帝国の使者が訪れ、無理難題をふっかける
苑舞帝国女帝の使者--苑舞帝国上層部が一神は、なんだかとっても歓迎されて出迎えられた事を不審に思った。そして、軍の統括者である萩波と同じテーブルについた彼は、萩波の側に居る古参メンバーの上位者達から感謝の眼差しを向けられ、混乱した。
「……何か」
「ありがとうございます」
いきなり頭を下げられた--軍のナンバー2の男に。明睡と呼ばれる彼は、まるで椿の花のような妖艶さと美しさを持つ女性と見紛う男だった。
一方、使者である彼もなかなかの麗しさを持つ男の娘だった。妖艶な美女--と言った風情か。
「あの、突然お礼を言われても」
「貴方の訪れで罪なき少女が救われました」
「何を言うのですか。良い所を邪魔されたんですよ? あ、こちら私の妻の果竪です」
本当は見せたくないのですが--と言う萩波を余所に、使者は愕然とした。軍のトップたる彼の隣に座るのは、まだ十をいくばかか超えた少女だった。平凡な顔立ちはこの際良いとして--年齢。
「……………………妻?」
「ええ、とても可愛らしいでしょう?」
「……………………妻?」
可愛いは良い。だが、妻?
あと、自分の方に引き寄せようとする夫に結構抵抗している。
夫婦とは何をもってそう言うのか?そんな哲学的な事を考えた使者だった。
「それで、用件とは何でしょうか?」
萩波の言葉に、彼はまだ混乱していた。しかし、とりあえず今は主からの用件を先に伝えようと思った。あと、それとは別件についても……。
「あと、私の軍を嗅ぎ回るのは、ほどほどになさってくださいね」
「っ?!」
「何事も信頼関係で成り立っていますから」
萩波は足を組み、まるで『王』の如き威厳を漂わせて使者を見据えた。
「……分かりました」
すっと、小さく手を動かし軍に忍び込んだ者達の動きを止めた。そのまま素知らぬ顔をして動かす事も出来たが、この男を前にしてそれは無理だと思った。それに、この軍のトップだけではない。この場に居る、彼の側近達も気付いている。彼等は思い思いに控えているが、その姿は隙がありそうで、その実全く隙が無い。
表情のない者も居れば、にこやかな笑みを浮かべている者も居る。しかし、その視線はとても自然に、けれど一つも見逃さずにこちらの動きを見ている。
寄せ集め--しかも、元は妃や妻妾、奴隷や寵姫などの囲われ者達が上位を占めているというのに……確かに、侮れない者達だ。
いや、寄せ集めはこちらもか--。
使者は心の中で小さく微笑んだ。
「陛下からの書状をお渡し致します」
恭しく、使者は書状をこの軍のトップへと差し出す。それは、一度軍のナンバー2の手に渡り、トップたる青年へと渡された。
「果竪、大神しくしていて下さいね」
書状が夫の手に渡った事で、軍の統括者たる青年の妻--妻?である少女がこれ幸いと離れようとするが、ガシッと捕まり抱き寄せられる。
ひぎゃぁぁぁぁぁぁあ!!という声なき悲鳴が聞こえる様な顔だった。
「……夫婦?」
思わず近くの軍の者に聞けば、彼は両手で顔を覆っていた。もしや、犯罪が絡んでいるんじゃ。
「……恋って色々な形があるのよ」
「相互意思って大切だよな」
「恋って恐ろしいからな」
確かに恋は恐ろしいが……。
「この軍の統治者は、その、お若い方がお好きなのですね」
十を超えたばかりの少女を貢ぎ物とすれば案外容易いのか?死んでもやりたくないが。
「違います。私が欲しいのは果竪であって、果竪ならば赤子でも息も絶え絶えな老婆でも構いません」
引いた。
全力で引いた。
自軍からも引かれている。
「さ、流石に赤子を妻にしたら」
変態として突き出すべきか、それともそれでも主として戴くべきか--で悩む彼の側近達。確かに自分も悩む--使者は心から同情した。
だからといって、息も絶え絶えな老婆を妻にされても困る。本神が良いなら別に構わないが、確実に本神が嫌がりそうだ。
「にしても、よく使者に合わせようと思ったわね、果竪を」
