僕が攻略対象者だと、彼女は言う(短編)
ヒロインが一言も話さない。
一言で言おう。
僕の彼女は、
「ねぇ、凛くん凛くん!今の春風に髪を遊ばせながら、哀愁を漂わせ、ワイシャツの襟から鎖骨チラ見えしてる凛くんの首筋舐めた……じゃなくて、すごく清楚な雰囲気なのにエロいね!」
変態だ。
グッと親指を立てて鼻を押さえる僕の恋人――知念 梨夏は、学園内でちょっと……いや、かなり変わった人なのである。
「もう凛くん超絶プリティだよね!流石攻略対象者の一人だわ!普段は冷静沈着、クールすぎる美少年なのに、内には熱い想いを抱いている一途さと好きな人の為なら潔く身を引く謙虚さ!黒瀬 凛が人気キャラランキング1位なのも分かるわ!」
こうなった彼女は止まらない。経験から知っている僕は、うんうんと適当に相槌をうってやり過ごす。
僕の事を誉めてくれているのだろうが、時々誰の事を言っているだか分からなくなる位盛りすぎている。
そして、たまに訳の分からないワードが飛び出してくるものだから、彼女の会話に付いていけないのだ。
僕が彼女に告白した時、彼女は言った。
僕が攻略対象者だと。
次いで彼女の口から飛び出したのは、「えっ!何で攻略対象者の黒瀬くんが村人Zにもなれない、モブの中のモブというか画面上にも出てこない私に告白してるの?!というか、リアル黒瀬くんマジ可愛い!声がなんかエロい!腰にクる!……はっ!そうじゃなくて、黒瀬くん、これは何かの罰ゲーム?!それともこれは夢か?!」等という物静かで清楚だと評判だった彼女からは想像できない位のマシンガントークで詰め寄られた。
なんとか彼女に罰ゲームでもなければ、夢でもないことを分からせて以来、清楚で物静かな猫を僕の前だけで脱いでいる。
中身が大層変態だけれど、はしゃぐ彼女を見ていると話している内容がどんなに卑猥でも許容してしまう辺り、僕は随分末期だなと思う。
なんせ3年片想いした末に、漸く成就した恋だ。
多少のマイナスなギャップ等取るに足らない。
「ねえ、りか」
「ぐはあっ!凛くんが私の名前を呼ぶだけで心臓が死にそうなんだけど。萌死ぬ。……なんでしょうか?」
「土曜日空いてる?」
「土曜日?空いてるよ」
「デートしよう?」
「デート!するする!」
シミ一つない、雪のように真っ白な頬をほんのり紅色に染めて微笑む彼女に、僕も自然と顔が緩む。
「何処か行きたいとこある?」
「黒瀬くんのお部屋で。どうぞ私を襲って下さい。いや!むしろ襲わせて下さい!」
ギュッと握り拳を作った彼女の宣言に、緩んでいた顔が引きつった。
男としては喜ぶべき所なのだろう。
だが、何故だ。
本気で貞操の危機を感じる。
大体彼女とはそういう目的で付き合った訳では……ないとは言い切れないが、僕としてはやはり彼女を大事にしたい。
まだ手を繋いだだけなのだ。付き合ってそこそこの時間は経ったが、つい最近まで中学生だったし。
でも、欲を言うならもうひと段階上がっておきたかったなあとは思うが。
「いや、流石に家は……」
「じゃあ、私の部屋「も却下」ちぇ」
彼女は可愛らしく口を尖らせたが、目は獲物を見つけた肉食獣のように爛々と輝いていた。
……普通、逆なんじゃないかな。
*****
何とか映画館に行くというデートの約束を取り付けたその日の放課後、委員会がある彼女を待っている間に僕は図書館で勉強する事にした。
当たり前のような顔をして隣に座る、腐れ縁で同じクラスの白井 迅と共に。
「いやー、梨夏ちゃんとラブラブだな!凛達を見てると俺も彼女欲しくなるな!」
「……出来るといいね」
「え、ちょ?!死んだ目をしながら、相手するの面倒くさいみたいな顔で言わないで!」
「つい本心が出た」
「ひどいわ!凛ってばそんな子だったのね!」
オネェ口調で泣き真似をする迅に付き合うのが本当に面倒になって、目の前の宿題を片付けるべく机に転がしていたシャーペンを握る。
