内通者Ⅵ
ユーキはガンドを準備すると狙いを定めた。威力よりも速度を考え、当たった後のイメージは片隅に追いやる。銃弾よりも早く、風に吹き飛ばす隙すら与えない。
まるで怪獣映画のように、攻撃をものともせず歩む巨体に向けて、指先の向きを微調整する。一歩ずつ歩む速度に合わせていると、アランの視線がこちらに向いた。
「(今しかないっ!)」
バレてからでは遅いと青に染まった魔弾を撃ち放つ。尾を引いて流れる魔弾が頭部めがけて駆け抜けた。
着弾する直前、何かを察したアランの体が僅かに横へと動く。風の障壁に突入すると流されることなく魔弾は突き進む。ギリギリのところで顔を逸らしたアランの頬を魔弾が抉っていった。
その瞬間、アランの顔が蜃気楼のように歪む。おまけに、その顔はアランの顔からは似ても似つかない男の顔が一瞬覗いていた。
「変化の類か」
「やっぱり、そうだったか」
アランが普段から纏っているオーラは赤い色をしていた。どんなに魔法を使う時に赤い色をしていても、風の障壁の内側からにじみ出る緑のオーラは誤魔化せなかった。
更に目を凝らせば、緑の光はただの光ではなく、何か幾何学模様を思わせる規則的な輝きが見られた。
「へぇ、まさか気付いていたとはな。森の中にいる奴は何となく気付いていたのかもしれないが、こっちの方にもいるとは思わなかった」
「あぁ、そのデカい図体じゃ入れ替わる奴を探すだけでも大変だっただろ。どんなに見かけを模しても、自分の体の大きさを変えるのは無理みたいだな」
ユーキの違和感の正体。それはアレンの身長だった。近づかれた時の大きさが明らかに見上げなければいけないほど高くはないはずだ。オーウェンに見せた動画では、喧嘩を吹っ掛けたアランが近づいてきたシーンだったが、胸から撮った時ですら顎辺りが映っていた。どう考えても十センチ以上は身長が違う。
「それで本物のアランはどこにいるんだ?」
「殺しちゃいねーよ。任務の対象以外を殺すと敵討ちとかで面倒な奴らが押し寄せるからな」
「やはり、他国の暗殺ギルドか。所属を示す明確な証拠を押さえない限り、追及できないと踏んでの行動か」
「大正解。俺が口を割らない限り、いや、割っても国の方は知らぬ存ぜぬを貫き通すぜ。それくらいあんただってわかるだろ」
隊長の眉間の皺が深くなる。襲撃者の言っていることは事実なのかもしれない一方で、何の証拠にもなっていない。そもそも暗殺ギルドの所属ということすらあり得ない、と隊長は考えていた。
加えて、この光景を魔道具などで録画していたとしても、そもそもの存在自体を抹消して『最初からいない人物』として扱うことだってやりかねない。誰かが変装していたの一言で終わりだ。
しかし、ここで奴を見逃すかどうかは別の問題だ。隊長を始めとして多くの騎士が武器を構えなおす。
「投降する気がないならば、我々も君を殺す気でかからねばならんな」
「上等だ。やれるもんならやってみやがれ。こちとら修羅場を何度も潜ってきてんだ。油断してると、首が飛ぶぜ」
襲撃者の言葉が終わるや否や騎士たちが攻撃を仕掛けた。既に風の障壁があるのはわかっているので、高火力の火の魔法と影響を受けない岩石の槍が襲い掛かる。
「『地に眠る鼓動を以て、その意を示せ』」
短縮された詠唱で周囲の土塊が捲れ上がる。火球が土塊と共に爆散し、岩石の槍は遥か手前で発動して届かない。弾け飛んだ火の粉も石礫も風の障壁に阻まれる。
森の中から今までで一番鋭い風切り音がら響くが空間に大穴を開けただけで掠りもしなかった。
弾幕の第一波を悠々と凌いで見せた敵はめくれ上がった地面に足を置いて両手を広げた。
「ほら、どうしたよ。お前らの敵はここにいるぜ。さっきはまぐれ当たりしたようだが、この程度か」
ほとんど無傷で煽ってくる姿に誰もが苛立ちを覚えた。
しかし、実力があるのも事実。あれだけの攻勢に余裕で対応できるのは、それ相応の修羅場を潜り抜けた猛者だからだろう。
「おい、アイリス。何とかできないのかよ」
「無理。方法としてはあるかもしれないけど、魔力が尽きるのが先だと思う」
「そうか。では、私が行こう」
アイリスの持っていた魔石に後ろから来た人物が手を置いた。
それに気付かない襲撃者は石を蹴飛ばしながら大きく吠える。
「じゃあ、今度はこっちの――――」
「『――――地に降り立つ雫を以て、その意を示せ。すべてを飲み込む、濁流の監獄よ』」
地面から勢いよく水が噴き出し、襲撃者を包み込んでいく。風が水をまき散らすが、すぐに引き寄せられて周囲を取り巻いてしまった。
「私の友人に手を出すとはいい度胸だ。少しばかりとは言わん。我が水牢、存分に味わえ」
「会長。無理をしてはいけません」
「無理? ここで無理せずに何をするというのだ。私の家名どころか国の名に傷がつくぞ。そんなことを目の前で見過ごすなど、貴族としてあるまじき行為だ」
オーウェンが詠唱したのは水魔法中級汎用呪文。その効果は高速で渦巻く水の球体に対象を閉じ込める束縛魔法だ。魔石の魔力で必要以上の水を操り、吹き飛ばされても閉じ込められるように巨大な球体が宙に浮かぶ。
その中では空気の層に守られながらもグルグルと回転させられている影が見えた。オーウェンがそれを見て魔法剣と魔石の輝きを強める。
すると、空気の層に水が入り込み分断していく。分離した空気は泡となって外に押し出され、体全体を空気が覆えなくなった時点で一気に分解した。
「すごい……」
「いや、本来はここまで操れないさ。魔石の補助でギリギリってところだからね」
あまりに迫力のある魔法にサクラが呟くとオーウェンは苦笑いした。気丈に振舞っているものの、エリーに肩を貸されている状況を見るに、完全に回復はしていないのだろう。
剣先の震える魔法剣を掲げながらオーウェンは顔を引き締めた。
「隊長殿。この魔法もあと少ししか持ちません。水牢が壊れた後の対処をお願いします」
「わかった。少しずつ球体の水を少なくしていってくれ。一気に流されては確保もままならん。全員、身体強化して取り押さえろ。腕や足の一、二本なら切り落としても構わん。必ず確保しろ!」
水牢の中では呼吸も満足にできない以上、詠唱も不可能。仮に無詠唱で魔法ができたとしても、濁流にもまれている以上、平衡感覚が失われ上下左右の区別すら無い為、発動は困難を極める。
それでも騎士たちは盾と槍を構え、油断なく水牢の周りへと陣を敷く。
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