見えざる魔法円Ⅲ
――――テストまで残り四日。
『問三.魔法の発動において、杖などの発動媒体が使われる理由を述べよ』
「あ、これレオ先生の補習でやってたやつだ。えーと『杖は肉体よりもマナの浸食が少なくなるため――――』」
早速、届けられた過去問にユーキは取り組んでいた。そもそも勉強するのが得意というか。こちらの世界に来る前はそちら側の職種に就いていたので、非常にスムーズに進んだ。
『問六.魔法の発動において、詠唱して発動する場合と無詠唱で発動する場合の利点をそれぞれ三つ挙げよ』
「えーと、『詠唱を行う利点は――――』」
何度か出た授業の内容なら即座に答え、わからないものは教科書を片手に読み解いていく。わからない部分は、別の粗悪紙にメモを残しサクラたちに聞くつもりだ。
朝の八時から十一時までを勉強。午後はいくつかの依頼をギルドでこなして、日没後に復習をする予定にしていた。わからなかった問題の解決は明日以降となる。
「うーん。魔法陣の問題は、契約に使う紙がないからなぁ。実際に効果を確かめられないか……」
一番の悩みどころは魔法陣のテストである。おおよその目的は自身を守る結界、あるいは魔法を行使しやすくする力場というのが源流である。今では魔力の流れに指向性を持たせたり、魔法自体の発動媒体にするという扱われ方もしている。
そんな魔法陣の扱いにもいくつか種類があり、地面などにかくものもあれば、特殊な魔力や術式を組み込んだ紙、インクなどを用いて護符のようにするものもある。
魔法陣ではないが、紙があるこの世界でも、実際にギルドでは古い契約式を使っているので、依頼内容や商人の取引などには羊皮紙を使って確実な契約を結んでいる。
今回の魔法陣のテストは筆記試験であるため、地面にかくタイプの問題は出題されていない。逆に言えば、護符などの系統は過去に出題されているので注意が必要だ。おまけにテスト本番では実際に特殊な紙を用いて行うらしい。そのため、いくらここで練習しても本番で初めて間違いが分かるということも有り得る。
例えば、こんな問題がある。
『二重の魔法円を別に配布された紙に表せ』
基本中の基本だが、これがなかなか難しい。同一の中心を持つ円を間が一センチから二センチの均一な幅の円になるようにかく(正確には円自体の大きさと隙間の比率もあるのだが)。これだけのことなのだが、問題は道具の方にある。
この円をかくためには、特殊なインク――――正確には魔力を通したインクが使われる。そしてコンパスには鉛筆ではなく羽ペンを使わなくてはいけない。
「鉛筆とかシャーペンになれてる俺からすると使いにくいんだよなぁ」
何度練習してもインクが滲んでしまう。慣れるまでには、まだまだ時間が必要。わかっていてもできない、というのも歯がゆいものである。
『意外に不器用なんですね』
「ほっといてくれ」
一人しかいない部屋に少女の声が響く。その声はユーキの胸元から漏れていた。
「いえ、むしろ欠点の三つや四つあった方が人間らしくていいじゃないですか」
どこか陽気な声で返答が返ってくる。彼女は水の精霊。城壁の外にある森の泉にて出会ったのだが、ちょっとした事件で助け、助けられという形になり、それから一緒に行動を共にしている。
『まぁ、そのうち慣れますよ。それよりいいのですか? もうお昼ですよ』
「そうだな。少し気分転換にご飯食べて軽い依頼をこなしてこようか」
『ちなみに今日の依頼の予定は?』
「薬草採取と害獣の駆除あたりかな」
『―――――いつもと同じじゃないですか』
「そういうルーティンワークも大切なんですー」
階下の食堂へ降りていくと伯爵付の騎士団の一人。アンディがサンドウィッチを摘まみながらユーキに片手をあげた。
「やぁ、君もご飯ですか」
「えぇ、アンディさんもですか」
「いや、君に用がありまして。勉強の邪魔をしてはいけないと思って、先に昼食をいただいていたんですよ」
「俺に用、ですか?」
ユーキはアンディの隣の席に座りながら、メニューを開く。
「うちのお転婆お嬢様から話がありましてね。伯爵と一緒に聞いていたから驚きました。ライナーガンマの長子に喧嘩を売ったんですって?」
「正論を言っただけです」
「正論は貴族の暴論には勝てないものです。うちの伯爵を見てればわかるでしょう」
アンディは苦笑いしながら紅茶を啜った。
「そんな伯爵もライナーガンマの名を出されては一割くらいは不安があったのでしょうね。一応、君に警告しておこうと、ね」
「警告?」
「えぇ、ライナーガンマ家は清廉潔白な――――正に王族の血を引いている――――と言っても過言ではないという一族です。しかし、周りに集まる者が必ずしも同じものとは限らない」
体を前のめりにして声を一段と潜めると、アンディは目を細めた。
「彼の周りにいる者を信用するな。我々から言えるのはこれだけです。これ以上は流石に、ライナーガンマの当主に睨まれかねないですから」
「どこの誰が聞いているとも限りませんからね」
ユーキは表情を変えずに周りを見渡した。幸いなことに今の会話を聞いている者は、目の届く範囲においては誰もいなかった。
「では、私はこれで失礼しよう。―――――幸運を」
「はい、ありがとうございます」
素早く席を立つと扉を開けて出ていった。その背中を見送るとユーキも表情が引き締まる。
テストまでに何か起こりそうな予感がしていた。
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