非才は時に才と成るⅢ
窓から差し込む朝日でユーキは目が覚めた。夜中に発火の魔法をどれくらい継続できるか訓練をしていて、魔力を使い切ってしまった。
「サクラが言ってたけど、魔力って体力と同じで、なくなると体がだるくなって気絶するんだな。これは気を付けないと……」
念のため、魔力の回復ポーションを一本飲んで食事に向かう。非常に苦いが、この後の朝食がよりおいしく感じると思えば我慢できる。この宿の食事をユーキは気に入ったため、追加で金を払って継続して利用することにしていた。
朝食には珍しく、ごはんとみそ汁、焼き魚が並び、日本を思い出す味を楽しめた。料理の説明には和の国の料理と書かれていたので、やはり和の国と日本は近い文化らしい。
腕時計を見れば、七時半を回っていた。冒険者ギルドは二十四時間開いているが、無理やり夜の生活にする必要もないし、する気もなかった。その為、ユーキは今まで通りの生活リズムで依頼をこなすことにしている。
ギルドのコルンにオススメの採取場所を聞くと、外壁を出た田畑や近場の森などを紹介された。時々、猪やゴブリンのような魔物が出るらしい。
外壁の外に出るというのは盲点だったので、ユーキはお礼を言って向かおうとすると、いくつかの羊皮紙を渡された。
「先日、デメテル毒草とソラスメテル薬草を大量に採取していただいたので、この依頼も紹介させていただきます。先日の品種の一つ上位種になるレーテル薬草、デーテル毒草、ソラスエーテル薬草です。それぞれの見分け方は難しいですが、下位種とは違い、色が緑ではなく若干黄色っぽいので目立つはずです」
それぞれの報酬が二倍～三倍近く設定されているので、受けてみることにしてギルドを出た。そのまま、以前潜った門へと向かい、衛兵にカードを提示する。外壁の近くにある畑沿いを歩きながら森の方へと向かうことにした。
道の途中で運良くソラスメテル薬草を何度か見つけ、森に着く頃には三つも革袋の中に入れることに成功する。
気分よく森の奥に分け入り、辺りが鬱蒼としてきたところで、ユーキは進むのをやめた。
「さて、魔眼で確かめますか……ね！」
以前と同じように魔眼を開き、薬草の位置を確かめる。辺り一帯がエメラルドグリーンに輝く、その中にわずかに強く光る白や紫の光が、薬草や毒草があることを教えてくれていた。
さっそく、大物狙いでエメラルドグリーン以外の強い光を放つ場所を探す。すぐに以前よりも白く光る――というよりは立ち上るオーラの速度が違う――ものを見つける。
魔眼を解くと黄色味がかった草が手元にあった。周りにも似たような色の草はあったが、光を放っていたものは手に握られているものだけらしい。魔眼を使わなければ、きっと黄色い雑草を喜々として袋に詰め込んでいただろう。そう思うと他の冒険者は、この薬草を探すのにかなり苦労していることを察した。
ほっと一息ついていると、唐突に奥の茂みが揺れ動く。魔眼は使わずに、その先を見つめて警戒する。慣れていない魔眼よりも通常の視界の方が見やすいからだ。念のため、マックスたちから譲り受けた剣を構える。
剣など学校の授業の一環で剣道の竹刀しか振るったことがないので、ただの棒立ちよりマシ程度だ。
（――――うん？ 本当に授業でしか握ったことがなかったっけ？）
何故か構え方は授業で習ったものとは違い、一般的に剣道の試合では使われない八相と呼ばれる構えをユーキはしていた。不思議に思っているうちに、奥の茂みから紅い髪が飛び出て来る。その下辺りから腕が生え、やがて見たことがある人物が姿を現した。
「お、なんだ。この前の商会にいた奴じゃん。えーと……」
「ユーキと言います。また、会いましたね」
ユーキの顔を見て悩んでいたので、名前を告げる。前回会った時に、ユーキは名前を明かしていないはずだ。当然、彼女の名前もユーキは知らない。
少女はすっきりした顔をするが、すぐに表情を変える。
「おう、ユーキ。突然で悪いが、敬語はやめてくれ。あたし、こんな性格だから敬語使われると全身がかゆくなっちまうんだよ。ま、親しくない奴には警戒して口調が変わるから、他人の話し方にどうこう言う資格なんてないんだけどさ」
そう言って腕を何度も擦る彼女の白い肌に赤い筋が浮かぶ。その手には抜き手の革グローブを付けていて、ユーキは腕から体に視線を送ると、紅い光沢のある革鎧が目に入った。ちょっとしたおしゃれなのかは不明だが、前垂れの部分が三方向にスカートのように広がっている。
