあったら、どう責任を――――いや、どう対処すればいいのだ」
国の守り神に万が一のことがあれば、それは国の存亡にそのまま繋がることを意味している。その時には、責任云々の騒ぎではなくなっているだろう。
「民を想い過ぎるのも、それはそれで問題ということですか?」
「あぁ、一番立場が上の者は基本は動かずどっしりと構えている方が、何事も上手く行く。緊急事態の時には嫌でも動いていただくことになるからな」
平時に出てこられれば現場が混乱するが、緊急時は鶴の一声で結束できる。する行為が悪なのではなく、するタイミングが肝要なのだと光雲は語る。
「水龍様もどこか子供っぽいと言うか、退屈してらっしゃるところがお有りなのだろうな」
すべては自分の至らなさが故と落ち込む光雲だったが、勇輝はそれは違うと首を横に振る。
以前、神というのは人と基準や思想などがズレていることがあると聞いていた。それだけに、人の身で神相手に上手くやろうと考えること自体が難しいことなのではないか、と勇輝は考える。
「言わんとしていることはわかるが、それでも何とかするのが我々の役目なのだ。神事のいくつかも、元は神々の御機嫌取りな部分もある。どうか和魂のままであらせられますように、と」
和魂は神の優しい側面を、荒魂は文字通り神の荒々しい側面を表す言葉だ。ただし、荒魂が必ずしも悪いという訳ではない。その荒ぶる力を使って、新しいものを生み出すということにも繋がる。
もちろん、敬わずに粗末に扱えば祟られるのは当然ではあるが、光雲としては、その祟られるということに対してのことを言っているのだろう。わざわざ自ら神の怒りを買おうという奇特な人物は、探してもそう簡単には見つからない。
「このまま、ここで座して待つわけにもいかん。せめて、誰かを向かわせるくらいはせねば……」
「水龍様の速さに追いつけるとでも?」
「……それは、そうだな」
冷静にツッコミを受けて、光雲は納得しながらも頭を抱えてしまう。唸り声をあげていると、彼の目の前にふと影が舞い降りた。
「ふむ、どうやらお困りの様だが、我の手――――いや、翼が必要か?」
「僧正殿!?」
どこからともなく現れた僧正に光雲が姿勢を正す。その姿に僧正は口を大きく開けて笑った。
「はっはっはっ、真面目な堅物男だと思っていたが、存外、驚くと面白い顔をするものだな」
「そ、それより、僧正殿。今、協力してくださると!?」
「うむ、まぁ、落ち着け」
片手で光雲を宥めると、僧正は天守の上の屋根部分を示した。
上で一休みしていたところ、勇輝と水龍の会話が聞こえていたので、そのまま聞いていたらしい。そこで、光雲の悩みを聞いて姿を現した、ということらしい。
「水龍が暇をしているというのならば、暇つぶし相手になってやろうということだ。水龍と天狗。どちらが先に異変を見つけられるか勝負だ」
「そ、それは流石に不敬では……?」
僧正の言い方に思わず表情が引き攣る光雲。そもそも種族として考えるならば神と妖怪。前提として前者の方が明らかに強力なため、最初から勝負にならないと言われてもおかしくない。加えて、神に勝負を挑むなどと宣言すれば、それは喧嘩を売るようなものだ。
心配する勇輝と光雲を余所に、僧正は笑みを絶やさずに言葉を紡ぐ。
「なーに、こんなのただの児戯。宝探しのようなものよ。それに勝負をけしかけて来たのはあちらだ。不敬も何もなかろう。むしろ、お相手せねば礼を失するというもの。では――――」
漆黒の翼を広げ、水龍と同じように落下すると、次の瞬間には、音速を突き破ろうとでもするかの勢いで加速を始めた。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。
 




