冥界への旅路Ⅰ
翌朝、ユーキはサクラたちと別れて王城の地下室に来ていた。城門を守っていた衛士に案内されたことに伯爵からの羊皮紙を渡すと待つことなく案内される。あまりにスムーズに入れてしまったことに驚きを隠せず、緊張してしまう。
「少し待っててくれ。エドワード殿の様子を見てくるのでな」
「はい。お願いします」
螺旋階段を下った先にある頑丈そうな扉の向こうへ衛士が消えていく。扉が閉まる瞬間に、中から薬草や硫黄の臭いがかすかに漂って来た。
顔をしかめていると、すぐに先程の衛士が出てきて扉を開けたまま中へと誘う。通り過ぎる際に一言呟くように彼は告げた。
「あまり長居をしないように。慣れていないと頭痛や吐き気に襲われるからな」
「ありがとうございます」
頷いたのを合図に衛士が扉を閉めると中の臭いがより濃く感じられた。そのまま臭いの濃い方へ進んでいくと、様々な形をしたガラス容器が所狭しと並べられている部屋が見えて来る。中身も薬草や鉱物だけでなく、動物の臓器のような肉の塊まで様々だ。
理科準備室を思わせるような空間の中で、金髪の男が大きな乳鉢の中身を悪戦苦闘しながら磨り潰している姿が目に入る。こちらの姿に気付いたのか、口を覆っていた布を脇の机に放ると杖を一振りして風を巻き起こした。充満していた嫌な空気が少しづつ薄れていく。
「来客とは珍しい。普段なら煩わしくて追い返すところだが、今日は機嫌がいい。休憩ついでに話くらいは聞いてやろう」
口の端を吊り上げて、嫌味たらしくエドワードは椅子にふんぞり返る。
「お初にお目にかかります。魔法学園の聴講生をしているユーキという者です。貴重な時間を割いていただき、ありがとうございます」
「まったくだ。時間は金では買えん。くだらない会話などすっとばして、用件だけを聞こう」
肩を回しながら、ユーキなど視界に入れずに会話を続ける。時折、関節の鳴る音がユーキの耳に入ってくるが、気にせずに問いかけた。
「フランという吸血鬼が、こちらで治療を受けると聞いています。友人として心配で訪れたのですが」
「今は面会謝絶だ。万が一、噛まれて感染なんてしたら大騒ぎなんてものじゃすまない。先日、ここを騒がせたグール以上の、な。今は治療する材料を集めている最中だ。凡人は黙って天才に任せておけばいい」
「その治療で彼女に危険はないのでしょうか?」
「これだから一般人は困る。何事にも例外はあるし、どのようなことにも危険はつきものだ。そして、それを把握していないと思われるのは心外だね」
人差し指でテーブルをリズムよく叩きながら、ユーキの顔を嘗め回すように見つめる。瞳の奥に自分が映るほど見開かれた目は、見られるものからすれば不気味以外の何物でもない。
「あの筋肉達磨から何を聞かされたのかは知らんが、私の理論は完璧だ。その完成を見ずに誰かに情報を渡すなど研究者としてはあり得ない。ふんっ、まぁ、生きている内に自分の手で実行できる機会に恵まれたのは、幸運としか言いようがないのは認めるがね」
「そうですか。じゃあ、最後にお聞きします。彼女への治療は一般大衆が見ても大丈夫だ、と言えるようなやり方で行われますか?」
「有象無象の輩に配慮してやる必要がどこにあるというのだね」
まるで意味が分からない、と言いたげに首を傾げる。その姿に腹立たしさをユーキは感じた。
話をしているようで、その話がすり抜けていっているように思える。目の前の男が本当に治療をする気があるのかを探る以前に、不快感がこみ上げてきてしまう。
「聞きたいことはそれだけかね。ここでいくら話をしても何も変わらん。治療法を提示するというのならば、話は別だが。凡才は凡才なりにできることをやりたまえ」
勝手に話を切り上げるとエドワードは席を立って、先ほどの薬草を再び磨り潰し始めた。もはや話すことはないとでもいうのか、ユーキの方には背を向けて見向きもしない。
最低限の礼を述べてユーキは、帰り道とは反対の部屋へと続く通路へと目を凝らす。通り抜ける風の音か空耳かはわからなかったが、聞こえてきた音が苦しんでいるフランの声のように思えて、拳を握りしめた。
「(この男を信用しきることはできない。それなら、凡才なりに助ける方法を見つけ出してやろうじゃないか)」
踵を返して、ユーキは調合室のような部屋を後にする。頑丈な扉を前に、もう一度だけ振り返るがその耳には、乳鉢が擦れる音しか聞こえなかった。
「きゃっ!?」
「あ、ごめん!」
思いきり引いた扉の向こうに人がいると思わず、ユーキは慌てて扉から抜け出て駆け寄った。金髪の幼女が尻もちをついてしまったのだ。
近くにいた女性は直立したまま、幼女の方へと声をかける。
「もう、慌ててるからそうなるのよ。お兄さんに謝りなさい」
「うん。ごめんね。お兄ちゃん」
もう一度、ユーキも謝ろうとして、その幼女の姿を見たときに声が出せなかった。呼吸をすることも忘れて幼女のある一点を見つめてしまう。
立ち上がった幼女には右手が存在していなかった。
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