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風の娘と帝王の鳥籠(大根と王妃の過去番外編)  作者: 大雪
第三章 風の娘は帝宮で保護される
19/23

将軍夫神も拠点も将軍を待ち続ける

「萩波、遅いね~」

「きっと話が長引いているんだろう」


 楓に謁見の間に引きずり込まれた果竪は、泣きながら室内から出てきた。幼いが、決して可愛くも美しくもない容姿だが、チマチマと動く姿はハムスターの様に可愛らしく--結果。


「これ食べるか?」

「内緒だぞ」


 と、謁見の間を守る武官二神からお菓子を貰っていた。

 武官達は二十代半ばの美しい青年達で、話を聞けば同じ年頃の妹が居るらしい。今は遠く離れて暮らしてはいるが……その妹を思い出した彼等は、果竪に優しかった。

 まあ、年の離れた妹は得てして可愛いという者達が多いが……貰ったお菓子を一生懸命美味しそうに食べる果竪は確かに可愛い。


 両手で貰った饅頭を、近くの欄干に腰をかけて食べる姿は鉄線でさえ叫び声を上げたいぐらいに、可愛らしかった。


「なんか癒やされる」

「普通顔万歳」


 普通顔だが、何故かとてもホッと出来る--そんな顔立ちなのだ、果竪は。


「ん? もう食べないのか?」

「後は萩波にあげるの」


 そうしていそいそと刺繍入りの美しい布を取り出し、大切そうに包む果竪は、もう一つの残りを鉄線に渡した。


 お裾分け--。


「なんだあの可愛い生き物!!」

「やべえ--欲しい」

「神妻だから止めてくれ」


 武官達を止めながら、鉄線は果竪から分けて貰った饅頭を頬張った。爽やかな餡の甘さがとても美味しかった。


「楓お姉ちゃんの謁見も長いね」

「そうだな……」


 あれだけ楓を求めていた皇帝陛下が、ようやく楓を自分の所に呼び寄せたのだ。それが謁見の一時的な物--そんな短時間で謁見が終わるわけがないと鉄線は踏んでいた。


「でも、楓お姉ちゃん綺麗だったね~! 本物のお姫様みたいだった」


 うっとりと頬を染めて話す果竪に、鉄線も頷いた。楓の姿を見た時、確かに鉄線もそう思ったのだ。ただ……着慣れている感というものは感じられなかったが。似合ってはいるが、着慣れていない。まあ、庶民にならそういう事も多いだろう。


 もし楓が貴族の子女か何かなら--と考えたが、それは鉄線の考えすぎだったかもしれない。


 楓の失った記憶を気にする者達は実は多かった。それは、別に好奇心というのではなく、もし楓の帰りを今も待ち続けている者達が居るなら……という意味でだった。彼女を本当に大切に思う者達が居て、今も帰りを待っているとしたら、それは本当に辛く苦しい事だろう。


 もしそうでないなら楓はずっと軍に居れば良い。でも、もしそうでないなら……。


「楓……という少女ととても仲が良いようだな」


 武官の一神が口を開いて果竪に問いかけた。


「うん、私の姉代わりみたいな感じなの」

「楓は果竪を妹みたいに思っているしな」


「妹……」


「まあ、一番最初に楓を拾ったのは果竪だからな」

「拾った……ああ、確か楓という少女を助けたのは将軍夫神だったとか」

「いや、助けたっていうか」

「助けただろう? あの日は、上流で山津波が発生していた。もし、果竪があの時に力ずくで楓を引きずり上げて岸辺から離してなければ、流木混じりの土石流で楓は死んでいた筈だ」

