茨の鎖Ⅱ
その後、魔法の本を夜遅くまで読んでいたユーキは、瞼を擦りながら目を覚ました。近くの机の上には、積まれた本と呪文を写し取った紙が何枚か重ねられている。
読み漁った結果は思っていた以上の収穫で、今まで疑問に思っていたことのいくつかは解決することができた。
例えば、「なぜ学園の生徒は同じような呪文ばかり使うのか」という点。
地・水・火・風の四属性(本当はもっとあるのだが)の汎用呪文を生徒たちは多用する。この「汎用」呪文なのだが、魔力の流れを最も効率よく体に覚えこませやすい術式らしい。つまり使えば使う程、体内の魔力を流す架空神経を成長させやすい、ということなのだそうだ。
そして、ある程度の力がついた者は次のステップに進むことになる。細かく効果が分けられた固有の呪文を学んでいくのである。攻撃魔法と一口に言っても、相手の防御を突き破るものから相手を捕縛するものまでより細分化されている上に、四つの属性にも当てはまらない属性まで出てくるのである。
本来なら、その細分化された魔法の仕組みを理解するのが大変なのだが、科学の知識の後押しもあり、理解に関しては苦労はさほどなかった。具体的にいうならば、汎用呪文だけならば上級まですべてを一日で理解することはできた。
「未だに質量保存の法則を度外視した水の魔法は慣れないんだよなぁ。それ言ったら魔法自体が熱力学と矛盾するところもあるし、深く考えすぎない方がいいかもしれないか。それに――――」
土や風はその場にあるものを集めて使っているように見える。火は魔力自体がエネルギーだから、それを燃やしていると言われれば納得は出来なくもない。だが水を水蒸気から集めて使っているとすれば、明らかに質量が合っていないようで不思議だ。
科学の知識のおかげで理解したのに、科学の知識が邪魔で使えませんでしたというのは、本当に洒落にならない。
「――――理解しているのと使えるかは別の問題だからな」
ユーキの中には一つの不安があった。それは最初の火の魔法をサクラの後押しと魔眼の力があって、初めて発動することができたが、ガンドと同等レベルで扱えるかどうかということだ。練習しなければ上手くならないのは承知しているが、それができるほど魔力コントロールがいいとは言えない。訓練場を吹き飛ばしてしまうかもしれない恐怖と戦いながら練習するのは精神衛生上よろしくない。だからと言って、ぶっつけ本番でやって、森林火災などの大被害を出したら目も当てられない。それが今までガンドと刀をメインにして戦っていた理由でもある。
身支度を整えて朝食を済ませるとユーキはそのまま魔法学園へと足を運ぶ。今日の目的は午前中に小規模な魔法の実験を行い、午後にダンジョンの本を読みこむことだ。決して、昨日の筋肉痛が襲ってきていて体を動かすのがだるいからではない、きっと。
知識は力なり。かの有名な哲学者フランシス・ベーコンも言っていた言葉に従って、ユーキは知識を蓄えた後、宿の外へと足を踏み出すのだった。
一方、その頃。学園の寮ではなく、伯爵家に入り浸ってしまっている女子生徒たちは、準備を整えてダンジョン前に集まっていた。ダンジョンの場所は何かがあってもすぐに対応できるように、教授たちのいる棟のホールに設置されている。大理石のような特徴的な模様が入った門が置かれていて、扉は常に開いている。
「今日はフェイが騎士団の方に駆り出されてるからな。前衛がいないから火力で押し切らないと大変だぜ」
「必ずしも大型の魔物が出るとは限りません、蝙蝠の大群のような物量で来る可能性もありますよ」
お互いにボスへの考察を進めながら、荷物の最終確認と体調や装備のチェックを行う。五階層ごとに出現するという敵は、他より強いという情報以外はこの場にいる誰も入手していない。
「先輩方に話を聞いてみてもよかったかもね」
「ダンジョンの進み具合は、成績にも関わってくるから簡単には教えてくれないと思う」
サクラとしても聞き込み自体はしてみたのだが、答えてもらえないことがほとんどだった。唯一、わかったのは、今までの生徒の最深部記録が四十四層ということだ。しかも、挑んだのは生徒の中でもトップクラスの複数パーティの団体だということである。
「あたしの姉さんの話では、学年が上がるごとに五階層。卒業するまでに二十階層を突破すればいいんだってさ。それ以外は絶対に話してくれなかった」
「それって、二十層以降は生徒レベルじゃないってことなんじゃ……」
「サクラさんの言う通りですね。ここを作った人は余程の悪趣味なのかもしれません」
腰回りのポーチを確認して全員が杖を引き抜いた。
「ごちゃごちゃ言っても始まらねぇ。まずは突撃あるのみだ。今のうちに単位稼ぐぞ」
「そういえば、アーティファクトよりも、単位狙いだったね」
「来年以降の遊ぶ時間をできるだけ確保しておきたいなーって。サクラもそう思うでしょ。やれることは先にやっておくって言うし」
「確かによく言うけど、何か違う……」
頭を抱えるサクラにアイリスが止めを刺す。悪戯コンビ組には、出会って一か月も経っていないフランですら頭が痛くなる始末だ。サクラとフランの間に常識人コンビという絆が生まれた瞬間でもあった。
「でも不思議ですね。一年生はこの期間に宿題や魔法の練習に打ち込む人が多いらしいので、ダンジョンに来ないのはわかりますが――――」
フランは辺りを見回して怪訝な顔をする。そこには扉へ意気揚々と進むマリーとアイリスがいるくらいで、ほとんど人影がなかった。あとは見張りのガーゴイル像が数体、じっと見つめてくるくらいである。
「――――先生方や先輩方の姿を全然見かけません」
「確かに、言われてみれば先輩方は来ていてもおかしくないのに」
サクラもつられて見回すとホールは学園の普段の喧騒とはかけ離れていた。
「もしかしたら、外にダンジョンを探しに行ってるのかもしれないよ」
「そうですね。私の杞憂で済めばいいのですが」
金髪の髪を揺らしてフランも先陣を切ろうとする二人の後へ続く。その背には、もはや不安の陰は見えなかった。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




