黄金が瞬く黄昏にⅣ
部屋に通された二人の少女は、メイドの二人に迎えられると大きく息を吐き出した。
「どうかされましたか。アルト様」
「あーもう、疲れたー。あのお爺さん、私の方ばっかり見てくるんだもん」
ベッドへと思いっきりダイブして足をパタパタさせる。その姿を見て、杖を抱えた少女がため息をついた。
「はしたないですよ。聖女アストルムがそんなことでは、祖国の民にも示しがつきません。例え国外でも、人に見られていなくても恥ずかしくないように振舞わなければいけませんよ」
ベッドから体を起こして口を尖らせたアルトは二人のメイドへと視線を向ける。アルトの期待虚しく、二人のメイドは目を逸らして、目線を合わせない。
「確かに聖女になったけれども、自分からなったわけじゃないし。何で世界の破滅なんかを私みたいな適当な人間に知らせるかなー」
「まったく、昔のあなたは純真でまっすぐな子だったのに……」
「ちょっと、やめてよね。お母さんみたいな演技するの。ソフィアも同い年でしょ。ちょっと身長と胸が私より大きいからって、上から目線はやめてよね」
「それは関係ないと思うのだけども……」
二度目のため息が口からこぼれるとソフィアと呼ばれた少女は近くの椅子へと腰を下ろした。メイドが用意していた茶に一口つけて、窓の外を見る。
「それで、ソフィアの方は有能そうな騎士はいた?」
「隊長クラスになると多分、そこそこはいくかもしれません。ですが勇者と呼ぶには不足ですね。同様に、若者では到底、私程度にも勝てないかと」
「いやいや、聖女護衛部隊の隊長のハードルは一般人にはきついと思う」
手を目の前でパタパタと振りながらアルトは苦笑いした。
聖女護衛部隊、漆黒の鎧をつけることから別名を黒騎士部隊。ソフィアは聖女の影武者を務めると同時に部隊の隊長でもあった。
「そちらはどうだったんですか? 聖女直々の評価を聞かせていただきたいですね」
「えーと、素早いのが一人、器用なのが一人、天才なのが一人――――」
「あの……どこが器用なのかという詳細がわからないのですが」
前から順にフェイ、オーウェン、アイリスだった。ソフィアの苦言もスルーしてアルトは話を続ける。なぜならば、彼女の中で一際目立っていた者が一人いたからだ。
「――――異質で化け物なのが一人。それも飛びぬけて」
「あなたがそこまでいうとは珍しいですね。聞かせてもらってもいいですか」
窓の外に向いていた視線が戻される。そこには先ほどまでとは打って変わって真剣な表情のアルトがいた。
「一つ目、精霊種を引き連れていた。多分、水属性」
「まぁ、珍しくはありますが契約などの面から考えれば、さほどでもないでしょう」
精霊種は確かに珍しい存在ではあるが、手順を守りさえすれば契約ができることがわかっている。方法を知って実行するのは大変だが、ある程度の実力者なら不可能ではない。
「二つ目、ガンドで死の一撃を出すことができる」
「……相手にしたら厄介ではありますね。対処法はいくらでもありますが、最大威力がドコまで出るかで評価が変わるでしょう」
見えない一撃ならば常に障壁などを展開したり、魔道具を揃えたりすれば防ぐことはできる。強い魔獣などは生半可な魔法では太刀打ちできない以上、どこまで威力が出るかの問題だった。城に着いたばかりの彼女たちは、対魔法防御力では最高峰のミスリルを貫通しうるガンドが存在することをまだ知らない。
「三つ目、結界魔法が使える」
「はぁ……結界魔法なんて初歩の初歩で教えてもらうものですよね。何の自慢にもならないとおもうのですけど、何かあるんですね?」
一度、アルトは目を閉じるとその結界が発動した瞬間を脳裏に思い浮かべる。今一度、自分の中に浮かんでいるバカげた考えを肯定して、目を開いた。
「ねぇ、ソフィア。完璧な物って作れると思う?」
「何ですか、いきなり。神が作った物ならわかりますが、人が作った物で完璧な物など……ほとんどないでしょう」
「そうね。だからこそ、私も自分の目を疑った。二重の魔法円だけで魔法を防ぐなんてできるはずがないって」
「最低限度の結界。それだけなら簡易式で描くのに五秒もいらないですね。防ぐ魔法の威力にもよりますが」
一体、何を言いたいのか理解できなかったようで、ソフィアが怪訝な顔をした。それを気にせずアルトは躊躇っていた言葉を口にする。
「それが黄金結界の常時展開だとしたら?」
「――――――――はぁ!?」
自分の耳を疑ってから言葉を発するのに三秒ほどかかった。それもそのはず。黄金結界というのは聖教国の神官が扱う結界の中でも、特に洗練されたものをいう。儀式時に特化した地面に描く結界で、何よりも重視されたのは基本となる二重の円だ。いかに美しく完璧にかけるかが全てを決める。
歴代の黄金結界の使い手の中には、二重の円のみで中級魔法数発を防ぎ切った猛者もいるほどだ。その点においては、昏倒させる目的の風魔法とはいえ、防ぎ切ったのはアルトの中では驚愕に値する。
しかし、それ以上にソフィアが聞き捨てにならなかったのは常時展開だ。儀式を行う時には地面などに触媒を用いて正確に描く。最悪、触媒がなくても魔力を込めて足などで円を描くだけでも効果はあるのだ。聖教国だけでなく、多くの国家が重要な建築物を作る時には、結界を土地に仕込んでいることもあるほどに使い古されている。
反対に人間が常時展開の結界を行おうとすると移動時に円の外にはみ出てしまう。常時展開するというのは移動に合わせて常に結界を張り直しているということになる。それはあまりにも異質であることをソフィアも理解できた。
「面白いですね。一度、私も見てみたいです」
「大丈夫でしょう。この国に滞在する以上、どこかで顔を合わせることになるから」
世界を混沌に巻き込む予言を携えた少女たちは、怪しげな笑みを浮かべる。窓の外では群青の空に一番星が輝き始めていた。
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