「っ--」


 武官達が声を無くして目を見開くが、果竪はそれに気付かずに鉄線に反論した。


「いや、結局一神で引きずれたのはほんの少しだし、他はみんなに手伝って貰ったし」

「それでも一番先に見付けたのは果竪だ。はっきりいって岩陰で普通は気付きにくい。けれど、土石流が起きれば間違いなく楓は助からなかった」

「そんな事ないんだけどなぁ」


 う~んと首を傾げながら「私は特に何かしたわけでも……」と呟きながら武官達を振り返った果竪は、ギョッとして声を上げた。


「あの、どう、したんですか?!」


 武官達はそれぞれ涙を流していた。それには鉄線も驚いた様で、どうしたのか?と問いかける。


「……いえ、何でも無いです」

「その、楓という少女の命が助かって良かったなと思って」

「うん、楓お姉ちゃんが無事で良かった! それに、体中傷だらけで、顔にも大きな火傷をしていて……これからは幸せになって欲しい」

「そうだな--いや、楓なら良い相手と結婚出来る筈だ。少なくとも、楓の怪我を揶揄する様な輩はまず問題外だ」


 鉄線は鋭い口調で告げた。


「記憶喪失の楓を丸ごと受け入れてくれて、なおかつ楓の傷を揶揄する事なく、全てから守れるような度量の大きい男が良いな。何かあった時に楓を抱えて逃げる脚力も必要だが、なんといっても家庭を支えられるだけの稼ぎも必要だ。あと、優しくないと駄目だ」

「鉄線の基準って厳しいよね」

「最初から基準を下げてどうする。それに、楓の事を馬鹿にする奴だけは絶対に認められない」


 既に果竪の時に失敗している。せめて、楓だけでも--。


 鉄線は、自分が知らぬうちに萩波に喰われて妻にされた果竪を見る。不憫すぎて涙すら出ない。



 --と、そこに場を離れていた菖蒲が戻って来た。


「遅くなって申し訳ありません。近くに休憩室を設けましたので、そちらでお茶でも--」


 菖蒲はそこで、ボロボロと今だに涙を流している武官達に気付いた。


「ど、どうしました?」

「--いや」

「……後で話す」


 その後、菖蒲も涙を流す事になるが、とりあえずそれを知る由も無い果竪は鉄線と手を繋いで案内された部屋へと向かったのだった。



 それから萩波が戻ってきたのは、二時間以上も後の事だった。






 シクシクと泣く声が拠点に響く。

 先の襲撃で負傷した者達は、多くは無いが少なくも無い。

 特に年少組の子供達は怪我はなくとも濃い瘴気で体調を崩していた。


 茉莉花(まつりか)という十歳になる少女が居る。

 彼女は、瘴気だけではなく怪我も負った、それも顔に。


 別に普通顔だから、彼女が怪我をしても男の娘や美男美女が怪我をした時の様に周囲が騒がしくはならないが、彼女だって女だ。


 いくら薬にも毒にもならない……平凡で地味な顔立ちだって、顔に傷が付いたらお嫁に行けなくなる--という思いはあった。


 ただそれを周囲に悟らせないようにするだけの気遣いを持ち合わせていた彼女は、それでも一神になるとシクシクと泣いていたが--それがバレた。


「茉莉花、どしたの?!」


 小梅にバレたのだ。

 普通顔は普通顔同士で、男の娘は男の娘同士で、美男美女は美男美女同士で--と、何とかなく似た様な顔で集まるのは共通した悩みがあるからか。


 涙目で自分を見上げる茉莉花を宥めて話を聞いた小梅は、どんっと自分の胸を叩いた。


「大丈夫よ! もし結婚出来なかったらあたしが貰ってあげるから!」


 ちなみにこの台詞、他の相手にも小梅は言っていた。それだけ聞くと、とんだタラシだが、彼女の場合は違った。


 そして--


「でも、小梅ちゃんも結婚しちゃう」

「え?」

「だって果竪ちゃんもそう言ってくれたのに、結婚しちゃって他の神をお嫁に出来なくなっちゃったよ?」


 果竪が結婚するまで、果竪がいの一番にそう言っていた。しかし、その果竪は萩波の嫁にされた。いや、嫁にされたのだから誰かを嫁にするのは大丈夫--なわけはないが、でも出来そうかもしれないという、果竪の今までの男気を思えばそう思う者達も多かったが。


