内通者Ⅶ
水球の表面が白波立ち、中の様子が見えなくなると騎士たちの緊張が高まった。水が少しずつ抜けて、小さくなっていくと、時折、黒い影が見え隠れする。
「来るぞっ。油断するなよ」
ワイアットが叫ぶと騎士たちの姿勢が低くなり、飛び出す体勢になった。それを見てオーウェンも魔法を解除するために剣を握りなおす。
「五秒後に解除、備えてくれ!」
ユーキの魔眼には水球の中に緑色の霧があるかのように見えた。今までとは正反対で輝きがほとんど感じられない。
魔力を出し尽くしたり、意識を失ったりすると見え方が変わるのかもしれない。そんな疑問を抱いている横で、オーウェンのカウントダウンは、終わりを迎えようとしていた。
「――――三、二、一。今だ!」
水が弾けて、夕立のように人影と共に舞い落ちる。騎士たちが一歩踏み出すと鎧や盾に水が当たり、飛沫となって飛び散った。
弛緩した体が錐もみ状態で地面へと向かい、何の受け身を取ることもできず叩きつけられる。
投げ出された手足に向かって槍が突き出された。その内四本は地面ごと手足を縫い留めるために、またある四本は服ごと地面に槍を固定して起き上がれない牢にするために。最終的に合計八本の槍が手足や地面に向かって放たれる。
流石の毎日の鍛錬をしているだけあって、相手が人であろうと槍の勢いに迷いはない。常人であれば気付く間もなく、昆虫標本のように縫い留められていただろう。
ただ想定外だったのは――――
「なっ……」
「ひひっ、ひひひっ」
――――相手が常人をはるかに超えたバケモノだったことだろう。
予備動作も何もなく、空中に飛び上がった襲撃者は全ての槍を避けて、胴体の真上で交差するはずだった二本の槍を踏みつけた。
他の騎士たちが応戦しようと槍を抜く。一拍遅れて、周りを取り囲んていた八人が水飛沫と共に空中へ吹き飛ばされる。
「馬鹿な!?」
「あいつ、人間かっ!?」
後方に控えていた騎士たちが動揺するのも無理はない。現在進行形で襲撃者の腕や首があらぬ方へと痙攣しながら蠢いているのだ。それも人間の関節や骨では明らかに曲がらない方向に。
「……色が、変わった!?」
ユーキはそれ以上に混乱していた。悍ましい動き方をする体もそうだが、地面に激突する瞬間に霧散した緑と入れ替わるように青い光が噴き出したからだ。
オーウェンの散らした水を一瞬で周りに集め、増幅させ、放つ。言葉にすれば容易いが、それを一瞬でこなすとなれば、もはや神業というほかない。
誰もが尻込みする中、二人の騎士が前に出た。
「へぇ、勇気あるな。名前は?」
「フェイ。フェイ・フォーゲル」
「ワイアットだ。俺が合わせる。好きに動きな。このタイミングで前に出るんだから、秘策があるんだろう?」
「もちろん」
フェイの体が緑色と白色の二つの色に包まれた。対してワイアットは体の輪郭に沿って僅かにはみ出る程度の青い光を纏う。
フェイが何事かを小さく呟くとワイアットは無言で頷いた。
「フェイ、やめろ! 危ないって」
マリーは叫ぶがフェイは僅かに口の端を持ち上げるだけで、振り向きもしなかった。嫌な予感がしたユーキは万が一に備え、魔力を指先へと集めて構える。
「ヒヒヒッ、ヒィッ、ヒヒっ」
相変わらず人とは思えないような声を上げ続けるナニかに向かって、フェイは得意の身体強化で突っ込んだ。もはや土埃が舞ったことすら感じさせない速度で接近する。
頭部を前面に出した前傾姿勢で、右の腰には流星の尾の如く銀色の剣が後を追う。間合いを読ませず、高威力の斬撃が放てるのは脇構えの利点だが、時としてそれは無謀な死に体を晒す。
しかし、そのデメリットを補って余りある速度。バケモノと周りが慄こうが前に出るだけのことはあった。
剣が届く間合いまであと十センチ。コンマ数秒すら感じさせぬ時間の狭間でフェイは、バケモノが嗤ったのを見た。
「ギヒッ」
気付いた時には、フェイの首から上を丸太のような腕が振り抜いていた。
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