器の偏りⅢ
魔法学園の生徒御用達の学食レストランは時間が昼時を外れていたこともあってか、かなり席が空いていた。
コルクボードに貼ってあった今日の魚料理という部分に、半額という追加の張り紙を見つけたユーキが近くの店員に声をかける。糸目の男性店員は焦ったような顔をしながら早足で近づいてきた。
「あのー。今日は何で半額なんですか?」
「今日は学生さんがなかなか来ないので、魚が余ってしまっているんです。一応、保存は利くのですが、やはり料理長から言わせると新鮮なうちにお出ししたいということで、こういう状態なんです」
「そうですか。じゃあ、俺はそれにしようかな」
折角の新鮮な素材を台無しにするのはもったいない。そんな思いでユーキが呟くと、その声に他の女子たちも追従する。
「あたしも、それにするぜ。サクラはどうする?」
「じゃあ、私も同じので」
「む、じゃあいつものに追加でー」
店員がぎょっとした表情でアイリスを見るが、四人分の魚が無駄にならないことに気付いたようで表情が一変する。周りの三人はアイリスの発言には驚かずに席へと向かう。アイリスの普段の食いっぷりからすれば、成人男性二人前程度なら食べれるだろう。
その後ろですぐに店員は駆け足で注文を伝えに厨房に向かう。一拍遅れて、走ったことを怒る声と悲鳴を上げる店員の声が響いた。
「それで? 結局分かったことってあるの?」
「こっちは全然。吸血鬼がどんなものが苦手かっていう伝承は残っていても、助ける方法なんて全然書いてないよ」
両手で頬杖をついたサクラがため息をつく。マリーに至っては本を読み終わった時と同じように、またもやテーブルに突っ伏してしまう。どうやら二人の調査結果はあまり芳しくないようだ。
ユーキは思い出したかのように胸元にしまってある精霊石に問いかけた。
「ウンディーネの方は何か知ってることある?」
『私にも知っていることと知らないことがあります、というか私を事典扱いするのはやめていただきたいのです』
「いやー。いつも頼りになるからさ」
『一応、これでも力が弱っていて、精霊石に入っていることを忘れないでくださいね』
フンッと腕を組んでそっぽを向いてしまう姿をユーキは想像して苦笑いを浮かべてしまう。普段は夜に魔法の練習をしていると、口酸っぱくアドバイスをしてくれているからだ。
『まぁ、真祖の吸血鬼はどちらかといいえば、精霊に近いって感じがありますね。あくまでちょっと見た感想ですけど』
「精霊っていうとマナの塊みたいなのだろ。どう考えてもそんな風には見えないぜ」
顔を上げてマリーが抗議するが、ウンディーネも自分自身が言っていることをうまく説明できないらしく黙ってしまった。沈黙が支配しかけたとき、アイリスが思い出したようにユーキの胸元から顔の方へと視線を移す。
「ユーキの方は、あの本を読めたの?」
「え? まぁ、少しはわかることも有ったかな。伝承がほとんどだったけどね。魔力や生命力を血と一緒に吸うとか、魂と肉体の結びつきが不安定だから鏡には映らないとか、結構いろいろ書かれてた。後は肉体の再生能力が高いとかかな。首とかを切断されても手の届く範囲にあると動いてくっついちゃうから、足の方に置くべきだっていうのも面白い考えだったよ。それから――――」
印象に残っていた部分を指を折りながら、天井を見上げて言っていくと周りの反応がないことに気付く。不審に思って視線を元に戻すと、サクラとアイリスが目を丸くしてユーキを見つめていた。
「えっと……何かおかしなこと言った」
「ユーキさん。あの本……読めたの?」
「え、うん。分厚いけど、適当に読み飛ばして、必要そうなところだけを見てたんだけど。それはアイリスとかだって同じようにやってたよね」
同意を求めるようにアイリスを見ると、その表情は悪戯をする時とは正反対で一歩間違えれば睨みつけるように目を細めていた。マリーだけが話に着いていけず、何事かと顔を左右に振り回して、周りの状況を飲み込もうとする。
「ユーキの選んだ本は全部、この国じゃない言語で書かれてたんだけど、それでも読めたの?」
「あれ? そんな本だったっけ?」
ユーキはもう一度、自分の記憶を思い返す。
しかし、どんなに思い出そうとしても異国の言語を読んだ覚えはない。もっと言うならば、英語の御伽噺を読めるかどうかというレベルかもしれない自分に、厚い本など読めるはずがなかった。
「あの本。私もまだ読んだことがない。ぜひ、ユーキには読み方を教えてほしい」
「じゃ、じゃあ、昼ごはん食べたら戻って、もう一回見てみよう。そうすれば解決だよな」
「うん。楽しみにしてる」
それからしばらくすると、先ほどの店員が満面の笑みで料理を運んできた。驚くべきことに魚の量が普段の注文時より多い。
「余らせるのももったいないのでサービスです。遠慮なく召し上がってください」
「あ、ありがとうございます」
サクラが目の前に置かれた量に空笑いする。明らかに魚の量だけが増えている。具体的に言うと一皿の中に素揚げされた川魚が山盛りにされているのだ。魚だけでお腹がいっぱいになりそうな光景に一名を除いて、遠い目をしてしまう。
「ユーキさん。全部、いけますか?」
「だ、大丈夫だと思う。サクラたちが無理そうだったら頑張るよ」
「アイリス、後は頼んだぜ」
「うん。任される!」
フランの前に自分たちの命が危なくなりそうなユーキたちだったが、アイリスの奮闘の前に救われることとなった。その食べっぷりに感銘を受けたのは、ユーキたちだけじゃなく店の人も同様で、特にシェフたちは以前からおいしく食べるアイリスに目をつけていたらしい。店を出るときには料理長自らお見送りをしてくれたほどだ。
「ユーキ。楽しみにしてるからね」
既にその興味は料理から、未知の本の内容に向いてしまっていた。たくさんの魚を平らげたにも関わらずスキップで中庭へと進んでいく姿を見て、恐怖を覚えたのはユーキだけではないはずだ。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