『果竪の妻は私です!!』


 と、年甲斐もなく--まだ未成年だけど--鬼気迫る顔でそう断言した萩波の恐ろしさに、果竪に貰ってもらうという選択肢は軍の少女達の中から消えた。

 もちろん果竪は悪くない、悪くないけれど、夫になった相手が悪かった。


 あの果竪でさえそうなのだ。

 小梅だってこう言ってくれているが、彼女も誰かの妻になればそれは難しいだろう。


「大丈夫よ、私、結婚出来ないし」


 小梅はあっさりと言い切った。


「出来ない?」

「そうよ、涼雪ならまだしも」


 いつものんびりほんわかおっとりな涼雪は、見た目は平凡でもその滲み出る温かく優しい雰囲気にグッと来る者達は結構居た。ただ、彼女の場合はそういった者達が特攻を賭ける前に既に勝負が決まっていた。


 そんな不埒な思いを抱いて近づいたが最後、軍のナンバー2に消されてしまう。


 見た目は妖艶な美姫だと言うのに、何故か涼雪が関わった時だけは大魔王と化す明睡。涼雪がマタギスタイルで嬉しそうに微笑んでいる時でさえ、その隣に並べば幼気なマタギをたぶらかす大魔王だった。


 きっと、熊達は涼雪を守る勇者かもしれない--なんて、現実逃避をした者達は思ったという。


「--小梅ちゃんだって絶対結婚出来るよ」

「だから、私が結婚出来るなら茉莉花が」

「茉莉花の方が結婚出来るよ。小梅は絶対に無理」


 しっとりとした美声で酷い事を口にした相手を見て、茉莉花はギョッとした。そこに居たのは朱詩だが、彼は何故かとても怒っていた。


「今更だけれど、普通女の子に言う台詞じゃないわよね?」

「小梅が結婚なんて絶対に無理!! こんなお転婆で気の強い奴、誰が嫁にしてくれるんだよ!」

「私が嫁に貰ってもいいわ」

「男をかよ!」

「専業主夫って良い言葉よね!」

「働かせろよ! 少しは働くチャンスを与えろよ!」


 それで専業主夫になるならそれはそれで良い。本神達が良いのなら、周囲がそれに対して何か言う必要は無いのだ。


 別に専業主婦という職業があるのだから、専業主夫が居ても問題は無いだろう。ただ、小梅はやるといったらやるから、この様子では夫を最初から専業主夫にさせるかもしれない。


 だが、朱詩は小梅一神養えないような男、むしろ小梅に養って貰う様な男に小梅を渡す気はなかった。


 世間がどうだろうと、専業主夫は立派な職業だろうと、尊敬出来る職業だろうと、周りがそうであろうと、小梅に関しては関係無いと朱詩は断言する。


「ってか、女の子の会話に入って来ないでよ」

「どこが女の子の会話だよ! 幼気な子供を悪の道に走らせようとしてっ」


 小梅十三歳、茉莉花十歳。確かに三歳も差があるが、小梅だって成神前の子供である。朱詩よりはずっとずっと子供である。


「煩いわね! そもそも、茉莉花がこんな風に悩ませちゃうぐらい、周囲にロクデモナイ男しか居ないのが問題なんでしょう!!」


 小梅の叫びに、朱詩は反論しようとした。が、視界の隅にそれが映り込んで黙った。


 茉莉花の近くには居ると思ったけれど……。



 古参メンバーの一神であるその少年は、茉莉花よりも三つ年上の少年だった。背丈は茉莉花と変わらないが、その美貌は驚く程美しく女性的だった。男の娘とは違うが、それでも男女問わず魅了する容姿は正に極上の麗神と言えた。



「茉莉花、唯憐(ゆいれん)が居るけど」

「……」


 茉莉花は、「ゲッ」という顔付きになった。

 この唯憐。茉莉花が軍に拾われた時には既に軍に居た古参メンバーに所属する。本来であれば茉莉花は近づく事すら敵わないヒエラルキーの上位に居る存在だが--むしろ、何故か向こうから近づいてきた。


