冥界への旅路Ⅷ
治療方法に関しての記述は非常にシンプルだった。
「『これは私見であるが、優れた肉体と優れた体液を持っている場合、構成要素の最後の一つ、火の属性たる魂が比率的に少なくなる。それを補おうと魔力を含む血液を吸うことで代替する行為に至ったと考えられる。しかし、いかに魔力を蓄えようと元々の魂の量は変化しない。故に食事のように魔力を定期的に欲するのだろう。したがって、治療方針としては、魔力を蓄えた物質を粉末状などにして水に溶かすことで血液のさらに代替にすることが挙げられる。私の考えが完璧ならば、大量の火属性の魔力の方が効果はあるはずだが、水属性との反発も考えられるため、最適方法は今のところ模索中である』」
そう締めくくるとアイリスは本を閉じた。しばらく、沈黙が場を支配していたがマリーが口を開く。
「つまり、魔力を譲渡できれば問題はないんだよな。だったら今までの方法で何とかなるじゃんか」
「それが上手くいってないから、こうなってるんじゃないのか? 普通に魔力を渡そうとしても上手くいかないのが吸血鬼っていう種族なんだろう」
せっかくの手がかりを見つけたのにもかかわらず、その治療法が確立されていないのは当然だったのかもしれない。そもそも治療法があるのならば、禁書庫に眠らず公表されているはずだ。
「せめて著者の情報だけでも見ておこう。もしかしたら、王都のどこかにいるかもしれない」
「それはたぶん無理」
アイリスが著者名が書かれたところを見せると、そこにはこう書かれていた。ニコラ・フラメルの継承者、パラケルススの意思を継ぐ者。
「ニコラ・フラメルだって!?」
ニコラ・フラメルは、錬金術師たちの中でも群を抜いて有名だろう。その理由は言うまでもなく、賢者の石を作ったとされる人物だ。その人物の継承者を名乗るということは、賢者の石の作成に成功していると取られてもおかしくない。
だが、ユーキはもう一つの驚きに襲われていた。ニコラ・フラメルは地球に存在していた錬金術師だ。それなのにも拘わらず書物に名前が記録されているのはあまりにも不自然極まりない。この部屋に入るきっかけになった本もギリシア神話由来の物語だが、この世界にかの錬金術師も訪れていたかもしれないことを考えると、勇輝の世界との繋がりを感じられずにはいられない。
「賢者の石で有名な人だけど、錬金術師界では御伽噺なんて言われてる人だよ」
サクラが驚くユーキに教えるが、それはむしろ逆効果だった。サクラの発言により、ユーキの考えている人物とこちら側に記録されている人物が同一であることが証明されてしまったことで、ユーキは混乱してしまう。
「(落ち着け、今はフランを助けることに集中だ。このことは後からゆっくり考えよう)」
深呼吸をすると、耳に鳴り響くかのような動悸も少しずつ収まっていく。冷静に現状を把握したユーキは、いくつか確認をする。
「みんな、この名乗りを上げる人物に心当たりは?」
三人とも首を横に振る。当然だろう、とユーキは気落ちすることなく、次の質問を提示する。
「火の魔力を蓄えた物質っていうとどんなものがあるんだ?」
「魔法石はあるけれど、そこまでたくさんは魔力が入ってない、よ」
「やっぱり、天然の宝石とかが一番かな。一度使うと魔力の充填に時間がかかるけど容量は多いはず。魔力自体の結晶体になると、精霊石レベルで見つけるのが大変かな」
一般的に存在している魔法石というのは見つけやすい分、容量が少ない。宝石は少し希少だが容量は多い上にピンからキリまである。精霊石に関しては、ユーキがウンディーネに問いかけてみたが、そもそも自分以外の精霊に出会ったことがないとのこと。
「因みに、魔力が入った宝石って高いよな」
「魔力が入ってないのなら買えなくはないけど、天然もので魔力が大量に入ってるやつは父さんでも手を出せないぜ。それこそ貴族の中の貴族って感じでお金を持ってる奴なら別だろうけど。そもそもアラバスター商会レベルでも取り扱ってる量が相当少ないと思う」
単純に宝石を掘り出しても魔力が籠っていないことすらあるという。理由は様々で、傷がつき過ぎて魔力が漏れ出ているだとか、属性的な関係上で宝石と魔力が一致しないなどである。ユーキは両手を膝に着くとため息をついた。ゴールにたどり着いたと思ったら蜃気楼に騙された気分である。果たして本当のオアシスはどこへあるのやら、といった気持ちでゆらりと体を起こす。
「そうか。とりあえず、時間も時間だ。これ以上は屋敷に戻って考えよう」
「そうだな。最悪、またわからなかったらここに来ればいいんだしな」
アイリスが本を棚に戻したことを確認するとユーキは恐る恐る鉄格子の扉を開いた。その先に犬がいることもなく安全に出ることができる。最後にマリーが出てくると錠前をロックして扉から離れる。
「しかし、ここの入り方がわかったのはすごいことだぜ――――ってあまり大声で言わない方がいいな」
「禁書庫って呼ばれるにはそれなりの理由があるはず。きっと、奥には見ただけで危なくなるようなものもあると思う」
階段を下ってカウンターの前を通り過ぎる。ユーキが通り過ぎるときに見ると、二匹の犬は幸せそうに寝ていた。入口に空の籠が置かれていたので、拾い上げてゆっくりと扉を閉めると若干軋んだ音を立てた後、図書棟は無音に包まれた。
「さて、若人よ。後は君たち次第、といったところか」
カウンター奥の部屋からケイベルが姿を現して、椅子に座る。首を擦りながら図書館を見回していると低い声が響いた。
「あの部屋への入り方を教えたのは、やっぱりお前か。いいのか、あんな奴らホイホイ入れちまって」
図書棟の中には人影は見当たらない。姿なき声に対して、囁くようにケイベルは答えた。その声は悪戯するときのマリーやアイリスのように楽しそうだ。
「なーに。ちょっとくらい構わぬ。本当に危険な本は、もっと奥にあるからな」
喉の奥から絞り出すように笑うとケイベルは足元を見た。トロの耳がピクリと動いたきり、何も動かなくなった。
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