「それにしても、小学校から冷めた性格していた凛が彼女出来た途端、甘々になるとは誰も思わなかったなあ。片想いの時も冷めてるような雰囲気は、変わらなかったしな」
「失礼な。僕は別に冷めてないよ」
「知ってるけど、言動は普通よりだいぶ冷めてるからな」
「年相応の凛は、梨夏ちゃんの前でしか見れないよな」と苦笑する迅は、赤みがかった灰色の瞳を寂しそうに細めた。
確かに彼女が本性をさらけ出しているお陰か、僕は彼女に気を遣うことなく接していられる。
何と言うか、彼女の隣にいるとホッとするのだ。
でも、僕が彼女に向けているのは恋情で、友情ではない。
「別にお前といる時だって、僕は自然体だけど」
くるくると手に持ったシャーペンを回しながら、そっぽ向いて話すと「りいいぃぃぃん!」って叫びながら、抱き付かれた。
「鬱陶しい。図書館で騒ぐな」
「持ち上げて落とすなんて酷い!」
ちらほらと周りにいる人達から注目され始めたので、ベタベタしてくる迅を押し退ける。
「モノクロコンビ美味しい」だなんて聞こえるのは、きっと気のせいだ。僕と迅の名字に黒と白が入っているからって、コンビに仕立て上げないで欲しい。
「つか、変わったっていえば、あれほど女に興味がないって感じだった生徒会の奴等も、不良グループに運動部のエース達も今、一人の女に夢中だってな」
ふと思い出したように言った迅の言葉に、ああと頷く。
初等部か中等部からの持ち上がりがこの学園で殆どを占める。しかしそんな中、とある女子が生徒を募集していない高等部から編入してきた。
名は確か……高嶺さんだったかな?
色んな意味で有名人だ。
お金持ちや社会的地位の高い家庭の子息令嬢ばかりが集うこの学園で、つい最近まで一般人として過ごしてきた高嶺さんが目立つのは仕方のないことだろう。
だが、自身の婚約者を放置してまで、学園内で有名な男子生徒達が惚れ込む理由がよく分からない。
チェリーブラウンのふわふわした髪を持つ、華やかな顔立ちの高嶺さんとはあちこちで遭遇するのだが、言動が物珍しいなといった印象しか受けない。
有名な男子生徒達の中には僕の友達もいるのだけれど、正直顔だけの少女に入れ込む男子生徒達の女の趣味は悪い気がする。
高嶺さんと系統は違うが、ストレートの黒髪、パッチリとした大きな瞳に長い睫毛、桃色の唇と白磁のような肌を持つ彼女の方が何千……いや、比べるまでもない位、彼女の方が可愛い。僕の彼女最高。
あ、でも性格がちょっと残念だったな……。
でも彼女が本性さらけ出すのは僕だけだから、ほんの少し優越感を感じてる。
「あ、凛。今梨夏ちゃんのこと考えてただろ。顔が少しにやけてたぞ」
「そ、そうか?」
「若干な。お前殆ど表情筋うごかないからさ」
思っている事が顔に出ないタイプで良かったと思った。
「って言ってたら、来たぞ。お前の彼女」
迅が指差す先には、図書館の入口で中を伺う彼女。目が合うと、彼女はえへへと笑った。
慌てて机上の荷物を鞄に仕舞い、去り際迅に少し微笑みかけて告げた。
「お前に彼女出来たら、ダブルデートしてみたい」
少し驚いたように迅は目を見開き、「おう!」と元気よく頷いた。
「ごめん。待たせた」
「全然大丈夫だよ。むしろリアルモノクロコンビを間近に見られたのは、きっと退屈な委員会を乗り切った私へのご褒美……じゃなくて、凛くんが友達と話してる姿を見るだけで私のご褒美です!」
何も隠れていない気がする。
キラキラと瞳を輝かせるほんの少し低い彼女の目を覗き込んで、薄々感じていたけれど、と前置きしてから聞いた。
「りかって、その……腐女子?」
「滅相もない!私の好みはノーマルラブと美少年だよ!ただ許容範囲が広いだけ!男同士の恋愛より、男同士の友情に萌えるのです!って、こうしちゃいられない!白井くんと愛華ちゃんがもうすぐ図書館遭遇するんだよ!現場を押さえなければ!さあ、凛くん隠れよう!」
どこぞの刑事ドラマみたいに僕達は身を寄せあって、物陰に隠れる……と言うより、彼女に引きずり込まれた。
