冥界への旅路Ⅲ
伯爵家の家に戻ると昨日から戻っていたクレアに運よく出くわした。ここぞとばかりに事情を捲し立てたマリーに対して、返答は姉妹らしく同じ口調だった。
「――――つまり、手詰まりであたしに助けを求めてきたってことだ。それにしてもエドワードの話はいつ聞いても腹が立つわね」
「姉さん。役に立ちそうな情報知らない? 本でも人でも何でもいいからさ」
「あたしだって、やっとBランク間近だけどさ。吸血鬼なんて相手にしたこと一回もないからね。ギルドの依頼文でも、ここ数年見たことがないよ」
久しぶりに体を休められているせいか、普段より表情も柔らかく全体的にだらけている感じが出ている。天井と壁の境目辺りをさまよっていた目が、ふとアイリスへと向けられた。
「禁書庫くらいだね。あるとすればだけど」
「ベロとトロが怒るよ」
「だろうねー。普通に入ろうとすれば、ね」
全員が諦めて肩を落とすとクレアはマリーにそっくりなニヤニヤ顔をわざとらしく見せつけてくる。普段はまとめられている髪が解かれ、頬杖をついた腕にかかっていた。僅かに横に揺れるたびに、同じように髪が左右へ揺れる。まるで、何かに気付いてほしいような素振りだった。
「普通に……普通じゃない方法があるってことか」
ユーキの言葉にマリーも手を打って声を上げた。
「そうか。悪戯好きの姉さんがそもそも禁書庫に入るって、絶対に普通の入り方をするはずがない。まともじゃないやり方で……って、嘘! 冗談! 姉さんは悪いことはしてないって!」
「悪戯好き」と言われてこめかみが動き、「普通の入り方をするはずがない」で拳を握り、「まともじゃない」の「じゃ」が入った瞬間に立ち上がったクレアを見て、マリーが直立不動で言い直した。
数秒経ったまま見つめたクレアは、静かに座ると笑ったまま無言で続きを促した。
「えっと、とりあえず姉さん。禁書庫の入り方を教えてほしいんだけど」
姿勢を崩してお伺いを立てるマリーにクレアは目を閉じて、腕を組む。何事かを考えている間、嫌な沈黙が部屋を包んだ。誰もが声を発することのできない雰囲気に固唾を飲んで見守っていると、クレアの目がカッと見開かれた。
「うん。無理だわ」
全員がズッコケそうになるのを堪える。緊張で前のめりになっていたサクラは、テーブルにぶつかりそうになって慌てて手をついていた。
「な、何故ですか?」
「うーん。禁書庫に入っていい人間はね。司書さんに許可が貰えるのよ。しかも、本人にわからないように回りくどくね。堂々と教えちゃったら意味がないでしょ」
「た、確かに」
あまりにもまともな理由で、逆に納得しきれない表情を浮かべる四人にクレアは、もう一度目を閉じて質問を加えた。
「じゃあ、ここ数日で司書から手渡された本。全部教えて」
四人は顔を見合わせると司書が杖を振って呼び出した本のことを思い出した。アイリス、サクラ、マリー、ユーキの順に渡された本の題名を伝えるとクレアは面白そうに笑った。
「なるほどね。選ばれたのはそこか。まさか、私と同じ方法だとは思わなかったよ。ま、私がマリーの姉だということも理解した上で渡したんだろうね」
「姉さん。もったいぶらずに教えてくれよ」
「ダーメ。司書さんからの挑戦状をあたしが教えたら意味がないじゃない。それにヒントは十分与えてあるはず。頑張って考えるんだ、ぜ!」
そう言うや否や、クレアは席を立って扉へと歩き出す。扉に手をかける寸前にユーキが呼び止めた。
「最後に禁書庫に入ったのはいつだ?」
手を伸ばしたまま止まったクレアの表情は四人からは見えなかった。ゆっくり振り向いたクレアはユーキを見据えて、答えを口にした。
「二回目にユーキと出会ったのは……確か依頼の最中だったな。その日のうちに、禁書庫へ行ったよ」
今度こそクレアは扉へと手をかけて出ていった。扉の閉まる音が部屋に響くと、マリーが近くの椅子にもたれかかる。
「やっぱ、簡単には教えてもらえないかー。下手に対価を要求されるより面倒なパターンだぞ、これー!?」
悲鳴にも近い声が漏れ出るがアイリスは、冷静にユーキへと提案した。
「ギルドで依頼達成の履歴を見せてもらえば、何をしていたとかが掴めるかもしれない。もしかしたら、禁書庫に入る物を集めてたり、禁書庫への抜け道を使ってたりした可能性がある」
「そうだな。とりあえず、冒険者ギルドへ向かいながら今後の対策を立てよう」
ユーキは外套の皺を軽く伸ばして、扉の方を見る。
「ユーキさん。いつくらいのことか思い出せる?」
「そうだな。結構前のような気がするんだよなぁ。向かいながら思い出してみる」
その言葉を合図にマリーが勢い良く立ち上がった。方向性が定まっていれば一番行動力があるのはマリーだ。我先にと扉へ向かうと勢いよく、開け放つ。
「よっし、いく――――」
その言葉が止まったのは、開け放った扉が途中で止まってしまったからだろう。人一人が通れるような空間から手が伸びて来ると、やがて呻くような声が聞こえてきた。
「扉は……急に開けないで……」
「ご、ごめん。フェイ、しっかりしろー!」
不幸にも開け放った先にいたのは、何も悪いことはしていないフェイであった。
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