呆れたように、彼の側近たる青年が口を開けば。
「確かに果竪の愛らしさに使者が心を奪われる可能性は考慮しましたが、奪われたらそこで潰せば良いかと」
奪われないし、何をさらっと恐ろしい事を言っているのか。
あと、自分は十代前半の子供は相手にしませんから。
使者は全力で声を上げたかった。
あと、自分の部下としてついてきてくれている者達も同様の反応をしている事は背を向けていても分かった。分かる、分かるぞお前達。俺達はロリコンじゃ無い。
「それに、偉大なる苑舞帝国の皇帝陛下からの使者です。丁重にお迎えするには、やはり夫婦揃ってが相応しいでしょう」
つまり、それだけ重要視しているというアピールに他ならない。
「まあ、うちの妻の美しさを皇帝陛下に使者殿の口から伝えられてしまうという危険性もありますが」
「あ、うちの陛下は子供に興味は無」
「何ですか?」
「すいません」
その気迫に、思わず全力で謝罪した。傅く体勢から土下座。
「貴方の敬愛する皇帝陛下とて伴侶が居れば分かる筈です」
「伴侶は居ますが……」
その言葉に、萩波は優雅に微笑んだ。
「ええ、確か『後宮』には美しい男女が艶やかに咲き誇っていると聞きます」
「はい」
「十代も居るとか」
「はい」
「十代以下も居るとか」
「は--手は出してませんが、青物買いです、青物買い」
手は出していない--そこは大切な事なので二度言わせてもらう。
「……」
目を見開き、こちらを凝視するトップの妻たる少女の視線を感じた。違う、そうじゃないんだ、うちの陛下はロリコンじゃないんだ。
「果竪、男は狼なのですよ」
「え、でも女帝」
妻である少女の言葉に、夫は柔らかく微笑んだ。しかし、彼は--とは言い直さなかった。
「それで、この手紙ですが」
このやりとりの中でもしっかりと中身を読んでいたらしい。
「我が軍と苑舞帝国とのこれからの関係を強固たるものにするべく、神質を差し出せですか」
ざわりと、彼の配下達がざわめく。ここに居るのは、軍の中でも最上位たる者達だ。男も女も居る。彼等は皆、一様にこちらに向ける視線に険を含ませてきた。
「確かに、一つの巨大な軍が自国の中を好き勝手に動き回るのは、ねぇ? しかも、いくら帝国とはいえ、取るに足らないとするには力が強すぎますし、かといって潰せる程小さくもない。それに、幾つもの有力な他の軍とも親交と同盟を組む我が軍を害せば、他の軍も動き出しますからねぇ?」
軽く見積もっても、九つの大軍が確実に動く。
使者は普通の男なら腰が砕ける様な艶麗な笑みを浮かべた。
「我が国にも立場というものがありますが、それ以上に我が国にも貴方達の軍を危険視する者達は多く居ます。特に、政権が変わって十五年しか経っていません。残念ながら、現皇帝陛下は長くこの国の統治をしてきた一族とは血の繋がらぬお方です。故に、外からの血を疎む者達も居る」
「現上層部はそうでは無いと思いますがね? ふふ、内政、外政、軍部共にしっかりと抑えておられると言うのに」
「確かに、我が偉大なる皇帝陛下の手腕に心酔する者達は多い。けれど、どれ程強固な土台とはいえ、見えぬ部分に白蟻は潜むもの。気付かぬうちに食い尽くされ……という事がないわけではありません。悲しいかな、そういう事に五月蠅い者達は確かに存在するのですよ。この軍の本質を理解しようともせず、脅威だと見なし、排除せよと叫ぶ者達は」
「本当に悲しい事ですね」
萩波は柔らかく微笑んだ。
「しかし、我らを脅威とみなす者達が居れば、それこそこちらの願いを叶える所ではありませんね」
「ええ、それを我が皇帝陛下はとても心苦しく思っております。皆様の軍は、決して我が帝国に不利益をもたらすものではもなければ、脅威でもないと我が皇帝陛下は信じております。もちろん、陛下の忠実なる上層部、またその派閥も同様でございます。しかし、このご時世です。一枚岩とはまだまだ言えない我が帝国に罅が入る事で天帝軍に付けいられる事は避けたいのです」
