黄金が瞬く黄昏にⅡ
オーウェンが辿り着いたのは、とある教会の一室だった。
簡素な部屋で四つの女神像と花が添えられている以外は、装飾品は一切ない。ベッドへと横たわる男へと近づくと、閉じていた瞼が開かれた。真っ白な顔からしゃがれた声が漏れる。
「よぉ、遅かったじゃねぇか」
包帯でほとんど見えないが、オーウェンには何となく彼が苦笑しているのがわかった。巨体を包んでいる包帯とのギャップが痛々しくて、オーウェンの顔に影が差す。
「たまにはいい所見せてやろうと思ったんだけどよ。見せる前に捕まっちまうとは情けねぇな」
アランは換気のために開かれた窓の外へと顔を向けてひとり呟いた。夏だというのに、秋のような涼しい風が吹き抜けていく。オーウェンはそれがとても心地よく感じたが、アランはそれだけでも痛むのか顔を覆う包帯に皺が寄った。
「目覚めたのが出発日の前日でな。まぁ、そこから色々あって、猿真似が得意なエテ公に姿を盗まれちまったわけよ。どうにもこうにもならず、時が過ぎるのを待つばかりしかないときた。見張りの奴は二人いたが、手足を縛られた状態で猿轡も噛まされたらどうにもならねぇ。なーにが魔法学園随一の不良だ。得意の腕っぷしも周りに付き従う奴も何の意味もなかった」
包帯がほつれた僅かな隙間から焼けただれた皮膚が見えた。この教会は医療や健康にまつわる四柱の女神を祀るところであり、現代で言うところの病院にあたる施設だった。数日もすれば、その皮膚も見違えるほどに戻るはずではあるが、完全には程遠いだろう。加えて、それまでには耐えがたい苦痛が常に伴う。
疼痛が有るにもかかわらずアランの拳は固く握りしめられていく。
「多分、四日くらいしたころだったかな。水と食料を食わせるために猿轡を外したのが奴らの運の尽きよ。全力で辺り一面燃やし尽くしてやったさ」
「じゃあ、そのケガは抜け出すために、自分で!?」
あまりの荒業にオーウェンはアランの正気を疑った。いくら抜け出すためとはいえ、命を失いかねない暴挙にしか思えない。
「当たり前だろ。どうせ死ぬなら派手にやっとかないとな。上手くいけば、俺の偽物がいることくらいは伝わっていたかもしれないけど。どうやら焼き過ぎちまったみたいで、どこの誰だかわかったのは話せるようになった昨日だ。ま、手遅れだったってことだな」
「そんなことはない。そんなことはなかった」
「……わりぃ。できるだけ迷惑をかけるつもりはねぇんだけど、俺がいないせいで馬鹿どもが騒ぐかもしれん。そん時は頼むぜ」
オーウェンは肯定も否定もせずアランの後頭部を見つめる。どこか諦観したように窓の外へ想いを馳せる男にオーウェンはハッキリと宣言する。
「断る!」
「……はぁ?」
予想外の返答にアランは痛みも忘れてオーウェンへと向き直った。そこには腕を組んで仁王立ちした上に、額に青筋が浮かんだオーウェンが立っていた。
「私は君のミスで頭に魔法の直撃を受けたんだぞ。おまけに無限再生するゴーレムやバケモノじみた動きをするお前と戦って大忙しだ。確かに任務には推薦したが、お前の拉致、監禁、その他の出来事は君の自・己・責・任。ただでさえ、生徒会の仕事で忙しいんだ。自分の後始末くらい、自分でやってくれ」
「いや、ちょっ、えぇ!? お前に頼まれなければ襲われずに済んだんだぞ。ちょっとは罪悪感とかねぇのかよ!?」
「ない。一片の欠片も」
「お前、本当に人か!? 人の皮を被った悪魔なんじゃねえの!?」
「失礼な。しっかりと初代国王の血脈を受け継いだライナーガンマ家の嫡子だ。口に気を付けないと、首が飛ぶぞ」
「あぁ!? 何度でも言ってやらぁ。人でなし! 悪魔! 女たらし!」
病室とは思えない声量で会話が行われたせいか。部屋の外から女神官が飛び込んできた。
「さわがしいっ! 他の患者もいるんだから静かにしなさい! それ以上騒がしくするなら、尻の穴から生の薬草ぶち込むわよ!」
「は、はい」
