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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第4巻 消えた焔は地の底に

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器の偏りⅠ

 リリアンはいくつかの薬品を混ぜ合わせながら、思案していた。

 吸血鬼とはいえ、同じ生命体であることには変わりがない。魔力を生み出す器官(マジックソース)溜め込む器官(マジックバレル)、そして流す器官(マジックサーキット)は、有機生命体であればどんな生物も保持している。

 そのため、どの器官がどのような原因で不調を引き起こしているのかがわかれば、治療には問題ない。後はそれを直すのに適した素材と方法を見つけて投与するだけとなる。

 だからこそ、彼女は()()()()()()()()を見てため息をついた。イラつきこそしないが、自分のところに運び込まれた患者を勝手に持っていかれたことには、相応の不満が残っているのだ。

 心とは裏腹に完璧に成功した調合薬を机に置いて、先ほどあったことを思い出す。





「失礼。ここにフランという少女が運ばれたと聞いているのだがね」

「どなたですか。患者がいるので静かにしていただきたい」

「それは重々承知の上だよ。ミス・リリアン。しかし、あなたに医者という責任があるように、わたし自身も自分に与えられた職の責務を果たさなければいけないのだ」


 現れた金髪の男の声に眉根を寄せていると、そのままフランの方へと男は歩を進める。部屋からたたき出してやりたいという衝動にかられたリリアンだったが、扉の近くで待機する二人の騎士を見て思いとどまった。


「(王都の正規兵? 一体、何のために……)」


 疑問と不安が胸中に渦巻く中で、リリアンは目の前の男を凝視した。まとめてはいるがボサボサの髪に、何日も剃られていない顎髭、目の下には隈が浮かび、目には生気が感じられない。医療に携わる者としては、即刻部屋の外ではなくベッドに叩き込みたい、という評価に変わるほどだ。

 その視線を受けてなお、男は気にすることなく歩み続ける。やがてリリアンの手の届くところまで来た時に、暗い瞳が彼女を射抜いた。


「名乗るのが遅れた。()()()()()()のエドワード・モルガンだ。お見知りおきを」


 リリアンの心臓が大きく跳ねた。その名には聞き覚えがあったから、などという軽いものではない。この国の内外において、医療に携わる者なら誰もが知っている天才。そして、狂人である。

 死神を目の当たりにしたかのように、リリアンの足が震え始めた。両の拳を握りしめて、麻痺しそうになる感覚を呼び戻す。


「私からの要求は一つだ。そこの少女を私の研究室に移送する」

「一体何の権限で」

()()()()()、だよ。それでも理由が必要なら、『吸血鬼(ヴァンパイア)だから』ではダメかね? おまけに陛下に仕える騎士たちを襲った犯人の娘ともなれば、本来は生きていることさえあり得ないのだがな。私の治療が受けられるだけでもありがたいというのに」


 ぐうの音も出ないほどの正論に、リリアンは奥歯を噛み締める。正論であるが故に、この先のフランの身に起こるだろう悲劇を容易に想像できた。目の前の男は伊達に狂人と言われているわけではない。

 日夜問わず、彼の研究室では非人道的な実験が行われているというのは、周知の事実だ。あの面の皮が鉄どころか、オリハルコンでできているのではないかと言われる宰相ですらも、国王陛下に苦言を呈するほど。

 国王陛下のみが彼の地位を動かすことを頑なに拒んでいることも不思議ではある。

 国の上層部までに危険因子と判断されかねない男に、種族は違えど苦しむ少女を引き渡すというのはリリアンにとってあり得ない選択肢だった。


「拒否をしたければ構わない。しかし、君如きが私を止められるかね? ()()()()()()()が、あると?」


 杖へと延びかけた腕を制するようにエドワードは笑った。その目には怯えの色は一切なかった。

 むしろ、魔法を放たれることに期待すらしているような気配さえある。リリアンの心が折れるのも無理はなかった。


「拘束具は……おっと、ここの革ベルト。年季が入ってていいじゃないか。私の愛用しているのもこれと同じでね」


 一人で興奮しながらエドワードは杖を振るうと、マントの下から幾本かの革ベルトがフランの体へと巻き付いていく。リリアンのものよりもきつく締めあげたせいか、フランの口から苦痛の声が漏れた。


「ここにいる間は、私の患者だ。無駄に痛めつけるのはやめてもらおう」

「ふむ、その言い方では、ここを出たら好きにしてもいいという風にとられかねないですぞ。まぁ、それはそれで私のやりたいようにさせてもらいますが」

「私は人を助けることに誇りをもっている。お前のような外道とは違う」


 握りしめた手に爪が食い込んで、薄く血がにじみ出る。それすら構わず、リリアンは気迫だけで人を気絶させそうな剣幕で一歩前に出た。流石の騎士たちも殺気じみた気配に数歩前へ出て、剣の柄へと手をかける。


「誇りねぇ。それで人が救えるのなら、いくらでも背負ってやりましょうぞ。それで、その()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「――――ッ!」


 あと一歩近ければ、リリアンの拳はエドワードの顔面に叩き込まれていたかもしれない。

 しかし、その間に騎士の一人が割り込んで、それ以上近づくことを阻んだ。


「落ち着いてください。我々も彼女を助けるために動いているのです」

「その手段がこの男(コレ)ですか!? まだ異端狩りの連中に渡した方がマシなんじゃないの!?」


 杖を手に拘束したフランを浮かせて扉に向かうエドワードへ、リリアンは騎士越しに食って掛かる。その様子を見たエドワードは呆れた顔で肩越しに言い放った。


「では、三日の猶予をやろう。私は経過観察するだけでも十分な資料を手にすることができる。自然治癒するか。何か治療法があるなら解放しよう。それができなければ、私が治療を行う」


 リリアンの返事を聞かずに、エドワードは扉へと進んでいく。もう一人の騎士が扉を開けるとリリアンの前に立ちはだかっていた騎士も踵を返して出ていく。怒りに震えるリリアンの前で、虚しく扉が閉まった。

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