 無言で食べ物を差し出されたのは良い。

 けれど、茉莉花の顔を見てハラハラと朝露の様な涙を流された挙げ句、何かにつけて構おうとする。寝て起きたら添い寝だって何度もされていた。


 嫁入り前の女の子に何をするのかと正座させて問い質すが、彼はほんわかと微笑むだけだった。


 唯憐は滅多に喋らない。声が出ないわけではないが、彼が話をするのは萩波ぐらいと言われている。そこに、最近では果竪も加わっている。


 茉莉花でさえ声を聞いた事は無い。

 しかし、唯憐と同じ古参メンバーの美しい者達曰く


「気に入られたんじゃないか?」


 だった。

 言っておくが、何にもしてない。

 茉莉花は唯憐に対して何もしていないどころか、軍に入るまでは初対面だった。軍に入った後も特に自分からひょこひょこと唯憐に近づいた覚えも無い。


 だと言うのに、唯憐は茉莉花に近づいてくるのだ。



 小梅はポンッと手を叩いた。


「あ、唯憐なら正確に判断してくれるわよ」


 何を?

 とにかく、茉莉花は嫌な予感がした。


 祖母の遺言で、美形というか男の娘には関わるなと言う教えがあった。平凡顔の祖母は、何故だか婚約者に捨てられた後に、それはそれは美しい男の娘と結婚したという。いや、正確には結婚したのではなく、強引に迫られて攫われた末の事だったらしい。


 しかし、結局、その夫を巡って権力者達が争い、祖母は命からがら産まれた同じ平凡顔の娘を抱えて逃げ延びたという。


 何度も暗殺されかけた末だったらしいが、とにかく深い山の中に逃げ込み--そこで子を育て、麓の村から娘の婿を取り、そして茉莉花が産まれた。


 もう両親も祖母も居ないけれど--もしかしたら祖父はどこかに居るかもしれない。


 あれほどの美貌の男の娘なら、争った権力者達が絶対に死なせないと祖母は言っていた。まあ、誰かが手に入れてもまた新たな者達が加わる等して、根本的に争いは終わらないとも言っていたが。


 だが、祖父の方はどう思っているのだろう?


 逃げなければ子供ごと殺されていた祖母。

 けれど、自分を置いて逃げた祖母の事を。


 祖父は知っているのだろうか?


 もう、逃げた妻も娘も、ずっと前に冥府に旅立ってしまったという事を。



 後に茉莉花が今も生きて権力を握り尽くした祖父に見付かり、実は唯憐がそんな祖父お気に入りの養い子である事を知るのは、大戦終結間近の事となる。



 茉莉花は残念な事に祖母似だった。

 母も祖母似だった。

 ある意味、母以上に祖母に似ていた。



 それがある意味不幸だったかもしれない。


 だが彼女は言いたい。



「私の神生を勝手に売り買いしないで!!」



 唯憐を許嫁として紹介されると同時に、婚儀は一ヶ月後ですと言われた彼女の叫びである。



 そう--一応世間一般では男の娘や美男美女の意見が無視される事は多いが……実は普通顔でもそういう者達は結構居るのだった。



「萩波達、遅いなぁ」

「まあ気にしなくてもその内帰って来るんじゃない?」



 全力で逃げる茉莉花を恐ろしいスピードで追いかける唯憐を見つつ、それを止めようとした小梅を暴言で止めた朱詩が思い切り小梅に蹴り飛ばされるのを見た古参メンバーは、とりあえず萩波達の事は余り心配していなかった。


「それよりも果竪が心配だよ!」

「そうだ、皇帝がもし変な気を起こしていたらと思うとっ」


 それどころか、苑舞帝国の皇帝陛下にとんでもない疑いをかけた挙げ句、全力で失礼過ぎる暴言を吐いている始末だった。

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