鋭き目で射抜くものⅥ
死刑判決か否か。まさに判決を待つ身の気分として十秒の時間が一年にも感じられた。肌に電流が流れたようにピリピリと感覚を麻痺させていく。
やがて、ドラゴンは目を開くと鼻息荒く声を上げた。
『愉快。人が吸血鬼を助けるなどとは、我の寝ている間に世も変わったものよ。餌として襲われる身で敵を助けるとは、見世物にでもするつもりかとも思ったが友人などと抜かしおる。まったく、奇妙なことよ』
独り言のように、アイリスの言葉を繰り返し、小さく笑い続ける。その視線はやがて、蒼白になって寄りかかっているユーキへと注がれた。じっと見つめていたドラゴンの顔が人であってもわかるほどに険しくなる。
『おまけに第四位の保持者か。長く生きてみるものよ。我が眠りを妨げたのは万死に値するが、眠りから覚めてみるだけの価値はある』
「では、我らの罪は……?」
『許そう。久々の寝覚めにしては良いものだ。少なくとも剣や魔法で起こされるよりは、な。鉱石や金属なぞ、魔力の貯蔵か体温の調節にしか必要ない。我の分は既にある故、そこから持って行く分には構わん』
尻尾を動かすと死角から金銀財宝といわんばかりに、岩石がこびりついた金属鉱石の塊がごろごろと姿を現した。金、銀だけでなく、素人目にはわからないが銅、鉄、アルミニウム、挙句の果てにダイヤモンドまで含まれていた。見る人が見れば、腰を抜かすほどだろう。
『しかし、困ったものよ。人がここを訪れたということは、お前たち以外にもここを訪れる可能性があるということ。そういう意味では、ここで生かして返すのは危険ともいえる』
再び、ドラゴンの目が細くなると全員の心臓が締め上げられる。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのこと。誰もが身動ぎすらできなくなったところに、ユーキだけがゆっくりと歩み寄った。
「では……その件を解決するのならば、無事に返していただけるのですね」
『ほう。保持者よ。何か案でもあると?』
「あなたが……どのような生活を望まれるかで返事は変わりますが」
声を出すのもやっとという状態なのにもかかわらず、蚊の鳴くような声をドラゴンは決して聞き逃さなかった。
『我ももう年でな。別に肉を食わずとも、こうして世界に満ちる魔力で生きていくのには十分。かつての仲間と夢の狭間で出会うのが唯一の楽しみよ。人も竜も身内で争うのはどこも同じでな。そんな闘争に明け暮れるくらいなら、一生眠っていた方が幸せというものだ。まだ若そうなお前たちにはわからないだろうがな』
「では、この洞窟の入り口を破壊して塞いでおきましょう。ここに来るまでに我々が通った道もいくつか崩しておきます」
アイリスのところまで辿り着いたユーキは膝から崩れ落ちる。慌ててフェイとサクラとマリーが支えることで地面とのキスは防がれた。
這いつくばっているとドラゴンが憐れむように声をかける。
『あまり無理をするな、保持者よ。あまり多用すると元に戻れなくなるぞ』
「一体、何を……」
『いずれわかる。さて、保持者よ。入口の封鎖はお前に任せよう。運悪く、次に同じ道を辿って来る者がいたとすれば、それはお前の責任だ』
ドラゴンは興味を無くしたかのように体を丸くして横たわった。もはや、その瞳も閉じられ、眠る体制に入っている。そんなドラゴンにアイリスは、小さく一言声をかけた。
「それでは失礼します。閣下、良い夢を」
『うむ。多少の音は子守唄と聞き流そう。せいぜい気を付けることだ。天からだろうが、地の底からだろうが帰り道というのは、特に危ないものだからな』
意味深に呟くとドラゴンは呼吸をする以外、物音を一切立てない。
ユーキはサクラとフェイに支えられ、アイリスはマリーに持ち上げられて、恐る恐る五人は、ドラゴンを見たまま後ずさる。極力、音を立てずに元来た道へと引き返す。格子状の溶岩が固まった岩の隙間を抜けてからは、全力で緩い坂道を躓きながらも駆け上がる。ユーキは半分引きずられるような形だ。
やがて、広い空間へと辿り着くと息を大きく吸い込みながらフェイがユーキを下ろして、その隣に座り込んだ。
「ど、ドラゴン!? こんなところに、何で!?」
「わ、私、生きてる? あ、足ついてるよね? 死んでないよね?」
サクラも自分のほっぺたを両手で叩きながら、夢でないことを確認する。麻痺していた感覚を貫いて鈍い痛みがサクラの顔を襲った。
「あ、あのさぁ。今さら許されるとは思わないけど……ごめん」
マリーが這いつくばりながら謝罪をする。もはや土下座を超えて、土下寝である。そんな彼女の下から抱えられていたアイリスが這い出してきた。
「アイリス、流石だよ。まさか君があんな演技派だなんて知らなかった」
「なんの、こと?」
フェイが賛辞を贈るとアイリスは首を傾げる。その仕草は演技ではないようで、フェイも一瞬戸惑ってしまう。
「いや、ドラゴンに今までの経緯を話してくれただろ。アイリスがいなければ、どうなっていたか」
「ドラゴンに気付いてから、ここに来るまでの記憶、ない」
「え、じゃあ、アイリス。気を失ってたってこと?」
マリーが顔だけを上げて驚愕すると、アイリスは無言で頷いた。
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