そうですね--と萩波は頷いた。天帝軍と反乱軍の戦力は逆転してきているとはいえ、まだまだ天帝軍には侮れない底力がある。
「だからこそ、こちらの軍が絶対に脅威にならないという証が必要なのです」
「--それがあれば、我らの望みも叶えて下さると?」
「もちろん! それだけの証を提示して下さった方々は、脅威どころか我らが帝国の盟友です。できる限りの望みは叶える事でしょう。ああ、もちろん、今回の皆様の望みは当然ながら叶えられる筈です」
萩波は書状を机の上に置いた。
「確かにそちらの話には色々と納得出来る部分があります。しかし、その証というか、神質の条件が、ねぇ?」
「何か不都合でも?」
「ええ。この軍で『最も美しく聡明な女性』とは」
「『最も美しく聡明な者』では逆に不都合がありましょう。この軍で最も美しいのは、貴方様でございましょうから」
この軍で最も美しい者--それは、言わずもがな。
誰に聞いても、目の前の、この軍の統治者たる男である。
老若男女問わず、性別を超越した美貌は『白き宝玉』と謳われている。流石に神質として軍のトップを要求する事は出来ないし、こちらもしたくない。まあ、口五月蠅い者達はむしろ喜びそうではあるが……。しかし、この男はどう頑張っても飼い慣らす事は出来ないし、むしろこちらが取り込まれる。
本来であれば、早々に軍ごとこの帝国を通過して遠くに行って欲しいぐらいだ。
味方であれば此程頼もしい者達は居ないが、敵に回せば帝国と言えど苦戦を強いられる事は必死だ。こちらも負けないが、十五年しか経っていない新たな政権の基板はまだ磐石とは言えない。しかし、こちらの軍は寄せ集めだが、軍の統治者たる青年を『王』として戴き、彼を中心によく纏まっている。
同盟軍の存在もある。
本気でぶつかれば、どちらもタダでは済まない。
また、軍のトップを差し出されないようにするだけなら、『女性』と限定しなくても良かったのでは?という考えもあるが、他の男でも困る。
特に、この軍の古参メンバーたる男性陣は恐ろしく美しく、なおかつ狡猾な者共揃いだ。こちらも下手に皇帝陛下の側に引き入れれば、意気揚々とその地位を利用して好き勝手にされるかもしれない。馬鹿どもを根こそぎ利用された挙げ句、下手すれば帝国の機密情報を軍に漏される恐れがある。
実際、この場に居る軍の男達など特に嫌だった。むしろ、それなら俺が--と神質を楽しむ様子さえ見せている。侮れないどころか、猛毒を取り込まされるなんてごめんまっぴらだ。
ならば女性なら良いか?と言う話にもなるが……。
使者は軍のトップたる青年に微笑みかけながら、心の中で舌打ちをした。聡い所は普通であれば好感を抱くが、今は腹立たしさしか覚えない。
自分がここに来る前に見つけ出せていればまだ良かったが……。
女性と限定したのは、たった一つの目的の為だ。ただ、居れば儲けもの。居なくても、男を引き入れるよりは女の方がまだマシという低リスクを取ったまで。
そしてそのたった一つの目的の為には、男では駄目だったのだ。
「最も美しく聡明な女性でなくては駄目ですか?」
「我が国とこの軍の同盟の証です。やはり最高の者でなければ」
最高でなければ、認められないのは考えなくてもわかる。下手すれば、我が帝国が侮られたと思うのはこの聡明な青年ならすぐに分かる筈だ。
「それとも、最も美しく聡明な女性は惜しくて出せませんか?」
一応、この軍で最も美しく聡明な女性についてはある程度リサーチ済みだ。そして彼等がその相手をとても大切にしている事は分かっていた。
特に、軍の男達は女性をそれはそれは大切にしている。
それは、同じ男としても大いに理解も納得も出来るし、非常に共感と好感をもてる。女性は宝物だ。
それに比べて、女性を軽んじたあの馬鹿どもは本当に腹立たしい。
男を軽んじて良いわけではないが、女性をあそこまで軽んじた者達を思い出し、使者は内心腸が煮えくり返っていた。そんな彼の耳に、思わぬ言葉が飛び込んできた。
「出せません」
「……は?」
出せない?
