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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第4巻 消えた焔は地の底に

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茨の鎖Ⅵ

 男が通り過ぎていったことを確認して、マリーが口を開いた。


「あの男、知ってるぜ。宮廷錬金術師のエドワードって奴だ。うちの父さんと犬猿の仲でさ。ことあるごとに罵倒しあってるんだぜ」

「でも宮廷錬金術師ってことは実力が認められて国に召し抱えられてんだろ。それなら凄い人なんじゃないか?」

「いつも地下に潜って怪しげな実験ばかりしてるって噂だぜ。夜になると学園にまで悲鳴が聞こえるなんて言う怪談話まであるくらいだ」


 夏だというのに、マリーは腕で自身を抱きかかえて身震いした。地下というワードに暗いところが苦手なサクラも若干、引き気味で苦笑いする。


「ま、まぁまぁ、本当に危険な人だったら陛下も追放するって」

「いーや。うちの父さんを辺境伯にするくらいだ。多少の危険はあってもおかしくない」

「マリーのお父さん。聞いたら、泣いちゃう、よ?」

「アイリス、覚えとけ。父親なんて言うのはな。娘が泣かせてなんぼってやつだ」


 マリーの会話での返答に思わず勇輝は頬を引き攣らせる。


「俺、初めて伯爵に同情するわ……」

「何か言ったか?」

「ベツニナニモイッテマセンケドー」


 階段を下りきると中庭へと辿り着く。相変わらず噴水は勢い良く湧き出でて、周囲の熱を下げていた。いつもなら人だかりができるはずだが、珍しく人の姿は見えない。

 ユーキが図書室棟へと足を向けるとアイリスが不思議そうに首を傾げた。


「ユーキ。どこ行くつもり?」

「いや、図書室の本を返しに行くんだよ。魔法とか、最近話題のダンジョンとかの勉強をね」

「わかった。一緒に行こう」


 唐突に目を光らせて、ユーキの袖を引っ張って先を促すアイリス。それに困惑するユーキを見て、サクラとマリーも笑いだす。

 サクラ曰く、「悪戯が好きなアイリスだが魔法の勉強になると人が変わる」とのこと。最初の頃、魔法学園に来たばかりのサクラも同じような目に何度かあったらしい。


「ついでに吸血鬼とかが詳しく載っている本があると良いんだけどな」

「そう都合よくあるとは思えないよ」


 サクラの言う通り、図書館の本を端から探してもあるとは思えなかった。最初に真祖であることを看破したウンディーネですらも、フランの症状に見覚えも聞いた覚えもなかったからだ。

 図書室へと辿り着くと司書の姿はなく、本来座っている場所の両脇にゴールデンレトリバーが二匹伏していた。一匹は茶色に近く、ユーキに興味を抱かずに眠っている。反対に、白っぽい毛並みの方はお座りして尻尾をぶんぶんと振り回していた。


「えーっと、返却の本って、置いとくだけでいいのかな?」

「わふっ!」


 近くにいたアイリスへと聞こうとした問いに、お座りしていた犬の方が答えるかのように吠えた。迷っているユーキを尻目に、アイリスはカウンター越しに頭をなでる。


「ベロちゃん。トロちゃん。久しぶり」


 なでられて気を良くしたのか、犬の息遣いが荒くなる。伏せたままの方は目だけを開けて、ひときわ大きく鼻息を鳴らして答えた。


「ここに置いておくと、司書さんが後はやってくれる」


 一通りなで終わると満足したのか。アイリスはカウンターの隅を手で叩いてユーキに示した。そこには、いくつかの本がすでに山積みになっている。

 そのうちのいくつかは、ユーキと同じことを考えていたのか、ダンジョンにまつわる内容の本が大半だった。


「私、図書室に来るのなんて何週間ぶりだろう」

「そういや、あたしたちが声をかけるまでは入り浸ってたもんな。アイリスが声をかけるきっかけになったのもここだったらしいし」

「読もうとした本が一緒だっただけ」


 アイリスはいつの間にかカウンターから出てきた白っぽい犬――――通称ベロちゃん――――にまたがって首のあたりをわしゃわしゃとなでくりまわしていた。

 お腹を向けて完全になでられることに喜びを感じているベロは、気持ちよさそうに目を細めていたが、ユーキが近づいてきた瞬間に身を翻して襲い掛かった。身長一.七メートルを超えるユーキを軽々と押し倒し、顔舐め攻撃を開始する。


「ちょっと、待て。待って!」

「へー。この犬、結構、やんちゃなんだな。前に見たときは凄いしっかりもののイメージだったんだけど」


 マリーの感心したような声が聞こえるが、ユーキとしてはたまったものではない。体重十キロを超える犬であれば、大抵の人間は敵わないことがわかっている。

 つまり犬が止めてくれない限り、それに抗うのは意外と難しいのだ。


「こら、お客さんに失礼じゃないか。自分の所にお戻り」


 上からしゃがれた声が降ってくると、ベロの体重がユーキから消えた。かばっていた腕をどけると司書の男が見下ろしていた。その顔は笑っているようでもあり、怒っているようにも見える不思議な顔だった。


「さぁ、立ちなさい。いつまでも寝転んでいては邪魔になる。あと、本を手にする前に一度中庭で洗ってきなさい」

「は、はい。わかりました」


 急いで立ち上がるとユーキは、すぐに扉へと向かった。その後ろから声がかかる。ベロの顔をじっと見つめたまま司書が尋ねた。


「ここに来る前に、変なものに触れていないだろうね?」

「はぁ、特に薬草とかの採取はやっていませんが」

「そうか。ならばいい」


 ベロちゃんの顔から目を離さないまま、手だけを振って出ていくように示す。首を傾げて出ていくユーキと同じように、ベロもまた首を傾げて司書を見つめた。

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