杖交わるも多生の縁Ⅴ
商会ギルドで「かき氷」という名前のまま、商品の登録(他者が売った同じ商品の利益の一割が商会と登録者で半分ずつ得られる契約)を行い、すぐさまマリー家を経由して学園の中庭で販売を始めることとなったのだ。
なお、今回の場合は商会とユーキとマリーで二:一:一の割り振りである。フランの勢いに押される中で「あれ、フランが利益を得る理由どこにあるんだ?」という疑問が浮かんだが、口を挟める間もなく、気付けば手作りの旗を作らされ、呼び込みをさせられていたのだから仕方がない。
因みにフェイは伯爵に呼ばれているため、参加は見合わせた。
開始の段階になって値段設定に揉めたが、あくまでも宣伝のため大銅貨一枚に設定。これが功を奏したのか、あっという間に行列ができ、すぐさま完売。フランの勝利のガッツポーズが中庭に突き上げられることとなる。
「流石、私!」
「達成感は得られたんだけど……」
「涼みたいという当初の目的は一体どこへ……」
何か納得のいかない達成感、胸元につっかえたような何かを忘れている感覚に思わず考え込んでしまう。そんな彼らの所に不快な声が聞こえてきた。
「おいおいおいおい。このクソアチィのが何とかなるからって聞いて来たのに、売り切れとはどういうことだぁ? おい!」
「うわぁ」
声のする方を振り返ってみれば、身長二メートル近くある巨漢が、肩を揺らしながら取り巻きを引き連れて近づいてくるではないか。
シャツがはちきれんばかりに筋肉が盛り上がっており、学園の校章が見えなければ、どこの騎士団か荒くれ者の傭兵が紛れ込んだのかと勘違いしかねない光景だった。
「一つ上の学年のアラン先輩ですね。確か侯爵家の次男だったかと……」
「高位の身体強化の使い手で有名だな」
「筋肉の……塊」
「アイリス、少し言い方は選んだ方がいいぞ」
各々の評価が飛んでくる間にもそのアランとやらはまっすぐに向かってくる。近づいてくるにつれ、その額に青筋が立っているのが目に見えてわかった。
職業柄、そういう輩の対応は時々したことがあったせいか。ユーキは一瞬だけ迷うが、その手をポケットに入れて中を探りながら一歩前へと出た。
取り巻きからユーキへと野獣を思わせるような眼光が突き刺さる。
「おい。かき氷とやらがあるって聞いたから来たのに何で売ってねえんだ?」
「申し訳ありません。もともと材料に限りがあったので、先着百名ということで売りに出させていただいたのですが」
「じゃあ、今すぐ用意しろ」
「こちらは宣伝用の商品だったので、すぐには――――」
ユーキが穏便に対応しようと胸元をいじりながら前に出たところへ拳が放たれた。幸い脅しだったため、ユーキの右頬の傍を通り過ぎていく。
「こちとら暑くてイライラしてんだ。ちょっと面貸せ」
「――――魔法学園って、こんな無法地帯だったっけ?」
「一つ上の学年の人たちは過激な人が多いというか何というか……」
サクラが焦りながらもフランと話をしている、もう一振り拳がユーキめがけて繰り出される。幸いなことに、先日襲ってきた「月の八咫烏」や「吸血鬼たち」に比べれば遅く見えた。サクラたちもそれは見えていたので冷静に見ていることができた。
しかし、体の威圧感というのも馬鹿にできない。本能的に喰らってはたまらない、ともう一発放たれる前にユーキが大きく後ろへと下がる。
アランは急に距離を離した勇輝を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「チッ……少しはやるようだな」
「まぁまぁ、ここは穏便に」
「ちょどいい。こういう時は体を動かして汗をかいた方が逆に涼しくなるってもんだ」
「人の話を聞かない人だなぁ」
自己中心的で周りの評価を気にせず、多少の道徳的なラインならば踏み越えることを何とも思わないタイプ。ユーキとしては、あまり関わりたくない種類の人間だ。
ましてや、今回の場合は立場も実力も上だと思って詰め寄ってきてる分、性質が悪い。
ユーキも自分の中で知らず知らずのうちにストレスが溜まり、口調の端々に棘が見え隠れし始めた。
「一応、確認なんですけど。こういうのって犯罪じゃないんですかねぇ」
「はっ。面白いこと言うじゃねぇか。冒険者の間じゃ、こういう喧嘩もよくあるっていうだろ?」
「そもそも喧嘩じゃなくて、そちらが一方的に因縁吹っ掛けてきてるんですけど、ね!」
「細けぇことは気にせず、ちょっと付き合えや!」
魔眼を開いたユーキの目には赤い光が拳の形となって迫ってくるのが見えていた。
「(フランの時よりも遅く、光に覇気がない……!)」
巨体からは考えられないほどの素早さで踏み込んで放たれた右ストレートは、軽く見積もっても先程の倍の速度でユーキがいたところを通り過ぎた。
もちろん、相手にもそれは想定通りのようで、避けた先へとそのまま丸太を思わせるような腕で薙ぎ払う。
「おっと」
「ちょこまかと動きやがって」
本当に紙一重というところで躱していくユーキとそれを追うアランだったが、その様子を見ていてマリーが疑問を呈した。
「なぁ、何でユーキのやつ刀を使わないんだ?」
「もしかしたら、じゃなくても、人間相手に使うと危険だからじゃないかな? でも、このままじゃ危ないから先生とか呼んだ方がいいかも」
ユーキは躱すだけで一切反撃に移る様子はなかった。傍から見ると、それはまるで何かを試しているかのようにも見えるし、何か別のものに気を配っているかのようにも見えたことだろう。
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