茨の鎖Ⅰ
ファンメル魔法学園・図書棟二階・図書室最奥。そこには部屋の中にも関わらず、大きな鉄柵で区切られた場所がある。大きな錠前がかかった鉄格子の扉の上には『許可なき者の立ち入りを禁ず』と書かれていた。
そこに踏み入った生徒は数少なく、未だに多くの生徒はその全容どころか一冊のタイトルすら知らない者が多い。未知とは恐怖であると同時に好奇心の対象でもある。所蔵されている本は一体何なのかを噂で聞くことは、学園内でありふれたものの一つだった。
曰く、歴代の宮廷魔術師が残した魔導書である。
曰く、戦争時に使われていた殲滅級魔法が記されている。
曰く、見ただけで呪われる忌まわしい呪本である。
曰く、司書秘蔵の春本である。
「いや、何でだよ」
「え、何かおかしなこと言った?」
「司書さんが禁書庫にエロ本隠すわけないだろう」
「いやー、そんな噂流せば司書が自ら開けてくれないかなー、なんて思った時期もあるわけでー」
「あんたが犯人かよ」
クレアと冒険者ギルドを出てから、武器の手入れ道具や入荷した武器などを見ながら話をしていたがユーキは思わずつっこんでしまった。
「まぁ、実際のところは普通に閲覧できる本だけでもたくさんあるんだけどさ。魔術師ギルドの蔵書もすごいけど、学生が学ぶこと前提で集められた本だからね」
「まぁ、そりゃそうなんだろうけど……。そういや、学園の図書室には一度も入ったことないな」
「もったいないから一度くらい入ってみたら? ダンジョンのこととか、色々たくさん載ってるし、冒険者としては知っておいた方がいいこともたくさんあるから。あたしだって休学中に忍び込むこともあるしね」
これが一時間ほど前に交わされた会話である。
早速、訪れてみたユーキは外観の小さい扉からは想像できない広さに度肝を抜かれた。そもそも、ただでさえ大きい建物であるにもかかわらず、中の面積がそれ以上に感じてしまうのだ。もしかすると空間が広くなる魔法が使われているのかもしれない。
「とりあえず、初級魔法の本とダンジョン関係の本をある程度読破したくなるな」
本の中でもファンタジーや神話系の本は小学生から高校生の頃までずっと読んでいたので、読むことは苦痛ではない。また、最初に魔法に関する本を読んだ時に比べると随分わかりやすく解説されている。
小さい頃は本当に魔法があるものだと思っていたし、アニメの主人公の技を真似ていた時に比べると、どのようにすれば魔法が使えるかがわかるので本を読むことにも力が入るというものだ。
ただ、本を読むにも使い勝手が分からない。その為、クレアの言う司書とやらを探すのだが、意外とすぐに姿は見つかった。カウンターで本の修繕をしていた白髪の目立つ鷲鼻のお爺さんがユーキを見つめていたからだ。
「新顔だな。ここに来るのは初めてかい?」
「えぇ、聴講生のユーキです。初級魔法の解説書やダンジョンについてまとめた本をいくつか読みたいのですが」
「本を傷つけない。汚さない。それが守れるなら、好きに読んでいい。持ち出す場合は直接言ってくれれば許可しよう」
「わかりました。ありがとうございます」
軽く頭を下げて、ユーキはすぐに本棚の方へと足を進めた。本を手には取らず、背表紙のタイトルだけを見ていく。図書館の構造はある棟(城壁)の一部を使って、ひたすら長い廊下に本棚が垂直に並んでいる光景だ。アイルランドにあるトリニティーカレッジ図書館を彷彿とさせる。
その内観に圧倒されながら本棚の間を歩いていく。入口側から最初の棚が魔法の呪文集や解説書。そのまま奥に進むと魔法生物や錬金術の素材、ダンジョンについて、魔法使いの偉人の歴史など様々なジャンルが置かれている。
奥まで進むとクレアの話していた禁書庫が見えて来た。ここに来るまでの、ちょうど半ばにあった階段を使って二階に上がった一番奥。カウンターの席からも見える鉄格子の扉だ。ここの錠を開けようと屈もうものなら、司書に一発でばれることだろう。
そればかりでない、その部分だけ手すりがないところを見るに司書が魔法で狙撃してくる可能性すらある。
ユーキは踵を返して、魔法の呪文書とダンジョンについての本を二冊ずつ本棚から抜き取って通路に並べられた机に置いた。ただでさえ今日は肉体労働で疲れていたので依頼を受けるつもりもなかったし、夜までの時間を無駄にするつもりもなかったからだ。
「何より、もっとすごい魔法とか使ってみたいしな」
今のユーキには知らないことが多すぎるため、同年代の誰よりも探求心という点においては右に出る者はそうそういないだろう。結局、腹の虫が鳴るまで読み漁った挙句、いくつかの本を宿へと借りていくことになったのは言うまでもあるまい。
「君のような子は久しぶりだよ。最近の子は暇さえあれば杖を振ることしかしないからな」
司書が嬉しそうに笑って本を手渡したのが、ユーキの印象に残った。
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