奨励任務Ⅰ
暑さも盛りが過ぎたのか。暑い日差しの中でも、いつも以上に涼しい風が吹き抜ける。
建物の中でも窓から窓へ、人の合間をぬって風が通り抜け、汗ばむ肌を冷ましていく。そんな中、異世界からこの世界に迷い込んだ日本人のユーキ・ウチモリは、冒険者ギルドのカウンターで目の前の羊皮紙とにらめっこしていた。
銀髪の髪をかき上げながら、眼鏡を光らせる受付嬢が淡々と語り掛ける。
「ユーキさん。いい加減に事実を認めてください。我々にもどうしようもないのですから」
「むむむ……」
受付嬢のコルンに渡された羊皮紙には次のように書かれていた。
「『ユーキ・ウチモリ
この者のファンメル国への貢献を認め、騎士に叙する。――――ファンメル三世』」
ファンメル三世からの貴族にするという名誉ある連絡であった。今まで先延ばしにしてきたが、ついに騎士への叙勲が決定してしまったのだ。彼の脳裏には面倒極まりない政治闘争の妄想が駆け巡る。
受付のコルンは不思議な形をした耳を垂らして、苦笑いする。
「前にも言った通りですけど、騎士になったからといって徴用されたりとか、貴族に絡まれたりとかあまりないですから。気楽に貰っていいんですよ。まぁ、土地持ち貴族になったら話は別ですが」
「まぁ、そういう風に聞くのは二回目ですけど……」
本来ならば、叙勲式が正式に執り行われるところだったのだが、国王直筆の羊皮紙が送られてきているのには理由がある。
今、冒険者ギルドだけでなく、町中が普段に増して熱気に満ちていた。それも全てはある一人の少女の存在が引き起こしたことだ。
「おい、次はここに行ってみようぜ。この辺りは最近まで出ている依頼が少なかったからな」
「そこはさっき他の団体さんが行くって話してたから、別の場所の方がいいんじゃない?」
「ちっ、外れくじ引かされちまったな。とんだ無駄足だった。次、どこ行く?」
「兄貴、近場とはいえ三カ所も回ったんだから今日は休もうぜ」
「ばっか。今稼がないでいつ稼ぐんだよ。こんなチャンス、二度とないぜ」
いつも以上に人が集まる冒険者ギルドで様々な会話が飛び交う。ギルドの依頼受付のカウンターは行列ができ、パンク寸前だった。脇にある道具屋や上の階にある軽食を扱うレストランも満杯である。
もし、勇輝が初めて来た人だったならば、人気の遊園地にでも迷い込んだかのような感覚に陥っていただろう。
こうなった原因は、ユーキが騎士になってしまった任務にも関係している。
二日前、とある貴族の囮として少女を王都オアシスまで護衛する任務に着いていった。妨害にあったものの結果的に任務は成功し、本人も囮も無事に辿り着くことができたのである。
問題はその翌日。今日から見て、昨日の出来事だ。目を覚ますと王都は大騒ぎになっていた。聖教国サケルラクリマの聖女が王都に到着したとの知らせがあったからだ。ユーキたちは知らなかったが、偶然にも朝食を食べているときに通りかかったローレンス伯爵が無事に任務を完遂したことを褒めたことで発覚した。
そのときのマリーは、父親の頭がおかしくなったのかと本気で心配したほどだ。
城門近くでは聖女を一目見ようと人だかりができたり、魔法学園の高い塔から城を覗こうとしたりするなど、その人気は絶大だった。それもそのはず、聖女といえば御伽噺に出てくる勇者を選定するキーパーソンだ。幼い頃から聞いて育った大人はもちろん、多感な時期を迎える少年たちは、自分が勇者として選ばれる日が来たのかもしれないと胸を躍らせているのだ。
さらに翌日となる今日の朝には、その騒ぎに拍車をかけるように、冒険者ギルドに次のようなお触れが出たのである。
『聖女が気に入るようなアーティファクトを見つけた者には褒賞を与える。また、天然のダンジョンを見つけた者や踏破した者に従来の報酬に加え、王家より追加の報酬を与える』
ユーキは頬杖をついて目の前の羊皮紙の文字を何度も読み返すが、誤字も脱字も手違いも一切なかった。
「要するに、聖女の相手で忙しいから大っぴらに叙勲式をしない代わりに黙ってもらっておけと……?」
「言葉は悪いですが、状況から察するにそういうことかと。うちの国王様。あぁ、見えて気を回すところがありますから」
「まぁ、何事もなければいいんですけど……」
渋々といった形で認めるとコルンからギルドカードが渡された。Cランクへの昇格だ。このあたりからは討伐系の依頼などが多くなり、難易度も跳ね上がり始める。
「あくまでランクはギルドへの貢献度であり、戦闘の強さを示すものではありません。しかし、実際の所はランクが高い人ほど戦闘に強いのも事実です。昇格に驕らず――――」
「『冒険の最中に冒険をするなかれ』ですよね」
「わかっているならよろしい」
にっこりと笑顔で受け取ると、カードに見慣れないマークが入っていた。名前の横に剣が一本描かれているのだ。
「あぁ、それは騎士階級であることを現したマークです。一応、ギルドカードは身分証明にも使えるので、こういうのを入れることが決まってるんですよ」
「へー、じゃあ迂闊に見せない方がいいですね。変なことに巻き込まれそうだ」
「あなたの場合、変なところで慎重になるので、反動で変な方向に振りきれないか心配です」
失礼な、などとユーキも冗談を言いながら離れ、依頼チェックに向かった。いつも以上の人だかりに揉まれることになったが、普段より依頼も多く出されているため、羊皮紙を取るのに苦労はしなかった。
手に握られていたのは、洞窟に生えるプロテル薬草の採取だった。
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