見えざる魔法円Ⅴ
魔力を撃ちだして相手の体調を崩したりする魔法ガンド。
ユーキの場合は、それの威力が文字通り桁外れに高い「死の一撃」と呼ばれるものである。魔法学園の長であるルーカスからすれば、そこまでのガンド撃ちはなかなかお目にかかれないとのこと。だからこそ――――
「いや、あれは使わずに行くよ」
「え、本気?」
「もちろん、あくまで習った魔法でクリアしたいからね」
そう言って、ユーキはおもむろに片手をあげた。
魔法を放つには杖が必要になるが、近接戦闘をする時に武器を握る者はいちいち持ち替えるのが大変だ。そのため、剣や巨大な杖、メイスなどの武器自体を魔法の発動体にするタイプと指輪や腕輪などの手を塞がない発動体のタイプが存在する。
当然、素材の違いによって魔力の通りやすさや発動する魔法の属性の得意・不得意があるが、よほどの大きな魔法か。極端なブースト効果を求めない限りは誤差の範囲だ。
ユーキが身に着けているのは選んだのは、王都で一番大きなアラバスター商会で売っていた銀合金の指輪。銀九十二・五パーセント、銅七・五パーセントからなるスターリングシルバー。日本語にするならば「信頼された銀」という意味になる。
法で定められた比率の素材で作られていることからついた銀合金の名前だが、魔法使いにとっては銀は特別な意味を持つ。
「じゃあ、とりあえず物真似からということで……『燃え上がり、爆ぜよ。汝等は何者も寄せ付けぬ八条の閃光なり』」
パシッ、と薪が火で弾けるような音がして赤い閃光が的へと飛んでいく。大きな的に四発が突き刺さり燃え上がるが、爆発というには程遠かった。
「魔力は、もう少し込めてもいいかも。銀の発動体は火と相性が悪い。でも、銀には集中力を高めたり、知恵を意味する力があったりするし、銅には相性の悪さを緩和する効果もある。長期的に見て、あの時、ユーキがしたのは、とてもいい買い物、だと思う。初心者にしては、グッドチョイス」
ほんの少し微笑みながらサムズアップでアイリスは褒めた。自分より年下の少女に褒められるというのはなかなか複雑な気分である。
そのまま、アイリスが指輪を指し示しながらユーキへとアドバイスをする。
「まずは何度も撃って練習する。でも八発じゃ集中力が散漫になるから……『燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ一条の閃光なり』」
アイリスがユーキの方を見たまま左手から炎球を速射した。速さはユーキのガンドに負けずとも劣らない速さで着弾し、木の的を粉々に吹き飛ばす。木っ端微塵になった木片が火の粉となって、桜の花びらのように舞い散った。
数秒後、何もなくなった空間にガーゴイルが来て的を置いて去っていく。
「え、そういうシステムなの!?」
あまりにもアナログな方法に思わず練習のことがすっぽ抜けてしまう。
「ユーキ。集中」
やけに本人よりやる気なアイリスが背中を押して、次の射撃に移るように急かす。
「えーと、『燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ一条の閃光なり』」
今度は狙い過たずに火球は的の中心へと吸い込まれて爆散した。アイリスに比べれば速度も威力も下だが、飛び級天才少女の教えの効果は間違いなく出ている。
八つもの炎を同時に操って当てようというのは難しい。大型の敵や密集した陣形に対してなら集中しなくてもよいが、人間大の的では、精々四つ程度が限界だろう。
「じゃあ、もう一度っ!」
二度、三度と撃っていくと次第に木の的も吹き飛ぶようになっていった。そんなときにユーキの頭にふと考えが浮かんだ。
「もしかして……」
「あ、的をそろそろ金属鎧にしてみるか」
「え、金属鎧って勝手に出して壊したらヤバくない?」
マリーが近くのガーゴイルへと大声で呼びかけると他の二体がどこからともなく袖なしの金属鎧を運んできた。
「いいのいいの。もう錆びついちゃって使わないのを魔法かけて的にしてるんだから」
「そういう……もんなのか」
「ほら、ユーキ。どんどん撃つ」
「じゃ、じゃあ……やるぞ。『燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ一条の閃光なり』」
先程と同じように鎧へと向かう炎。鎧の肩口付近へと当たり、大きく爆ぜた。鎧の留め具にある革の部分を吹き飛ばすかに思われたが、そこには傷一つない鎧が存在していた。
「うーん。今くらいの規模なら吹き飛んでもおかしくないと思うんだけど……」
サクラが不思議そうにつぶやく横で、アイリスも目を細める。そんな中、ユーキは構わずに撃ち続ける。
最終的に十発撃つ頃には、最初と違って爆発の規模も速度も段違いになっていく。その見た目はまさにガンドを撃ったものと遜色がなかった。
「はあぁぁ。まだ壊れないか。魔力に余裕はあるけど、ちょっと上手くいかないな」
ユーキは肩を回しながら振り返ると、マリーとアイリスは目を細めて鎧の方を見つめていた。
「おい、アイリス。ありゃあ……」
「うん。間違いないと思う」
アイリスの言葉を受けて、マリーは後ろへと振り返った。
「おい、練習の邪魔してる奴。いるのはわかってるんだ。さっさと出てこい」
入口に向かってマリーが叫ぶと人影がのっそりと入って来る。その巨体には全員見覚えがあった。
「お前は……」
「アラン・ケリーだ。先日は名乗れなかったからなぁ」
ユーキは自身の名を聞かれているような視線を感じて、ため息が出そうになるのを堪える。
「……ユーキだ」
「聞いてるぜ。よりによって、あの堅物に喧嘩売ったんだって? 流石の俺も少し驚かされた。お前、見かけによらずやるもんだな」
「どーも」
前回あった時とは違い、アランの雰囲気は若干、柔らかい。だが、その眼光だけは変わっていなかった。
「それより、防御系統の付与魔法を使った。練習の邪魔だからどかしてほしい」
「そっちの小さいのも見るのは……いや、何度か見たことがあるな。そこの赤毛と一緒にいつも悪戯してるコンビか。うちのアホどもが真似しそうになるから困るんだよな」
「話を逸らさないで」
「はっ。この程度で弱音を上げてるようじゃ、本番もダメそうだな」
そう言って、アランは踵を返した。入口の影に消えていく瞬間、背中を向けたままアランは声を張り上げた。
「本番の妨害は、この程度じゃ済まないぜ」
その言葉を聞いたマリーが急いで追いかけるが、入口に辿り着くころには、アランの姿は影も形もなかった。
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