内通者Ⅲ
陽が照り付ける中で町への移動は停滞していた。
ここ数日、晴れていたのにも関わらず、泥沼のようになった街道や不自然に積み上げられた木などが行く手を塞いでいる事象に遭遇する。
行商人や一部の冒険者は馬車を扱っていることも有り、立ち往生している者も少なからずいた。彼らがいたからかはわからないが、その地点での襲撃は皆無だった。
しかし、体力・魔力・気力がすべて持っていかれるような疲労感が残っている。唯一、無事なのは、馬車の中で冷房をきかせていた護衛対象たちくらいだろう。
道の凹凸を土魔法で均しながら、行商人の馬車とすれ違う。復旧作業に呼ばれたオーウェンは剣を担いで、通り過ぎていく御者のお礼に軽く手を振って応えた。
「……異常なし」
内心はいつ襲われるのか戦々恐々だ。人が多ければ襲ってこないというのは一側面しかとらえていない。その裏にはどこに暗殺者が紛れているかわからない、という側面が存在する。行商人だろうが御者だろうが、歩いは繋がれた馬だろうと信用はできない。
貴族として育てられた経験は、人のよさそうな笑みとして生かされていた。誰も自分が彼の瞳に冷酷に射抜かれているなどとは思わないだろう。
「会長。無理はしない方がいいと思いますよ」
「副会長。やれることをやるのが貴族の役目だ。ここが頑張りどころさ」
「エリーです。誤魔化しても無駄ですよ。初日からほとんど寝てないのは知ってるんですからね」
「そういう君も綺麗な顔が台無しだよ」
お互いに見つめあう。近くで見てもわからないが、隈が見えないように薄く化粧がされていた。オーウェンに指摘されると、ただでさえ強気な瞳の目尻がつり上がる。
「いやいや、アラン君だってずっと起きてるじゃないか。そうだろ?」
「はぁ、知らねえな。というか気安く話しかけてくんな。俺が起きているとしたら、お前と一緒にいるストレスだろうよ」
「……似た者同士の集まりってことですね。わかりました。私は一応、忠告しましたので、さきほどの少女のように倒れても放っておきますね」
中指の関節で、こめかみを強く押し解しながらエリーは馬車の左側へと移っていく。アランも面倒くさそうに首を鳴らして、後を追う。その二人の姿をオーウェンは不思議そうに見つめていた。
周りを見渡してユーキたちの一団を見つけると、アイリスがいなくなっていることに気付き、ユーキへと問いかける。
「やぁ、ユーキ。今、副会長から聞いたんだけど、誰か倒れたんだって?」
「えぇ、さっきアイリスが熱中症で倒れて」
「ねっちゅうしょう?」
熱中症、という単語が上手く伝わらなかったようで、オーウェンは首を傾げた。
「あー、こんな暑い中にずっといたから、体温が上がり過ぎてばてちゃって……。そういう症状を熱中症というんですよ」
「なるほど。それで容態の方は?」
「今のところは問題ないです。今は馬車の方で休んでます」
後ろの方へ目配せするとオーウェンは同じように荷物を載せた馬車へと目配せする。すると前の方から声がかかった。
「おーし、そろそろ出発するぞ。早くしないと日没までに間に合わないからな!」
「すまない。戻らなければ」
「あ、そうだ」
ユーキは思い出したようにオーウェンを引き留めて、ある物を目の前へと突き付けた。
「さっきと比べて、おかしなところはないですか? 特にここら辺」
そう告げると空いた方の手で、ユーキはオーウェンの胸から頭辺りまでを上下させる。
「――――これは、どうやって?」
「それは秘密ということでお願いします」
すぐにユーキはそれを仕舞うと周りを見渡した。幸い、他の人たちは土を均す作業が大変だったので他人に構う余裕がないようだった。
数秒、天を仰いで思案すると、オーウェンは軽くうなずいた。
「なるほど、少し私なりに考えてみる」
「勘違いだったら……」
「いや、疑うのも重要なことだ。もしもの時は頼りにしているよ」
駆け足で去っていく背中をユーキは見守る。疑いを晴らし、はっきりと白黒つけるためには、多くの目が必要だ。
「さて、吉と出るか、凶と出るか。俺の中では黒なことは確定してるようなものなんだけど……」
「ユーキさん。早くしないと出発するよ」
「わかった。今行く」
泣いても笑ってもチャンスは一度。その瞬間を逃さないためにも、頭の中でシミュレーションを重ねる。その頭上では鳥たちが森へと飛んで行った。
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