「今、なんと?」
「ですから、出せません」
「……では、我が帝国の脅威になると?」
出せないだけで脅威もへったくれもないが、意地悪く見る者達からすればそうなる。とてもじゃないが、賢明なる判断とは思えないが、この軍のトップたる青年は頷いた。
「脅威になるつもりはありませんが、最も美しく聡明な女性は出せません。当り前じゃ無いですか」
そう言うと、萩波と呼ばれる青年は。
「貴方は私の妻を差し出せと言うのですかっ!」
クワッと目を見開き、気圧される様な覇気と共に紡がれた言葉に一瞬飲み込まれた使者だが、すぐに我に返った。
「……は?」
「『この軍で最も美しく聡明な女性』は果竪に決まってるじゃないですか! 貴方は新婚間もない私達の中を引き裂くとでも?!」
とりあえず、新婚間もなくはないだろう。
いや、そういう問題じゃなくて。
ツッコミたい。でも、ツッコめない。ツッコんだら確実に死ぬ。
しかし、意外な救い手は別の所から現れた。
「萩波! 何を言うんだ!」
流石はナンバー2たる青年。彼は自分の主君を窘めた。
「『この軍で最も美しく聡明な女性』は涼雪に決まってるだろ!」
お前もかっ!!
涼雪という女性はリサーチをしていないが、とりあえずうちの帝国の上層部の誰もが認めた美しさと聡明さを持ち合わせた少女に比べると劣るのは間違いないだろう。
というか、最初に行った『この軍で最も美しく聡明な女性』候補リストにそもそも入っていなかったし。というか、その時点で入って居なかったという事は、容姿も才能も能力も、神力も全てが平均かそれ以下で切り捨てられたという事だ。
「何を言うのよ! 『この軍で最も美しく聡明な女性』は葵花に決まってるじゃない! 確かに今はまだ幼いけれど、あと数年もすれば完璧な淑女よ!」
「それは涼雪を侮辱しているのかっ!」
特にお前、自分の妹はどうした。お前の妹こそ、『この軍で最も美しく聡明な女性』では無いだろうか?
