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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第4巻 消えた焔は地の底に

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器の偏りⅣ

 再び図書室へ訪れるとカウンター奥の犬たちには目もくれず、アイリスは右中央の階段を昇って行ってしまう。ユーキは恐る恐る犬たちを見るが昼寝をしているのか、目を閉じて横たわっている。

 その姿を見て、ユーキは大きく息を吐き出した。前に見た光景がトラウマになって、ここで魔眼を開いて真相を確かめる勇気などなかったので、急いでアイリスの後を追う。

 本棚の上についている番号を見ながら進んでいくとユーキたちが集まっていたところが見つかった。アイリスやサクラが期待の眼差しを向ける中でユーキは本の背表紙を追っていく。


「えーっと、『民間伝承における魔物の生態』『暗闇に潜む危険生物』『人を食料とする魔物の対処法』……あれ、後一冊ないな」


 三冊を本棚から抜き取って、ユーキはテーブルに並べる。どれも濃い色をして所々に皺やひびが入った表紙が並んだ。開いてみると紙の色が黄ばんでおり、相当な年月が経っていることがわかる。ユーキが真ん中あたりで本を開き、何ページか捲ると指差した。


「ほら、ここに書いてある。『――――以上のように強力な生物として有名な、吸血鬼だが、その肉体は、魂との……結合、が……く、鏡に……』」

「ユーキ。どうしたの」


 指で文をなぞりながら読み始めたユーキは、文字が進むにつれて途切れ途切れになっていき、最後には黙り込んでしまった。なぞっていた指も唐突に止まってしまう。

 アイリスが見上げるとユーキの瞳は見開かれたまま、その指が指示している単語の位置をずっと見つめている。


「――――読、めない」

「えっ? さっきまで普通に呼んでたじゃんか」

「わからない。読めないんだ。さっきまで読めていたのに、指で追い始めたら単語の意味も読みも頭の中に浮かんでこないんだ」


 日本語を読むようにスラスラと理解していた文字が唐突に意味不明なアルファベットの羅列に見えてしまう。その逆で、異国の言語が日本語であるかのように錯覚していた、という方が正しいのかもしれない。

 そのような考えに至ったユーキはパニック状態に陥った。慌てて見回すと周囲の本の背表紙に書かれた言葉が日本語にも見えるし、アルファベットの羅列にも見えるからだ。


「まぁ、落ち着けよ。実際、途中までは読めてたんだからさ。覚えている情報だけでもなんとかできるって」

「そ、そうか。確証が得られないと困ると思うんだけど」


 先程の巨大な犬の幻といい、文字の変化といい、何かに図書館で呪われるような運命でもなすりつけられた気分になったユーキの動揺は、今までにないほど大きかった。

 それを知ってか知らずか、サクラは思い出したように本を持ち上げた。


「司書さんだったら、読めるかも」

「確かに、何の本かわからない人を司書に置くことはあまりないかもな。まぁ、すべての言語をマスターしてるかどうかはわからないけどさ」

「何か私に用かな?」

「「「うわぁ!?」」」


 マリーが肩を竦めると同時に今度は司書が音もなく現れた。幸いなことにその後ろに犬は連れていなかった。あまりにも大きな声を上げたので人差し指を口に当てて老人は首を振る。


「驚かせたのはわかるが、あまり大きな声をあげないでおくれ。人が少ないとはいえ、静かに読みに来ている人もおるのだ」

「その、すいません」

「それで? 私に何か用でも?」


 額を人差し指で掻きながら老人は尋ねると、机に置かれた本へと目を向けた。その目の雰囲気がアイリスに少し似ているとユーキは感じた。


「ふむ、『民間伝承~魔物の生態~』。随分と風変わりなものを調べているね。ここ数日はダンジョンや魔道具の本を探す者が多いと思っていたのだが」

「ちょっと、司書さん。こっちはなんていう本なんだ?」

「ケイレブ爺さんと呼んでおくれ。お嬢さん。ただし、爺さんという程、まだ年は取っていないつもりだがな」


 そう言ってマリーの手から二冊の本をそっと受け取る。節くれだった手が背表紙を軽くなでる。


「これはまた珍しい本を選びよる。『闇に隠れる危ない生物』。こちらは『人食い魔物からの防衛術』か。洞穴探検でもするつもりかね?」


 四人は顔を見合わせた。ケイレブの言うタイトルは、ユーキが見つけたときに呟いた言葉と酷似していたからだ。


「ユーキすごい。また読めるようになったら教えて」


 尊敬の目でユーキを見上げるアイリスだが、ユーキの心境は足元がくず落ちそうな高所から助け出されたばかりのようで、周りの声を正常に受け止めるだけの余力がなかった。


「何か他に知りたいものがあるならば、読みやすいものを案内するぞ」

「いいんですか?」

「もちろん。本を愛する者の力になるのが私の仕事なのでね」

「よろしくお願いします。じゃあ、そうですね」


 サクラがいくつか候補になるテーマを上げていく。

 吸血鬼、真祖、魔力枯渇、治療等々。黙って頷いていたケイレブは、顎に手を当ててしばらく考えていると何も言わずに杖を抜いた。

 一振り、二振りと杖を振るうたびにどこかの本棚から飛び出してきた本たちが目の前に並べられる。その光景にサクラたちの顔は明るくなった。


「見えないところのものをどうやって!?」

「図書室棟は私の体も同然なのでね」


 気恥ずかしそうにケイベルはウィンクで返すと目の前の本を杖で指示した。


「とりあえず思いつくものを四冊用意した。何かの役に立てばいいのだが……これでもないとなると、それこそ()()()の中だろう。吸血鬼の――――それも真祖になると、それに関する本は、見たことがあれば私も覚えているだろうから。それでは、良い時間を」


 手を軽く上げて、ケイベルは元来た道を戻っていく。

 笑顔で見送ったサクラたちは本を開いて読み始める。恐る恐る本へと目線を移したユーキの瞳には本の題名が映っていた。


「俺だけ……薄い……」


 その本の表紙には『クピドとプシュケー』と書かれていた。

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