「あぁ、わかった。とりあえず、こんな感じで話せばいいんだろ？」
クレアの言った通りにタメ口にしてみる。するとクレアは手の動きを止め、嬉しそうに手を差し出した。
「そうだ、それでいい。改めて、よろしく頼むよ。あたしの名前はクレア。ところでユーキは薬草採取にでも来てたのか？」
剣に持ち替える時に革袋に仕舞いきれなかった薬草が顔をのぞかせていた。それを見たクレアは瞬時に目的を理解したらしい。
「まぁね。今日初めての外での採取だから、ちょっと普段採らないやつも取ってるんだ。クレアの方は、何やってたんだ？」
「あたしは奥の方にあるハチミツをいただいてきたところさ。一応、これもポーションの素材になるらしいんだけど、料理でも使われるから需要があるんだよ」
腰にある袋から黄金色の液体が詰まった瓶を二、三個取り出す。その量は少なくとも五百ミリリットル以上はありそうだった。その量にも驚くべきだが、一番の驚きはその服装だろう。
（二の腕とか、太もも丸出しでよくハチに刺されないもんだ……）
ハチに関わる依頼をこなすには、あまりにも軽率な出で立ちのクレア。思わずユーキは視線を肌の出ている部分に移す。クレアも、その視線に気づいたのか、灰色の球を取り出した。
「ハチとかの虫除け専用の煙玉を使えば、二、三十分は作業ができる。だからハチに刺される心配はいらないってこと」
（出所が化学なのか魔法なのか疑うところだが、細かいことは気にしないでおこう）
視線を煙玉とやらに向けたユーキは小さく頷いた。
「なるほど、さすが先輩冒険者。色々と手馴れてそうだな」
「ま、まぁね。少しくらいなら知識はあるから色々と教えてやれるかもね」
クレアはまんざらでもなさそうに胸を張る。皮の鎧ではあるが、その下で抑えられている胸の大きさがなんとなく想像できるほどには、クレアのスタイルはよかった。一瞬、その胸に視線を奪われ、魔眼が開きそうになる。
「もし、薬草の質の良いのがほしいのなら、もうちょっと城壁寄りの水が湧き出ているところがいい。それのもうワンランク上の薬草が見つかる時があったからさ。確か、レプロテル薬草だとかなんとかだった気がする」
クレアは手で大体の大きさを、口頭で特徴を示す。葉が大きく、モミジのような形をしているらしい。
「色は内側が緑で外側が紫の色だからな。あたしは、ハチミツを届けなきゃいけないからついていけないけど、頑張れよ！」
手をぶんぶんと振り回しながら門の方に向かってクレアは走っていく。途中で木の根につまずきそうになっている姿が見えたが、少しばかり天然が入っているのかもしれない。
余りの勢いにユーキはお礼も言うことができず、その場で数秒、呆然と立っていることしかできなかった。
「やっぱり、嵐のような人だな」
そう呟いて、言われた方向へと足を進めた。少しずつ進むと気がまばらになり、やがて開けた場所に出る。
水が湧き出て泉になっているので、ここがクレアの言っていた場所だとユーキは理解した。少し顔を上げれば外壁が見え、日当たりは悪いが、そのおかげで気温的には涼しく、ちょうどよい気持ちよさだった。
さっそく、魔眼を開いて周囲を観察する。レーテル薬草よりも光の立ち昇り方が早かったこともあり、見つけるのは簡単だった。
ただし、光の色が紫だったので毒草らしい。周りにあった毒草もいくつか一緒に採り、魔眼を解く。特に輝く草の色はクレアが言った配色とは逆で、紫色の葉の淵がすこし緑色に染まっていた。
同様に、他の薬草を探そうと魔眼を開いて確認する。すると、その視界の端に違和感を感じた。蜃気楼のような、そこにあるはずのない実体に目を凝らして見ていく。やがて、それは泉の中心が起点になっているのがわかった。少しばかり青い光を放つ水は、時折、透明な揺らぎを見せる。
「この感じ……薬草にも似てるような気が……」
そう呟いて、さらに近寄る。それに合わせて、透明な揺らぎが強くなった。ユーキは眼を限界まで見開き、その透明な部分を注視する。
「――くっ！？」
視界にそれを認識したと同時に、全身から力が抜けて強烈な眠気に襲われた。
（これは……魔力を使い果たした時の感覚っ……！？）
眠気に抵抗することを考える間もなく、地面に両手を着き、そのまま横向きに倒れてしまう。瞼が自然と落ち、音が瞬く間に引いていく。覚えていた最後の感覚は、手に触れる冷たいなにかだった。
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