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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第3巻 白銀の来訪者

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神殿効果Ⅶ

 中庭に静寂が訪れ、次の女神の言葉を待っていると、人払いを済ませていたにも関わらず、ユーキたちの方へと向かってくる者がいた。

 一人は痩躯の、もう一人は長身の老人だった。


「おや、オーウェン君。てっきり最後の試験をやっていると思っていたのだが、こっちにいたのかね」

「いえ、そちらは既に終えたのですが、色々とありまして……。こうして女神様の裁定をいただいていたのです」

「そうかそうか。では、魔法陣の採点結果を発表してしまおうか」


 痩躯の老人はにこやかに笑いながらオーウェンへと語り掛ける。逆に、ユーキを始めとする授業を普段受けている側は違和感満載の教授に戸惑っていた。


「なぁ、サクラ。カーター教授って、あんなに笑ってたことあったっけ?」

「ううん。いつも眉間に皺寄せて難しそうな顔をしてたと思う」

「真面目、誠実、しかも授業は分かりやすい。控えめに言って高評価」


 アイリスはフンッ、と鼻息を鳴らすほど、普段は見ないような顔で自分のことのように自慢気に話す。

 そうしている間にも教授はユーキの方へと近づいてきて、羊皮紙を取り出した。


「初めてだよ。私の課題で円どころか()()()()()()()()()()()生徒は、ね」


 目を細めると隣のモノクルをかけた男へ頷いた。ユーキは、その老人の授業には出たことがないので反応に困っていると、おもむろに足元に杖が向けられる。


「『――――焔よ』」

「ちょっ!?」


 ユーキの足元へ向かって素早く炎が噴射された。

 慌てて飛び退くと足元の雑草が燃えて、黒く焦げているではないか。


「い、いきなり何をするんですか!?」

「失敬。どうしても確かめたいことがあってね。実際にこの目で見るまではどうかと思ったが、天才の目に狂いはないということじゃな」

「は、はぁ」


 全く状況が飲み込めないユーキは、戸惑いの表情を浮かべるしかできない。草の焦げた臭いが、鼻をつく中、教授たちは満面の笑みを浮かべていた。


「――――で、ウィルバートよ。結果はどうみる」

「そうさな。百点満点中()()やっていい。というか儂の研究室に来ぬか? 生徒じゃなく()()()()


 ついにオーウェンすら固まった。

 たっぷり十秒、その場にいる全員が理解するのに時間がかかった。


「はああああああああああああ!?」

「「「えええええええええええええ!?」」」

「なるほど、なるほど。まさかこのような使い道があったとは本当に驚きじゃな。下手に意味を加えてない分、効力は申し分なし。数式で魔法円を作るとはな」


 ここまで大ごとになるとはユーキも思っていなかった。

 とりあえず、スマホの録画機能でごねて何とかしようとは思っていたが、ノリと勢いと無駄に覚えていた知識で書いたものが、通用してしまったことに驚きを隠せなかった。

 カーター教授の持つ羊皮紙の文字がユーキの視界に入る。


『ユーキ・ウチモリの体の重心から重力加速度方向をz軸負の向きとする。z軸と地面との交点を原点Oとして、東をx軸正の向き。北をy軸正の向きとする。このとき、以下の数式が成り立つものとする。x (2)+y (2)=2 (2),x (2)+y (2)=(1+√5) (2)ただし、数値の単位はメートルとする』


 要は高校数学Ⅱで習う、円の方程式だ。ユーキの真下の地面(あるいは空間)に対して、最初の式が半径が二メートルの円。二つ目の式は更に外側へその円の半径に対して黄金比になるような半径の円を示す式を表したことになる。ウィルバートが示していた先には、先ほどの焦げた跡がユーキを中心として弧を描くようについていた。