とりあえず、明燐という少女の兄に対して使者は心の中でツッコミを入れた。
「君達は全然駄目だね! 小梅の事を忘れてるんじゃないっ?! 小梅を差し置いて何を言うのさっ」
「違うよ! 百合亜だよ! 百合亜が一番美しいんだからっ」
百合亜という女性は候補リストに載っていたのでよく覚えている。かなり目つきが鋭いが、磨き抜かれた宝玉の様に硬質的な美貌は、それこそ絶世の美少女と謳うに相応しいものだ。
「貴方達、果竪が美しくないとでも?」
「果竪はむしろ可愛いに入るだろう」
「そうね、果竪は可愛いに入るわ。あと、小梅も可愛いに入るわ」
「涼雪と百合亜は綺麗に入りますね」
美しいも綺麗も可愛いも一緒では……と言えば殴られそうなので、使者は黙っておいた。
「萩波……」
「果竪、大丈夫ですよ。この軍で一番美しいのは」
「ちょっと冷静になって」
萩波の腕に引き寄せられていた果竪は、そう言って夫を窘めた。
「冷静も何も私は」
「萩波、萩波がそう言ってくれるのはとても嬉しい。でもよく考えて。よく見て、しっかりと頭の中で考えて。一般的な審美眼からすれば私、良くて平均だよ?!」
「何を言うのですか果竪!」
「しっかり現実を見て!!」
年下の少女に窘められる軍のトップ。あと、年端もいかぬ少女になんて事を言わせているのか。自分を平均かそれ以下と称するのは少女にとってはいかに苦痛な事か。本当なら美しいとか綺麗とか可愛いとか言われたい筈なのに、自ら真実を口にしなければならないなんて、彼女は一体前世でどんな悪行の限りを尽くしたのか。
「それに、明睡達もしっかりして!」
「俺達はしっかりしてる!」
「してないよ! どう考えてもこの軍の中で最も美しくて聡明な女性は、明睡の妹の明燐でしょう!」
使者は心の中でトップの妻たる少女の健闘を称えた。
「「「「「違う!!」」」」」
あと、明睡。お前は言うな。自分の妹だろ。
「しっかり現実を見て!」
「俺はいつも現実しか見てないっ」
「僕だってそうだよ!」
「アタシもそうに決まってるでしょう?!」
「こればかりは果竪に同意出来ないねっ」
「朱詩に賛成!!」
なんか、他にも他の側近達が自分達の思い神?か誰かの名前を口にしているが、そちらは聞かなかった事にした。
あと、それならと少女達を呼び寄せこちらに判断して貰うとかいうのはやめてくれ。巻き込まないでくれ。しかし、そんな使者の心の叫びも虚しく、少女達が呼び寄せられてしまった。
「で、なんであたし達が呼び寄せられて」
「仕方ないだろ? 『この軍で最も不細工な女性』を一度見たいって使者殿が言うから」
見事な蹴りが朱詩の腹部に決まった。使者含め、苑舞帝国から来た者達は拍手喝采でそれを讃えた。あと、誰が『この軍で最も不細工な女性』を要求した。そして、誰がそんな失礼極まりない要求をした。
「あんた、本気で失礼ね!!」
「失礼はそれを要求した帝国側だろっ」
そろそろ自分達は怒っても良いだろうか?だから帝国はそんな失礼極まりない要求はしていない。
「すまない、涼雪。実は帝国から『この軍で最も熊狩りの上手な女性』は誰か? と聞かれて」
そんな要求もしていない。
「まあ--でも、私よりも素晴らしい熊ハンターの皆様がいらっしゃいますし、私は若輩者ですから」
おっとりと微笑みながら、困ったように謙遜する姿は平均並の容姿とはいえ、男心にくるものがあった。なんだか見ている周囲までほんわかとした気持ちになってしまう。
「いえ、一度その素晴らしい手腕を見せて戴きたく」
到底熊狩りが出来るとは思えない容姿の少女だが、見せて貰えるなら是非とも見てみたいという気持ちにさせられる。というか、自分から言い出したくせになんでそんな風に睨むんだ、この軍のナンバー2は。
「……」
「ごめんね、葵花。なんか、アタシの子が見たいって」
良かった、ごく常識的な発言だった。あと、アタシの子って……いや、確か養い子だったか。それにしても、十代で十代の養い子とは。
葵花と呼ばれた少女は言葉こそ発しなかったが、こちらを見てペコリと頭を下げた。そして茨戯と呼ばれた青年の服の裾を掴み、隠れてしまう姿は小動物--。
「……持って帰りたい」
「あ?」
思い切り威嚇された。仕方ない、それだけ可愛らしかったのだから。ただ、妹として愛でたいと思っただけで、異性としての認識ではない。
「百合亜が一番この軍で美しいんだからっ」
「……修羅の言葉は嬉しいですが……ごめんなさい、私のせいで貴方の審美眼を大きく歪めてしまったのですね」
百合亜という少女は美しかった。確かにとても美しかった。しかし、確かにとてもキツイ感じがするし、特殊な好み--というのにも当てはまる。
なんというか、ピンヒールと鞭と三角眼鏡が合いそうな感じだった。
ただ、修羅という少女?と並ぶと、驚くほど柔らかい雰囲気となる。きっと彼女にとっては修羅という少女?は妹なのだろう。
まあ……男として認識されないのはかなり虚しいものがあるが。
「それで、貴方は誰が一番美しいと思うのですか? もちろん、果竪ですよね」
それを選んでいいのか?選んだら神質にされるんだぞ?
