茨の鎖Ⅶ
生活魔法を使って汚れを落として来たユーキは、サクラたちを探して立ち並ぶ本棚の間を見回しながら歩き続ける。
「中庭の水で洗った水を流してもいいって、実際、衛生面とか大丈夫なんだろうか?」
改めて現代と違う環境に不安を抱きながらも、左右を見渡す。読書用のテーブルが何台もあるが、ほとんど座っている人はいない。カウンターから見えないところで居眠りをする赤みがかった茶髪の男子学生が一人。熱心に本を読みこんでいる女子生徒が一人くらいで、生徒の姿はほとんど見えない。
「声を上げると怒られそうだし、地道に探すしかないか」
一階に見当たらなかったため、ユーキは来た道を引き返して中央の階段へと向かう。二階に行くついでに、好奇心でユーキはクレアから教えてもらった禁書庫へと足を向けることにした。
桜たちがいないか見ながら抜けていくと、反対側の二階にアイリスが本を取ろうと手を伸ばしているところが見えた。早足で音を立てないように向かうと禁書庫の鉄格子が見え始める。
一見すればたくさんの古びた本が並んでいるという感想を抱くが、その本棚の多くが禁書と言われると途端に禍々しく見えるから不思議である。扉の前で一瞬立ち止まると古い錠前が一つだけかかっていた。思わずじっと見つめていると、すぐ足元で音がした。
「(いつの間に……!?)」
先程までまるで興味を示してなかった犬――――通称トロちゃん――――が下からユーキを見上げていたのだ。ぐっと閉じた口、見開いた瞳孔。強く明確な意思をもってユーキを見つめていた。
――――そこで何をしているのか、と。
生唾を飲み込んでユーキはトロから目を逸らした。そのままゆっくりと扉から遠ざかるとトロは腰を上げて同じようにゆっくりと反対側へと去っていく。ほっと息をついて歩みを止めると、後ろに目でもついているかのようにトロは振り返った。
「オーケーオーケー。俺はこのまま、あっちに行きますよっと」
今度こそ、番犬の怒りに触れないようにユーキは踵を返して曲がり角へと向かう。視界からトロが消えた後、数歩進んで振り返るとトロはついて来てはいなかった。
「ユーキ。どうしたの」
「ひぃっ!?」
進行方向に目を向けていなかったので、すぐ近くからアイリスに呼ばれてユーキは心臓が飛び出そうになる。胸に手を当ててさすり、落ち着こうとしていると、さらに前からサクラとマリーが歩いてきた。
「今、ユーキさんの悲鳴みたいなのが聞こえたけど、どうかしたの?」
「わからない。後ろ向いたまま動かないから声をかけたのに、驚かれた」
「いや、さっきさ」
禁書庫の前でトロとの遭遇を話すと真っ先にアイリスが反応した。
「ベロとトロは禁書庫を見張ってる。あそこの前は通らないのが決まり」
「なるほどね。むしろ、あの程度で済んだことが奇跡ってことか」
「二匹とも頭がいいから滅多なことでは人は襲わない。それこそ扉を無理やり超えようとしない限りは」
ぽわっとした顔で言うが、その行為さえあれば確実に二匹が襲ってくることを示唆していることにユーキは戦慄した。鋭い犬歯が食い込むところを想像するだけで身震いがする。
アイリスは手元にある本のページをめくりながら、ユーキへと本の山を指差した。
「とりあえず、魔法生物に関する本とかダンジョンに関する本を抜き出してきた。私のおすすめ」
心なしか、アイリスの顔がイキイキとしていた。そんな彼女の手元にあった本の題名は『吸血鬼の殺し方』。ユーキは深くは聞かないように目を逸らした。自分にフランを救うために必要な情報があるのだ、と言い聞かせた。
気を逸らすためにサクラの本に目を向けるとタイトルは『鉱石の魔力貯蔵とその活用について~魔物編~』だった。土魔法の得意な彼女らしいと思い、ユーキは心が落ち着き始めた。
そのまま流れるようにマリーの本のタイトルを見る。
『世界美魔女大全』
何だそれは、と。静かにユーキは立ち上がるとマリーの本を机越しに取り上げた。
「ちょ、今いいところだったのに」
「いや、ちょっと真剣にみんなが探している中で、それはないというかそんな趣味があったのか。お前」
「な、何の話なんだぜ!」
「何の話って見れば……」
ユーキは開かれたページを見て絶句した。
本に書かれていた内容は吸血鬼の変身能力についてだった。その記述を流し読みすると「古来から存在する吸血鬼。その多くが蝙蝠に変化したり、影にはいったりするなどの能力があるとされている。特に吸血対象となる人間をおびき寄せるために美女などに変化するとも伝えられている」などと書かれていた。
冷静に読み解くと吸血鬼に関するまともな内容だということがわかってしまい、ユーキの背中に冷や汗が流れる。
「おやー? ユーキさん? 一体あたしにどんな趣味がおありだと申しますかねー」
「そ、その……」
「あたしはフランのために頑張って本を読んでいたのに、この本の題名から一体何を想像したのかなー?」
「すいません。私の勘違いなので、ソレイジョウナニモイワナイデクダサイ」
「マリー。ユーキさんを引っ掛けてやろうって、嬉しそうに選んでたくせに」
横からジト目でサクラがユーキとマリーを交互に見つめる。流石のマリーもサクラの言葉に反論できるはずもなく、ユーキから無言で本を取り返すに留まった。
何とか助かったユーキだったが、小さく聞こえたサクラの言葉に居た堪れなくなる。
「ユーキさんのエッチ」
「……」
反省の気持ちがわき上がってくるのが自然なはずなのに、一瞬の背徳的な快感を抱きそうになってしまったユーキは必死に心の中で確認した。
――――大丈夫だ、間違っちゃいない、と。
それがマリーにツッコミを入れてしまったことなのか、それとも一瞬感じてしまった心の揺れについてなのかは彼のみぞ知る。
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