奨励任務Ⅳ
土のない洞窟内で、数少ない土が残っている場所。それがプロテル薬草の群生地であった。
「多くの場所に土を持ち込んで人工的に群生地を増やしているけど、やっぱりもともと生えていた場所の方が取りやすいし、生えてきやすいっていうのはあるかもしれないね」
クレアは薬草を入れる袋を片手に手際よく薬草を採集し始めた。後に続くユーキも袋を広げて準備する。
学園と同様、間違いのないように魔眼を開いたユーキは、本来の緑以上に立ち上る白い光に驚かされた。学園で見た時には白と紫が交じり合っていたが、目の前の群生地は混じり気のない白一色だったからだ。
「これ、とっちゃいけないところとかある?」
「あぁ、小さい物以外は大丈夫だよ。十分大きくなってる物だけ取ればいい」
「そう、じゃあ取り過ぎない程度に持っていかないとね」
「薬草はいくらあっても足りないからな。嬉しいやら嬉しくないやら」
含みのある言い方に首を傾げるユーキだったが、本来の仕事を思い出して採集を始めた。ナイフで根元から数センチ上を刈っていく。学園の薬草採取のときにも感じていたことだが、中腰での作業というのは存外にきついもので、祖父母が雑草取りを長々としていたことを思い出す。腰が痛いと言いながらも何十分も同じ姿勢を続けられる足腰の強さが今になってうらやましく思えた。
「何がきついって……これが今日一番きついな」
十分も経たずにユーキは立ち上がって、伸びをする。十代の体なのにも拘わらず、伸びをするまでに杖を突いたおじちゃんのような格好になってしまうのが情けなくなってしまう。
それでも採取を続けること三十分。ユーキもクレアもお互いの採取量に満足して、群生地を後にすることとなった。
そんな中でユーキは、どうしても気になることがあって、ウンディーネに小声で尋ねる。
「なぁ、ウンディーネ。この空間に違和感を感じないか?」
『そうですね……。周りに王都みたいにきれいな水が流れていることくらいしかわからないですね』
「そうか……じゃあ、何でもない。忘れてくれ」
『あ、帰りに少し水も採取してってくださいね。王都の水と比べてみたいので』
「了解」
手持ちの空き瓶を調べていると、後ろから声がかかった。
「おーい。早くしないと置いていくぞっ! 抜けられなくなっても知らないからな」
「それは、勘弁して!」
急いで駆け出したユーキは、もう一度だけ違和感のある場所へと目を向ける。この広い空間の壁の一カ所に一際強く光る赤褐色の岩があったことを脳裏に焼き付けておくために。
「あ、あと帰りは段差の降り方も練習な」
「はい……」
洞窟の探検も意外とハードな訓練になることを思い知らされたユーキであった。その証拠に、その日の夜に筋肉痛と打撲に悩まされたことは割愛する。
長い時間をかけてギルドへ戻ったユーキとクレアは、一緒に依頼完了の処理を済ませるとギルドに預けてあった着替えを受け取って、上の階のシャワーを浴びることにした。ランクが上がったことで、ここを使うのもユーキにとっては初めてだった。
生活魔法で服も体も汚れを落とすことは出来るのだが、やはり実際に体を洗うほうが断然気持ちがいい。それはユーキだけでなく、他の冒険者も同じようで、シャワーの利用度はかなり高いようだ。
「じゃあ、上がったらそこのレストランで。最近、あったこともいろいろと聞きたいし」
「了解。驕る準備はしておくよ」
「え、本気!?」
「ここまで教えてもらって何もしないのは、俺のポリシーに反するんでね。今日くらい好きなもの食べてくれ。……常識の範囲内でな」
「オッケー。楽しみにしてる」
忘れかけていたが、クレアは伯爵の娘なため舌も相当肥えている(に違いないと予想)。ユーキは慌てて訂正をかけておいたが、果たしてそれが有効かどうかはわからず、冷や汗が出ていた。
「おや、ユーキ。君も依頼かい。もしや、ダンジョン探しかな」
「いや、俺のは薬草採取だよ」
「あぁ、そういえば副会長が言っていたな。薬草と毒草を完璧に仕分ける黒髪の冒険者がいるって。君のことか」
魔法学園の生徒会長を務めているオーウェン・ライ・ライナーガンマが泥だらけの恰好でユーキの後ろに立っていた。
ライナーガンマ公爵家の長男でもあるオーウェンにしては、ずいぶん汚れた姿だったので驚いていると、固まった泥を髪から落としながらユーキへ前へ進むよう促した。
魔法でロックがかかる箱に荷物を置いて、服を脱ぎながらオーウェンにユーキが尋ねる。
「そっちこそ、先日の任務以来だけど、かなり汚れてるじゃないか。何かあったのか?」
「王家としては聖女に便宜を図りたいのだろうよ。こうして私も魔道具狩り兼ダンジョン探しに駆り出されているわけだ」
「魔法学園は休んで大丈夫?」
「むしろ、臨時休業で学生たちも同じようなことをしているくらいさ。今日から一週間は学業もお休みってことだ。君の友人たちも揃って、どこかに出かけてたよ」
「……大丈夫だろうな、あいつら」
一瞬、嫌な予感が脳裏に過ぎるがオーウェンがそれを横から否定した。
「ないない。確か彼女たちが行った所は学園内にある人工のダンジョンだからね」
「え、王都内にダンジョンがあるの?」
「おや、知らなかったのかい? 人為的に魔力を集めて、地下にダンジョンを作り出してあるんだよ。昔の魔法使いが作ったとか、ドラゴンの持っていた魔道具で作ったとか色々な噂があるけどね。今では魔法の実戦練習場という意味では、あそこほどいいところはないね」
「でもモンスターとかいるんだろ……?」
「もちろん」
タオルを持ったオーウェンはシャワー室へと歩き出す。ユーキも箱を急いで閉めて後を追う。勢いよく閉められた箱の中で、残されたウンディーネの怒りの声はユーキには届かなかった。
『お、乙女の前で、なんてモノ見せるのよっ! 変態っ!』
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