「その、神妻はちょっと」
「何故ですか?」
何故ですかもへったくれもない。それに、書状にはきちんと書いてあったではないか。
神質はただの客神ではない。
いや、客神にもなるが、場合によっては皇帝陛下の『後宮』に、と。
より強固な絆として、婚姻関係が結ばれる--『後宮入り』なんて事は珍しくない事だ。ただ、それが正妻になるか、それとも側室になるかは別として--いや、この場合は側室の可能性が大だろう。何せ、正妻予定は居るし。
ただ、それも必ずしもその様な待遇になるとは限らないが。
しかし、とりあえず神妻はまずいだろう。それに、果竪という少女を選んだら、この軍から総攻撃が来そうだ。
「萩波、使者の方が凄く困ってる」
「果竪の愛らしさに戸惑っているだけですよ」
「……」
お前、馬鹿じゃないの?という声なき声が聞こえてきそうな気がした。というか、聞こえてる。
「すいません、ご迷惑かけて」
謝られた、思い切り謝られた。あと、小梅と呼ばれた少女、涼雪と呼ばれた少女も頭を下げている。百合亜と呼ばれた少女と葵花と呼ばれた少女にも頭を下げられた。
「ってか、こんな大事な話し合いにあたし達を呼んでどうすんのよっ!」
「イタっ! 果竪が居るんだから良いじゃんっ」
「果竪は萩波の奥さんでしょ!」
「なら、小梅だってぼ、ぼ、ぼ--」
「あたしは萩波の奥さんじゃないんだけど」
使者には何が言いたいのか分かった。でも、小梅には分からなかった。それどころか、最悪な事を口にしてくれた。
「はぁ? 小梅が萩波の奥さんになんてなれるわけがないじゃない」
「何当り前の事を言ってんのよ」
「小梅なんて嫁に貰う相手なんて絶対に居ないんだからっ!! 馬鹿じゃないの?! 妄想もたいがいにしなよ!!」
小梅は無言で朱詩にプロレス技をかけた。
「あ、あの」
「すいません、話を続けて下さい」
幼い少女に諭される。というか、むしろこの少女達の方が余程大神な気がする。
「えっと……」
ただ、この少女達の前で『この軍で最も美しくて聡明な女性』を差し出せ--とは言いたくない。もう果竪という少女の前では言ってしまっているけれど。
「まあお望みとあらば、私が女性化して侍りますが」
軍のトップは、なかなか笑えない冗談を口にした。
だからそれはいらないって言ってんだろぉぉ!!
使者は心の中で叫んだ。来られても激しく困る。というか、奥方がいる身で侍るとかやめてくれ。
「……とりあえず、用が済んだのならもう戻るけど」
「いいよ、もう戻って」
「……」
再度、朱詩はプロレス技をかけられた。
「それじゃあ失礼します」
そう言って、小梅が他の少女達を率いて外に出ようとした時だった。
外で、爆発音が鳴り響く。
「っ?!」
驚愕する面々に、これが彼等にとっても予想外である事を使者は理解した。
「……侵入者です」
この軍のトップの言葉に、側近達はすぐさま行動を開始した。