器の偏りⅥ
マリーを先頭に勇輝たちは家に着くと、そのまま伯爵のいる部屋へと駆けこむ。息を切らせて飛び込んできた娘に驚きながらも、伯爵は冷静に机の上の書類に目を通し続けていた。
「父さん。ちょっと確認したいことが」
「そうか、俺もちょっと確認したいことがあったんだが。まずはお前から話すと良い」
あとから入ってきたユーキたちを尻目に伯爵はマリーへと続きを促す。息を整えながらマリーは伯爵の机にまで迫ると必死の形相で捲し立てた。
「フランが吸血鬼って、どこまでの人が知ってんの? 姉さんとかに話しても大丈夫? というか誰かにばれたらアウトだったりする?」
「……昔は吸血鬼も魔物と同類ってことで迫害に会ってたが、表向きは今のところ亜人と同じ程度に権利はある。一般市民や過激思想の教会にばれるとひと悶着起こる可能性もあるが、クレアに言う分には問題はないだろう」
「何だよ。マジで焦ったじゃんかよ」
へなへなと机に両手を残したまま、伯爵の視界からマリーの姿が下へと消えていく。安心して腰が抜けたようで、そのまま立つ気配がない。そこに伯爵が追い打ちをかけるように疑問を投げかける。
「それで、俺がお前に聞きたいのはな。フランが今どこにいるか知ってるか?」
その言葉にマリーが顔を上げる。何とか足に力を入れて、立ち上がった。
「フランはダンジョンで体調を崩して、魔法学園の医務室にいるんだ。ごめん。もっと早く伝えるべきだった」
「そうだな。そして今は王城の地下室に幽閉されている」
「な、なんでだよ!?」
マリーは机に手を叩きつけて伯爵へと迫る。対して伯爵は顔色一つ変えずに淡々と話し始めた。
「元々、フランを受け入れたときに無茶をしたんだ。飢餓状態にならない吸血鬼の真祖と聞いて、話に食いついてきた奴がいてな。飢餓状態になって、吸血以外の安全な解決方法がない場合は、そっちに引き取られることになっている」
「誰だよ。そいつは!」
「お前も知っているぞ。宮廷錬金術師のエドワード・モルガンだ」
リリアンの下から去る時にすれ違った男の顔がユーキの脳裏に浮かんだ。恐ろしいほどに目の奥に意思を感じさせた感覚は、今でも十分に思い出すことができた。
「三日経っても症状の改善が見られない。または治療法が提示されない場合は、『吸血鬼の飢餓状態に対する治験を試みる』と連絡があった」
「それって、ただの人体実験じゃないか」
「人の血を吸わせて、その人間が吸血鬼になったら責任は取れん。逆にこれで成功すれば、吸血鬼たちとも共に歩む道筋が見える。そう陛下は仰せだ」
背もたれに体重を預け、伯爵は目を瞑る。それでも対応を考えているのか、眉根によった皺は深くなるばかりだ。
「それと聞いておかなければならんな。マリー、お前たちは彼女と縁が深いわけじゃない。会ってまだ一月経っていない間柄だ。おまけに命を狙われたこともある。それでも助けようという意思は変わらないか?」
「無理に助け出せば、陛下の意向に逆らうことになるからですか?」
ユーキの問いかけに伯爵は無言で頷く。サクラとアイリスは状況を飲み込めきれず、様子を窺うだけだ。
「だからこそ、お前たちが彼女を助けたいのならば、正攻法で治療方法を見つけなければならない」
「父さん。フランとは確かに戦ったし、付き合いも長くない。でも一緒に飯食って笑っていたやつを見捨てろっていうんだったら、父さんでもぶん殴る」
「そうです。それに私たちがダンジョンに連れて行かなければこんなことにはならなかったかもしれないんです。私たちにも責任があります」
マリーとサクラの言葉を聞いて伯爵は目を開けた。その視線の先にはアイリスとユーキへ順に向けられる。
「フランがいなかったらダンジョンでも危なかった。今度は私たちが助ける番」
アイリスはいつもと違った意志の強くこもった声で返事をした。伏せがちだった顔も今は伯爵を見据えている。
女子たちが笑顔で頷く中で、ユーキだけが浮かない顔をしていた。
「エドワードさんに面会をお願いできませんか?」
「――――何故だ?」
「情報があまりにも少なすぎます。伯爵とは犬猿の仲だということで、先入観から結論を急ぎ過ぎていませんか? エドワードさんの治療が最も効果的であるという可能性を最初から否定するような形で入るのは、フランのためにも良くないと思いますが」
どこか思い当たる節があったのだろうか。伯爵が苦虫をかみつぶしたような顔になる。マリーを始めとする女子たちも、ユーキの予想外の反応に戸惑いを隠せない。
「宮廷錬金術師ともなれば、俺たちより遥か高みにいるような人。学生四人が束になっても、その人の知識に敵わないのは明らかです。常識的に考えれば、ですけどね」
「あいつは、正気を失っているぞ」
「俺はエドワードさんのことをよく知りませんので、何とも言えません。それに本当に危ない人ならば、伯爵自身が黙っていないでしょう」
流石の伯爵も自分を引き合いに出されて返す言葉がなくなってしまったようだ。短い間ではあるが、ユーキは伯爵の人柄を少なからず理解できてしまっていた。国や陛下を守るためならば単身でも乗り込んで、悪事を止める伯爵の姿くらいは容易に想像できる。
「わかった。紹介状は用意してやる。だけど、あまり期待はするなよ」
「ありがとうございます」
「何度も言うが、あいつは狂っている。気を付けないと後ろから刺されても文句は言えないからな」
心配そうにマリーたちが見つめる中、伯爵はペンを動かして正面にいたマリーに渡す。
「明日になったら行ってこい。あまり長居するなよ」
羊皮紙を渡す瞬間、その顔は伯爵としてではなく、親として娘を心配する顔だった。普段と違う表情にマリーが呆けていると、伯爵は手を何度か叩いて立ち上がり、部屋を出るように促す。
マリーは何度か頭を振って踵を返し、最後にもう一度だけ伯爵を肩越しに見る。そこにあったのは、部屋に入った時と同じ無表情で書類に目を通す伯爵の姿だった。
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