救済の手は剣を掴むⅢ
瓦礫と煙を背にユーキたちは、確認する時間も惜しんで撤退を続けた。幸いなことに道は完全に埋まっており、トカゲが自力で岩をどかすとしても数日は確実にかかるだろう。
進行方向からも音を聞きつけてやってくるトカゲの姿は見当たらず、戦闘を走るフェイは徐々に足を緩め、二手に分かれていた未知のところまで辿り着くと辺りを見回して壁へと寄りかかる。
「今日は……厄日だな」
「むしろ、トカゲの日っていう方が近いんじゃないのか? でっかい親玉もいたことだし」
マリーが汗をぬぐいながら軽口をたたく。そんな中、殿のユーキも右胸を押さえながら追い付いて、床へと座り込んだ。その隣にサクラも座り、ユーキの肩に手を置く。
「ユーキさん。ケガはない?」
「多分、大丈夫。打撲程度で済んでると思う」
「一応、確認するね」
有無を言わさずにサクラはテキパキと革鎧を外し、中の服も器用に脱がしていく。脱がし終わるとサクラの目が大きく見開かれた後、すぐに元の表情に戻った。ゆっくりと鎖骨の下あたりに手を添えると痛みとは別の熱がじんわりと伝わってくる。その後ろではマリーが意外にも顔を赤くしてユーキの上半身のはだけた姿を指の隙間から覗いていた。
「ちょっと内出血しちゃってるね。多分一週間くらいは痛みとか動かしにくさが続くと思うけど、すぐに治ると思う。水魔法の治療はあまり自分以外には使わないから私以外に頼んだ方がいいかも」
「いや、大丈夫。我慢できない痛さじゃないし、身体強化をやり続ければ回復も早くなるんだろう?」
「私ならかけれる、よ?」
アイリスがサクラと反対側に座って、杖を向ける。
「そうか、じゃあ頼めるかな?」
「任されたー」
そう言うや否や、呪文を唱えず軽くユーキの怪我した場所をつつくと疼痛の後、すっと痛みが引いていった。見た目は腫れが引き、痣も少し小さくなっている。
「とりあえず応急処置。痛みを取って、必要最小限の部分だけ直したから普通に動くのは大丈夫、だと思う」
「そういえば、アイリスって昔からケガ治すの得意だもんな」
「私、天才ですから」
鼻息を鳴らして、珍しくアイリスが自分の自慢を自らして胸を張る。いろいろなアイリスの側面を見てきたが、今までで一番、アイリスらしい表情だったようにも見える。
「じゃあ、少し水分を補給したら戻ろう。早くここから抜け出た方がいい」
フェイは治療をされている間も警戒を怠らずに周りを見回していた。その間に水分を軽くとって、装備を整える。大体一分も経たなかっただろう。ユーキが装備を直して立ち上がると、松明の後処理も終わらせて剣をフェイが構えて立っていた。
「ここはまだ、トカゲのテリトリーだ。まだ行ったことのない道も存在しているし、いつ囲まれるかもわからないからな。ユーキ、後ろの方が危険だけど殿は行けそうか?」
「舐めるな。まだ刀も振れるし、魔法も使えるよ」
「その意気だ。ここまで強行軍で来たんだ。あのサクラがどかした大岩まで戻れれば安全だ。さっきの場所や行きの時と違って、もうトカゲも出てこなさそうだから速度重視で行こう」
全員の顔を見回してフェイはこの先の生き方を確認すると来た時よりもはるかに速い勢いで進んでいく。何があるかわからない暗闇と違って、戻るべき道はほぼほぼ一本道で何があるのかも見えているのだから早くなるのも当然だろう。
鉱石トカゲの餌となる鉱石も次第に数を減らしていたからか、トカゲたちもほとんど見かけなくなった。稀に壁の隙間の向こう側にそれらしき声が聞こえもしたが構わずに突き進む。心配していた分かれ道も目印のおかげで迷うことなく正しい道を選ぶことができたため、想定以上に元の安全な洞窟へと戻ることができた。
フェイ、マリー、アイリス、サクラ、そしてユーキと抜けると思いっきり背を伸ばした。まだ洞窟の中だというのに、青空の下に出たかのような解放感だった。
「さて、ユーキ。最後にそこを塞いで終わりにしよう。今度は奥をユーキが崩してサクラが岩を元の位置に戻せば終わりかな」
「そうだな。一応確認だけど、この延長線上に元々の洞窟があるとかってことは?」
ユーキは先ほどまでいた洞窟の未知の水平方向とその上側を指で示す。
「そこらへんは……どうなんだい?」
「いや、あたしに聞かれても……」
「崩すのはやめて、サクラの岩だけにしておいた方がいいかもな」
先程は地下深くだったからある程度は許容範囲だったが、この浅さでやると他人を巻き込みかねない。そう判断したユーキはサクラへと射線を明け渡す。
「えっと、この岩だけじゃなくて、中も二、三カ所塞いだ方がいいかな?」
「可能だったら、やっておいた方が安心はできるな」
「まだ魔力に余裕は?」
心配して声をかけるとサクラは笑顔で頷く。
「うん。まだ十回位は唱えても大丈夫そう。いつもより規模も小さくしてるから、魔力もそんなに使わないし。どちらかというと、歩きっぱなしだった疲れの方があるかな」
先日の護衛以来で歩きっぱなしだったことにより鍛えられた足でも、整備された道と洞窟とでは体力の消費に差が出るらしい。大きく息を吸って、気持ちを落ち着かせたサクラは、まず中の部分を岩で塞ぎ始めた。完成した壁は、遠目で見るとただの行き止まりにしか見えないほどに再現されている。
「じゃあ、あとはこの大きな岩を元に戻して――――」
サクラが岩へと杖を向けると、風切り音と共にその足元に大きく斬撃が刻み込まれた。
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