未知の洞窟Ⅳ
三日前にプロテル薬草を手に入れるために訪れた洞窟へと足を踏み入れると、昼間と同じとまではいかないが、洞窟内の明るさもあってか冒険者の数はそれほど少なくはなかった。
「へー、あたしも洞窟に入って依頼をしたことはあるけど、こんなところにまで来ることはなかなかないな」
「そうだね。ここまで薬草を取りに来たことはなかったかな」
洞窟の中へと踏み込むとマリーが感嘆の声を上げる。サクラもそれに続くがユーキと目が合う。すると隠れることはなかったが、すぐに目を逸らしてしまった。
洞窟内の暗さでサクラの顔がわずかに朱に染まっていたことにユーキは気付かず、そのまま歩き続ける。
「ユーキ、さっきからどんどん前に進んでいるけど、道はわかってるのか?」
「あぁ、一応、怪しいと思っているところが一カ所あるんだ」
その道はかつてクレアと辿った道を再び追ったものだ。嫌という程、短時間で体に叩きつけられた技術を使って奥へと進んでいく。一度目は登るのにも苦労した段差だが、二回目ともなると最初の段差は悠々と超えることができる。先頭で登った後は、慣れない少女たちを上から引っ張り上げるようにして手助けする。
「これ、身体強化使っても結構きつい。手、滑る」
アイリスが肩で息をしながら登りきる。すぐに後ろからアイリスを押し上げていたマリー、サクラが続く。マリーにはフェイが、サクラにはユーキが手を差し出す。一瞬、迷ったサクラだったが、ユーキの手を掴むと一息で登り切った。
「あ、ありがと……」
「……ど、どういたしまして」
ユーキに聞こえるかどうかくらいの蚊の鳴く声でお礼を言うと、ユーキは呆気にとられた顔で返事を返す。
「さ、先へいきましゅっ!?」
「危ない!」
気恥ずかしくて早足で前へと足を踏み出したサクラが足を滑らせる。間一髪、後ろに振り上げた腕をユーキが掴んで、姿勢を無理やり維持することで転ぶことは避けられた。
「大丈夫か?」
慌てて、両腕を抱えて立たせるとサクラと眼が合った。洞窟の中でも見間違うことなく、ユーキはサクラの顔の色を見ることができた。
「あー、その、ごめん。別にそういうつもりじゃ……」
「おい、ユーキ。さっさと行くぞ。まだ、登るところ結構あるんだろ?」
「あ、あぁ。そうだな」
フェイが道の真ん中で止まっているユーキを押しのけて前へと進む。この洞窟を訪れるのは初めてだというのにも関わらず、フェイはユーキよりも早く慣れて安定して段差を飛び越え始めていた。あっという間に次の段差でアイリスとマリーを引き上げ進んでいってしまう。
「お、おい。行先分かってんのかよ!?」
「あ、ユーキさん」
慌ててフェイを追いかけようとするユーキをサクラが呼び止めた。顔は赤いままで、どこか視線も定まらないようで、左右へと瞳が揺れる。
「そ、その……さっきのことなんだけど」
「う、うん」
胸の前に寄せた手をもじもじと動かしていたサクラは、数秒目を瞑った後、目を見開いてユーキへと告げる。
「さ、さっきのことは忘れてくれたら、許してあげるから。そ、その、今まで通りに話しても大丈夫、かな?」
「…………」
唖然として意味を理解するのに、時間のかかったユーキを見て、サクラの方が慌てだす。言葉を紡げば紡いだだけ、顔の赤さが増していく。
「そ、その、悪いのはユーキさんじゃないってわかってるんだけど、前の川の時とも同じで……今、思うと未婚の男女が肌を重ねたというのは事実なわけで……」
「いや、その言い方はおかしい。いや、あながち間違っていないとも言い切れないんだけど、誤解を招くから落ち着いて」
「そ、そうだね。すーはーすーはー……」
目の前で深呼吸を始めるサクラの一連の動作を見守っていたユーキの胸中はただ一言。ナンダ、コノカワイイセイブツハ、である。今まで自分が接してきた女子たちは、はっきり言って(ユーキ本人にも原因はあるが)「気が強く」、「横暴な」に当てはまるタイプが多かった。
それに比べて、目の前の少女のユーキを許そうという度量の広さと自然と行うあざといともとられかねない仕草。ユーキの心の奥底で何かが弾けそうになったのは致し方のないことだろう。
「それで、さっきのことを忘れてくれると嬉しいかなって」
「ぜ、善処します」
直立したまま冷や汗をかいて、ユーキは目を横へ逸らす。全肯定の返事をしなければいけないのに、目を逸らしてはいけないのに、心のどこかにある正直な心が言動に出てしまう。
「そこは、うんって言ってほしいんだけど」
「――――ど、努力します」
「もう、ユーキさんのエッチ! 責任取ってよ!」
「――――せ、責任は取ります!」
「え?」
「え?」
ほぼ反射のように放った言葉は、お互いの会話に一瞬の空白を生み出した。自分の言ったことを理解したユーキの全身に鳥肌が立つような感覚に襲われる。今度はユーキの顔が真っ赤に染まる番だった。
「(よりによって、俺は何を言ってるんだー!?)」
恐怖とも緊張ともわからない心臓の巨大な鼓動がユーキの体全体に響く。わけのわからない震えが足から登ってくる。呼吸が浅く、視界がぐらつきそうになってくると――――
「――――おい、いい加減にイチャイチャしてないで早く来い」
「「イチャイチャしてないっ!!」」
フェイからの叫びに二人が同時に大声で反論する。反響が何度も洞窟内に木霊して掻き消えていくと、自然と二人の目が合い、どちらからともなく笑いだした。不思議な顔で見つめてくるフェイを尻目に二人はひとしきり笑った後、大きく息を吸い込んだ。
「じゃあ、ユーキさんは責任を取って、私の言うことを三つまで聞くこと。それで許します。あ、川の時のことも含めて三つだからね!」
「了解。たっかいデザートだろうが、服だろうがかかってこい」
「ユーキさん、言ったね。男に二言はなしだから」
「お、お手柔らかにお願いします」
二人そろって歩き始めた姿を見て、フェイに後ろからマリーが声をかけた。
「おい、あんないい雰囲気なんだから放っとけばよかったじゃん」
「あのね、マリー。僕たちはフランを助けるために来ているんだろう。時間は大切にすべきだ。それに伯爵がよく言ってるんだ」
「何を?」
「何か争いごとや新しいことをする前に、色恋沙汰の話をすると悲惨な目に会うって」
フェイは振り返って、自分たちが進む道の先をじっと睨んだ。比較的涼しい洞窟内なのにも関わらずフェイの頬を汗が伝っていた。
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