「見よ。威力は抑えたとはいえ、地面には円がくっきりと描かれているではないか。大した結界だ」

「結界、ですか?」

「うむ。魔法円の本質は世界を区切ること。自己と世界を切り離し、世界からの干渉を拒絶するのだよ」

「なるほど、だからあの時……」


 ウィルバートが興奮したように捲し立てる。いつの間にか近づいてきていたオーウェンも納得がいったように頷いた。


「あの時?」

「あぁ、さっきの火柱の中でも君が無事だったのは、その結界が発動していたからだろうね。もっと言うならば、その前に放った火球魔法も同じ類だろう」

「火球魔法は結界じゃあないだろ」


 ユーキが否定すると、オーウェンは首を横に振った。


「いや、結界による副次効果というものでね。世界を区切るということは、区切られた中は『自分の領域』だ。普段よりも効率よく魔力を集めたり、集中力を高めたりする力が結界にはあるんだ。故に、魔法陣の中のことを大魔法を行う儀式専用の建築物に例えて『神殿』と呼ぶ人もいるんだ」


 教授の二人はテンションが上がっているのか、話の中心であるユーキを放置して語り合いをはじめ、残された生徒陣はもはや唖然とするばかりである。

 そこに声をかけたのは意外にも、まだ像から去っていなかった女神だった。


『そういえば、先ほど契約の魔法を通して私にもそれが届きましたね。知り合いの神が大層喜んでいましたよ。『久しぶりに美しい円を見れた』と。今回の裁定があってもなくても、その者の合否に影響はなかった、ということですね』


 裁定の時とは違い、柔らかみのある声が像から届く。口調すら違うように思えた声だが、それも一瞬ですぐに厳格な声に切り替わる。


『では、私の力が必要な時は声をかけよ。天上より見守っている』


 その声と共に肩にのしかかっていた重い圧が消え去った。それと同時にマリーが我先にと飛びついてきた。具体的に言うとアイリスミサイル並みの速度でチョークスリーパーを決められる。


「おいおいおい。なんだよ、アレ! どんだけ隠し玉を持ってんだよ!?」

「いや、俺も何が……なんだか……」


 苦しくてマリーの腕をタップしていると、アイリスがマリーの服の裾を引っ張る。


「マリー、やりすぎ」

「まさか、お前に助けられる日が来るとは……な」


 悪戯コンビの片割れが止めに入るとは流石に思っていなかったのか、ユーキは四つん這いになりながら息を吸って感謝する。


「それより――――」


 ずいっ、と屈んで顔を近づける。その瞳はいつもよりも輝いているように見えた。


「やればできるとは思ってたけど、想像以上だった。さっきの、教えてほしい」

「えーと、それは……」


 目線を右に逸らすとうさぎのように跳ねて、アイリスが視界の中央に収まる。そこから逃げて左を見ると同じく跳ねて逃がしてくれない。


「これを教えるとマズイことになりそうだし……」

「…………だめ?」


 吐息がかかるくらいの距離で見つめられているせいか、ユーキの耳の中で鼓動の音がやけに大きく聞こえた。この場の話だけで収めてたいという気持ちが砂上の楼閣の如く崩れていく。

 その窮地を救ったのは他でもないオーウェンだった。


「いや、固有魔法は安易に明かすものではないよ。学び、理解することで初めて自分の力になるものだからね」

「……残念」


 しぶしぶといった感じで立ち上がるとアイリスはマリーの方へと行ってしまう。

 その姿を見送りながら、オーウェンはユーキへと小声で話しかけた。


「さて、とりあえず試験の後始末もこれでおしまいだ。いろいろと迷惑をかけたね」

「いえ、これで大手を振って歩けそうです」

「冒険者としてなら普通に入れるけどね。もっとも、教授の席に座る方が早いかもしれないが」

「何かの間違いだということにしておいてください」

「そうかい。では教授のお二人には私の方から話しておこう」


 立ち上がりながらユーキは苦笑する。この場で教授になんてされたら、それこそ全生徒の反感を買いかねない。教壇に立つ自分を想像して、()()()()()()()()()()()()に、再び苦笑いする。

 そんなユーキの気持ちをよそに、オーウェンはユーキへと向き合って告げた。


「実はね。君にお願いしたいことがあるんだ」


 その声音と表情には公爵の嫡子に相応しい威厳に満ちていた。

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