杖交わるも多生の縁Ⅵ
二度三度と避け続けると、アランの顔がイラつき始めているのがよくわかった。野次馬も集まってきており、その中で躱され続けるのも、一つの要因だろう。自ら構えを解き、数歩距離を取ったユーキを指差して問い詰める。
「おい、何でさっきから反撃してこないんだ?」
「先ほども言ったでしょう。『そちらが一方的に因縁吹っ掛けてきてる』って」
「そんなのはわかってんだよ。だが、実際に手を出されれば話は別だろうが」
「そちらの常識で話をされても困りますね。とりあえず、このまま続けるようだと立場が悪くなるのはそちらですが?」
「チッ、腰抜け野郎が。だったら、これで終わりにしてやるよ」
比喩ではなく、大気が爆発した。弾き飛ばされた空気がユーキの肌を叩く。体から溢れる光も今までの比ではなかった。
「(今までのは手を抜いていた? マズイ!)」
「身体強化した俺の拳。避けてみろや!!」
「(間に合えっ!!)」
考えるより先にユーキの体は体中の魔力を高速で巡らせ始めていた。それでも間に合うかどうか。
一歩、その踏み込みはまさに一瞬。気づけば拳の射程距離。ただでさえ大きい体が岩山のように巨大に感じた。
だが、それよりも早く脳裏に奴の影がチラついた。
体を半身にしながら半歩前へ出る。
「――――!?」
一瞬でアランが懐に入ったと思った瞬間、ユーキもまた踏み込んでさらにその奥へと入り込む。アランは相手が刀を持っていることもあり、近付いて抜かせないようにするために、踏み込むと同時に拳を放つつもりだったのだろう。だが、勇輝は最初から刀を使うつもりはなかった。
既にユーキはその攻撃を魔眼で見切り、拳を受け流しつつ、反対の腕は小さく畳みこんでいた。最小限の動きで最大の威力を。人体における硬くて鋭い部位。すなわち肘が相手の鳩尾へと吸い込まれる。
ユーキは武器の利を捨て、アランと同じように拳という凶器の内側に入って対応した。自分の作戦をそのまま返されては、面食らうのは仕方のない話である。
しかも、完全に拳を受け流されたせいで引くこともできない。否、受け流されただけではない。右手首をユーキの左手が逸らしながら掴み、引っ張っていた。
一撃で決めようとしていたアランは、もはや自分から肘に突っ込んでいくしかない。
腹に力を入れたアランは、来るはずの衝撃に表情を強張らせる。しかし、次の瞬間、アランを襲ったのは胸を叩く軽い衝撃だった。
「何のつもりだ?」
「いや、こっちは最初からやるつもりがないと言っているんですが」
「――――オーケー。久しぶりに頭に来たぜ。ここからは少し本気でいくからよぉ」
先ほどの爆発するような雰囲気と違い、空気が吸い込まれていく感覚にアランの取り巻きや野次馬も距離を取り始めた。
「『――――其は荒ぶる焔の如く』」
今度はユーキの背筋に悪寒が走る番だった。詠唱の一節が入った瞬間、アランのオーラが目に見えて色を変え始めたからだ。その色は赤から銀朱あるいは紅蓮に染まって輝きを増していく。
「まずは一節解放術式。どこまで耐えら――――」
「何をしている!!」
広がり始めた群衆の輪の隙間をかき分けて、何人かの生徒が中へと踏み込んできた。
「学園内での手続きのない私闘は禁じられている。双方、拳を収めよ」
「…………」
「めんどくせーのが来やがった。興覚めだ。次に会うときは覚えておけよ」
割って入ってきた男を一瞥すると取り巻きを連れて、アランは引き止める声を無視して離れていった。
それと同時にサクラたちがユーキの近くへと駆け寄ってくる。
「ユーキやるな。あいつ、前から気に食わなかったんだ」
マリーがわざと歯を見せて、去って行くアランに威嚇するような表情になる。
一方、サクラはユーキの頬を覗き込み、血が出ていないかを確認していた。
「とりあえず怪我はないですね。よかったです」
「あの程度の拳は当たる方が難しいと思うのですが……」
フランが不思議そうに首を傾げるが、その言葉に勇輝は苦笑いするしかない。
「……君の拳と比べたら可哀そうだと思うんだけど」
フランの言葉は流石に聞き捨てならなかった。あの拳の速度はフランの拳の速度に匹敵するだけの圧を感じた。もし、あのまま続けていたらどうなったか考えると、ぞっとするものがある。しかし、それよりもユーキは別のことに気を取られていた。
「(身体強化をした瞬間、月の八咫烏が放った技のビジョンが浮かんだ)」
マリーの家に侵入した「月の八咫烏を名乗る男」に初めて会った日の夜。カウンターで叩き込まれた肘打ち。いや、肘を使った体当たりという方が正しいだろう。それが、まるで自分自身がやったことのあるような感覚があった。
思わず直前で技をやめて相手を突き放したが、あのまま放っていればアランの方こそただでは済まなかっただろう。
「さて、何があったか話を聞きたいんだけれど?」
声をかけられたことで、思考の海から引き揚げられた。そこにはサクラたちと同じように学園の制服を着た生徒が三名立っていた。そのうちの中央に立っていた水色の髪の生徒が声をかけてくる。
「あなたは?」
「名を訪ねるのなら……?」
わざとらしく肩を上げるジェスチャーに、若干、辟易しながらもユーキは向き直って答えた。
「ユーキです。ここの聴講生をさせてもらってる冒険者です」
「魔法学園生徒会会長のオーウェンだ。なるほど、君のことは噂で耳にしているよ」
髪と同じ色の透き通った瞳がユーキを映し出していた。
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