不良のリーダーの陰はどこへやら。よほど怒鳴り込んできた女神官が怖いのか。アランは若干、涙目で頷いていた。
頷いたことを確認して女神官が出ていったのを見送るとオーウェンは踵を返した。
「ふっ。それだけの元気があれば明日にでも、ここを抜け出すことができそうだな」
「お前なぁ……」
「学園で待ってるぞ。さっさと傷を治してこい」
扉近くで一度止まると肩越しに振り返りながら言い放った。呆気にとられたアランだったが、扉の閉まる音が響いてから数秒後、包帯の下で口の端が持ち上がった。
「あぁ、いつかテメェをぶっ飛ばしてやるから、待ってろよ。オーウェン!」
凶悪な笑みなのにも関わらず、どこかに清々しさを感じる声で吠えた。
「何度言ったらわかる! 薬草ぶち込まれたいのか!」
「ヒイィ!? それだけはご勘弁を!」
後ろから響く悲鳴に笑みを浮かべながらオーウェンはエリーと共に廊下を歩いていた。
僅かに後ろを歩く彼女は、心配して損をしたとばかりに頭を押さえていた。
「結局、会長と彼、アランさんはどんな関係なんですか?」
「……。まぁ、世間でいう幼馴染だよ」
「それにしては、仲が悪いと思うのですが」
「そうか、一年の時の話だから……副会長はあまり人間関係とかに興味を持っていなかった頃の話だからね。知らないのも無理はない」
「エリー、です。それで、何があったのですか?」
石畳の廊下に二人の足音だけが響く。しばしの間、オーウェンは黙っていたが長くは続かなかった。
「入学当時からアランは先輩方に決闘を挑んでいてね。得意の身体強化と火の魔法のみで向かうところ敵なしだった」
「おかしいですね。明らかに彼よりも強い先輩方がいたはずかと……」
「まぁ、そういう人たちはギルドの依頼とかで外に出ることが多かったからね。まぁ、幸か不幸か、歯止めがかからずに数か月が経ってしまったわけだ」
エリーが沈黙で先を促す。
「まぁ、先輩方にあらかた手を出したところで気付くわけだ。同学年でちやほやされている私が、ね」
「なるほど、そこで会長にコテンパンにやられて目の敵にしていると」
「果たして、それはどうだったかな」
「違うんですか?」
「結果とは不可思議なものでね。観測者によって異なることも珍しくない。いずれわかる時が来る」
「は、はぁ……」
角を曲がって裏の出口から路地へと出ると、一陣の風が通り過ぎていく。部屋では涼しかったが、ここではあまりにも寒く感じた。
出口の清掃をしていた神官にお礼を言って二人は教会を離れて、路地からメインストリートへと向かっていく。
「ところで副会長。今回の任務、思った以上に厄介だったのは気付いたかい?」
「はい、あんな強い人が襲ってくるだなんて異常ではあると思います」
「それも関係なくはないのだけどね。先程、城にいた騎士たちの中に見慣れない姿があっただろう」
「そうですね。王都に私も長くいる方ですが、あまり……いえ、初めて見ると思います」
大勢の人がごった返す足音と喧騒が近づいてくる中、オーウェンは頷いた。騎士団にはそれぞれの意匠が凝らされていることが多い。自らの信条を象ったり、先祖代々の土地の象徴を描いたりと千差万別だ。
しかし、その騎士たちは公爵家として、幼い頃から父に付き添って外交をしていたオーウェンですら、思い出すのに苦労した。
「ならばエリー。覚えておくといい。あれは聖教国サケルラクリマが誇る騎士団。その精鋭中の精鋭のみで構成された聖女護衛部隊だ」
エリーの脳裏に大きな杖を抱いた女性を囲む騎士が浮かんだ。全身を漆黒に包み、胸に大きな円と十字の組み合わさった黄金の意匠が埋め込まれた鎧。王都の城壁の白さが余計に存在を際立たせていたことを彼女は覚えていた。
「聖女護衛……まさか!?」
その国が聖女を派遣するなど余程のことがないとあり得ない。それこそ、御伽噺の世界でしか彼女も聞いたことがなかった。
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