冥界への旅路Ⅳ
ユーキは冒険者ギルドへの道すがら、思い出すふりをしながら腕時計を盗み見た。
――――八月三十一日
時計の日時を表すデジタル表示が無情にも告げていた。本来ならば夏休みが終わっている時期だということを強く認識させられる。
「そういえば、ここに来てから日付とか確認しなかったんだけど、今日って何月何日だっけ?」
「今日は八月三十一日だよ」
あまりにも都合のいい数字にユーキは目が点になる。本当に夢でも見せられている気分だ。異世界に来て、日付も言葉も通じるなんて偶然があるものだろうか。思わず、自分の頬を抓ってみるが痛みを感じるあたり、どうやら現実らしい。
そして、恐るべきことに今日でちょうどこの世界に来てから二ヶ月が経とうとしていた。
「(あっちの世界じゃどうなってんのかな、俺。母さんが心配してないと良いけど……)」
ため息をつきたくなる気持ちを抑えて、頭の中でクレアと再会した日を思い出す。確かその日はウンディーネに気絶させられた日でもあったはずなので、こちらの世界に来てから二週間あるかないかだ。
「多分、今から四十五日くらい遡ればいいと思う。日付で言うと、七月十五日前後かな」
「よし。そこに絞って、依頼の内容を確認だな」
「でも、そんな簡単に教えてもらえるかな」
サクラが不安気に呟くので、ユーキは三人に問いかける。ギルド職員から聞き出すことができる質問を一つ思いついているからだが、進んで言いたいセリフかと言われればノーだ。
「そういえば、三人の冒険者ギルドのランクって何?」
「ここにいる三人はみんなD級だよ」
「授業やりながらだとC級は時間がかかるからな。その点では留学生のサクラがD級なのは凄いよ」
「薬草を取るのには自信があるもん。ユーキさんには負けるかもしれないけど」
自信ありげに胸を張るが、すぐにサクラは苦笑いを浮かべる。魔眼という見分けチートを使っている以上、当然の結果なのだが周りから見れば一種の才能にしか見えないだろう。
「ユーキ、秘策でもある?」
「そうだな。マリーがC級だったら使えなくもなかったけど、俺から言った方がうまくいく可能性があるかな」
「お手並み、拝見」
アイリスが期待した顔で冒険者ギルドの門をくぐる。相変わらずダンジョン探しや魔道具探しでにぎわっているのか、落胆してトボトボ入ってくる者から期待に胸を膨らませて駆け足気味に外に走り出てくる者まで様々だ。あまりにも人数が多いせいか、いつもは広く感じる入口も狭く感じてしまう。
ユーキはカウンターの左右を見回すと迷うことなく、冒険者登録の窓口へと進んだ。
「おや、ユーキさん。今日は何か用ですか?」
「はい、コルンさん。お聞きしたいことがあるのですが、お時間よろしいですか」
銀髪の中から不思議な獣耳を生やした職員に話しかけると、その耳がしきりに細かく動き始めた。心の中で結局何の耳なのか気になっているが、ユーキは聞きたくなる心を押さえて本題を切り出した。
「こちらにいるマリーのお姉さんであるクレアさんの依頼の受注履歴を教えてほしいんです」
「はぁ、記録は確かに保管されていますが、理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「先日、ランクが上がったばかりで活動方針をどうしようかと考えていたんです。そしたら久しぶりにクレアさんに会って思ったんです。『俺がやってなくて、クレアさんがやったことのある依頼』を経験しておけば、もっと活躍できるんじゃないかって。ただ、一人だけだと不安なので三人にも色々と知らないことを教えてもらいながらやっていこうかと思っています」
ここに来るまでに考えていた内容を淀みなくコルンの目を見て話す。眼鏡の奥の瞳がスッと細められてユーキの顔を見つめる。
「わかりました。ただ、全部となると時間がかかるので最近の物でいいですか?」
「そうですね。ただ、最近の物ばかりだとそのレベルについていけるか不安なので、先月の受注履歴にして貰ってもよいですか?」
「なるほど、相変わらず慎重に行こうとする姿勢は素晴らしいですね。ダンジョンや魔道具ばかりに気を取られる人たちにも見習ってほしいです」
満足そうに頷いた後、長蛇の列ができているカウンターの方を見てコルンはため息をつく。その視線の先には他の職員が羊皮紙に急いで印を押したり、書き込んだりと慌ただしく動いている姿が見られた。
アイリスがユーキの横へ並ぶと、カウンターに両手を置いて身を乗り出す。若干、つま先立ちになっているのはご愛嬌だ。
「新しいダンジョンとか魔道具は見つかったの?」
「いえ、王都近くになると探検され尽くされたところが多いですし、山の奥に行くと別の意味で大変ですからね。では、私は依頼の履歴を探してくるので、ギルド内で待っていてください。二十分もあれば見つかると思います」
「すいません。よろしくお願いします」
コルンは受付一時中止という立札をカウンターに置くと微笑んで奥の方へと消えていった。
完全に姿が消えたことを確認して、アイリスはボソッとユーキだけに聞こえるような声で囁いた。
「お見事」
「いえいえ、それほどでも」
わざとらしく返事をするとアイリスの口角がいつもよりも上がった気がした。その顔はすぐに引っ込むと脇にある雑貨店に向けられる。
「そういえばマリーとサクラと一緒に来るの久しぶり。新商品があるかチェックしたい」
「そうだね。この前の護衛以来の時には一緒に来る暇なかったもんね」
「時間が来るまで見に行こうぜ」
女三人寄ればなんとやら。年相応の無邪気さで店へと向かっていく。そんな三人を追いかけようとしたときに、ギルドを出ていく見覚えのある背中が目に入った。
「オーウェン……?」
遠くだったこともあり、呼びかけようと上げかけた手を下ろす。仕方なく、ユーキは雑貨屋へと向き直ると、楽しそうに装飾品について語り合う少女たちの姿があった。
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