鋭き目で射抜くものⅣ
本来、鉱石や宝石の原石というものは遠目から見て判断できるものではない。せいぜいガラスの反射と見間違うことだろう。もし、それが明らかに見てわかるのならば金や銀といった金属の類であると言われた方が信じられる。
しかし、まさに目の前に見えている以上、磨かれた宝石のような輝きをもつ原石があったという有り得ない現象より、他に納得できる要因が存在するはずである。それこそ膨大な魔力が鉱石を育てただとか、鉱石トカゲが舐め続けて磨かれただとか、想像すれば無限に可能性は出てくる。ただ今回は、その要因が目の前にいただけのことだ。
「なん……だ。あれ……!?」
ユーキの眼にはフェイたちが見ている鉱石など映っていなかった。その視線は遥かその先。くぼんだ地面の数十メートル後方の赤土に塗れた岩山に向けられていた。魔力の溜まった鉱石など比ではない光がユーキの網膜に焼き付く。一瞬の内に視界を焼かれ、その光量の多さに色さえ判別できずに視力をもっていかれた。慌てて眼を塞いで、指で目頭を押さえるが瞼の奥に光が飛び回って、開けることができなくなる。
「(やばい、早く離れないと……)」
そう思った言葉は、口から出すことができなかった。いつの間にか口内が乾き、舌が動かすとひりついて痛みを発する。無理やり唾を作り出して飲み込もうとすると、喉が引き裂かれるような感覚すらあった。
「おい、ユーキ。さっさとここを抜けて中に入ろうぜ!」
「ちょっと待って、ユーキさんの様子がおかしいの」
ユーキを押しのけようとしたマリーをサクラが制する。ユーキの顔色を見た皆が、慌てて顔を覗き込む。
「どうした。何があったんだ」
上手く言葉を紡げないユーキをフェイが揺すって問いただす。
「ここ、から……逃げよう……!」
「な、なにを言ってるんだ。ここを超えれば、目的の物が目の前にあるじゃないか!」
フェイの言葉に頭を振って答える。
しかし、唇が震え、呼吸は荒くなり、冷や汗が止まらない状態のユーキを見て、流石に無理はできないと悟ったのか、フェイはユーキに肩を貸して来た道へ振り返る。
「一度、戻ろう。少し時間をおけば大丈夫かもしれない」
「――――っ。そんなの待ってられるか。あたしだけでも行ってくるぜ」
大きく間が開いた所をすり抜けて、マリーはヒカリゴケの光の中へと進む。サクラがマリーを止めようと手を伸ばすが、わずかに届かず走って行ってしまう。それを見たアイリスも素早く格子の間を抜けてマリーの後を追った。
「あぁ、もう。二人とも変なところで意地っ張りなんだから!」
「まって……!」
サクラは一瞬迷った後、マリーと同じように光の差し込む先へと躍り出る。ユーキの止める声は虚しくも届かなかった。フェイは迷った末にユーキを下ろし、さらに後を追っていく。
すぐにユーキも後を追いたかったが、膝が震え、本能が拒絶する。その空間にいてはならない。そいつの視界に入ってはならない、と警鐘が鳴り響く。
いの一番に駆け出したマリーは、すぐに輝いている鉱石の下へと辿り着き。指の腹でそっと赤い部分を撫でた。
「すっご。宝石なんて興味なかったけど、こうやってみると原石でもきれいなんだな」
「魔力が籠っていると自分で発光する、らしい。入っている魔力が多いほど強い、よ」
追い付いたアイリスが屈んだマリーの横で頷く。本人も興味津々なのか、じっと食い入るように様々な光を放っている鉱石の塊を見つめる。その中で、一際赤く光を放つ原石を指差した。
「あれ。大きいし、輝きも強い。サクラ、取り出せる?」
「はぁっ、はぁっ……もう、いきなり走り出して。ユーキさんの状態がおかしいのはわかってるでしょ?」
「ここまで来たなら、回収した方が早いって。サクラ、お願い!」
「もう! 後で絶対に怒るからね!」
サクラは急いで呪文を唱えると、いつもの岩石の槍を少ない魔力で起動した。手の平に収まる程度の大きさで、赤い鉱石を周りの部分ごと抜き出そうとする。
しかし、途中で桜は魔法の起動を中止した。
「これ、元々、埋まってる物じゃない……?」
サクラが原石に手をかけると、ゴトリと傾いた。よく観察すると、周囲にある鉱石たちは、どれも一度、彫り返されたものが転がされているようだ。
マリーは他の功績には目もくれず素早く駆け寄ると、傷をつけないように布で巻いて、ゆっくりと革袋の中へとしまいこんだ。
「よし、後は撤収するのみ。ユーキの所へ戻ろうぜ」
マリーが元来た道を振り返ると、すぐそこにはフェイが来ていた。ユーキは、一度置いてきたようで、入ってきた格子上の岩の所に寄りかかっている姿が見える。
不意にフェイの顔に影がかかった。いや、正確には自身たちも含めた空間が影に覆われて暗くなった。マリーの目にはフェイの顔が驚愕の色に染まり、腰の剣へと手をかけているのが映る。
「一体何……だ、よ!?」
振り返ったマリーの目に映ったのは山であった。大きな大きな黒い山。パラパラと土が落ち、辺りに舞い散る。
しかし、それも影の暗さに目が慣れてくると、その姿がより細部まで確認できた。尤も、その影を見た時点で、ある者は恐れ慄き、またある者は跪いて命乞いを始めるだろう。
どのような田舎の幼子でも、一度はその姿を耳にしたことがあるはずだった。魚のような鱗、爬虫類のように長く伸びた尾と首、地を踏みしめる巨大な足。そして何より背中から生えた一対の巨大な翼。
人は彼の物を古くより「鋭い眼差しを向ける者」として、時に恐れられ、時に崇拝され、現代にまでその存在を伝え抜いた、四大元素の全てにおいて頂点に君臨する生物。
「ドラゴン……だと!?」
それ即ち、伝説上の最強の一角、鋭い眼光で射抜くものであった。
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