決して甘い雰囲気になる訳ではなく、彼女の方は全く意識していない上に、無意識にグイグイと身体を押し付けてくるものだから質が悪い。
少しは僕の我慢を分かって欲しい。
「確かレインボー何だったっけ、」
「“レインボーロード〜貴方はどの虹色を選ぶ?〜”ね」
「そう、それ。乙女ゲームだったよね?ネットで検索したけど、出てこなかったよ」
彼女の話に合わせようとネットで調べてみたが、何も引っ掛からずに終わった。
「だって、違う世界の乙ゲーだもん」
何てことのないように、当たり前のように言う彼女だが、パラレルワールドは本当にあるのか?等と僕は思う。
残念ながら彼女が乙女ゲームだの攻略対象者だの、頭のおかしいような発言も、パラレルワールドの存在も、裏付けるようなものは何もない。
しかし、彼女の予言はびっくりする程よく当たるのだ。
編入生がくる事も、学園内で有名な男子生徒が編入生に惚れ込んでいくのも、全て。
今回だってそうだ。
「凛くん凛くん。愛華ちゃん来たよ!」
小声で告げる彼女と僕の前を通って、高嶺さんが両手に勉強道具を持って図書館に入っていく。
高嶺さんはキョロキョロと辺りを見渡した後、白髪の少年の向かいに座って勉強道具を広げる。
人が来た気配に顔を上げた向かいの少年が高嶺さんを視界に映すなり、赤みがかった瞳を面白そうに歪めたのが分かった。
「迅がまた女の子にちょっかい出してる……」
「来た来た来た!虹色を司る7人の攻略対象者を逆ハーレムにした後に開放される、モノクロルート!モノクロは二人同時に好感度を上げていかないといけない最難関ルートなんだよ!その分、攻略対象者がとっても魅力的で人気が高かったの!」
「……へえ」
「凛くんと迅くんはなんでもこなせるハイスペック持ちな上に、中性的な顔立ちで一途だもん。甘々に愛してくれるから、やっぱりヒロインも狙っちゃうよね……。愛華ちゃんは凛くんとの出会いイベント全てこなしてるし」
迅と高嶺さんが仲良さそうに話しているのを眺めながら、彼女の声が段々萎れていく。
おかしい。
他の有名な男子生徒達の時は、もっと応援に気合いが入ってたのに。
「りか?」
顔を覗き込もうとすると、彼女は俯いてそれを阻止する。
「きっとヒロインが7人の内の誰かとくっ付けば良いとか、悪役令嬢ちゃん達の事を考えずに思っていた罰かなぁ」
ションボリと肩を落とす彼女を見て、僕が攻略対象者だと、彼女が言っていた事を思い出した。
「りか。此処は乙女ゲームじゃない。僕が攻略対象者だってりかは言っていたけど、僕はりかの事しか見てないし、大好きな彼女以外に目移りする訳ない」
ありがとうと淡く微笑んだ彼女が、何処かに飛んでいってしまいそうに見えて、僕は逃がすまいとしっかり手を握った。
彼女の中ではきっと、僕が高嶺さんにコロッと落ちるビジョンが浮かんでいるんだろう。他の攻略対象者がどんどん高嶺さんに籠絡されていってるのを見ていれば、容易に想像出来る。
「さ、帰ろう」
普段の騒がしさは何処へやら。僕に手を引かれるまま大人しく付いてくる。
此処は乙女ゲームではなくて、現実だと言い聞かせないとなあ。
どんなに彼女が猫を被っていようが、乙女ゲームの世界とか電波なことを言っていようが、変態だろうが、
(身長そんなに変わらないのに、手小さい……)
それを全てひっくるめて、僕は彼女が大好きなんだよ。
他に目移りしていられない程、ね。
土曜日のデートで、彼女を僕の部屋に連れ込むべきかどうかを視野に入れ始めた僕は、まだ知らない。
僕自身という存在が、僕の彼女を想う気持ちが、これから先に起こる未来のシナリオを大きく変えて、更に学園中を混乱に巻き込む事を。
※ファンタジー連載版投稿しました。
ファンタジーか現代異能バトル混じりの乙女ゲームの世界観にしたかったけど、長くなるので挫折。短編難しい。
他の攻略対象者と悪役令嬢も設定も一応してたし、あれこれエピソードもあるから、気が向いたら連載にする……かもしれない。
閲覧ありがとうございます。