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風の娘と帝王の鳥籠(大根と王妃の過去番外編)  作者: 大雪
第三章 風の娘は帝宮で保護される
18/23

風の娘は謁見し、皇帝と反乱軍将軍は密談を交わす

 ドスンと倒れ込んだ楓は、それでもしっかりと果竪を抱き抱えていた。慌てて鉄線が駆け寄ってきて果竪を引き離そうとするが、楓は激しく抵抗した。

 果竪は命綱だ。離されてしまっては楓は死んでしまう。


「楓、良い子だから果竪を離して」

「嫌です!!」

「みぎゅぅぅ……」

「果竪は精神安定剤入りぬいぐるみでは無いんですが」


 萩波はほとほと困り果てた。まあ、突然皇帝陛下との謁見をさせられる楓を思えば仕方ない所もある。ただ、このままでは果竪は圧死しそうだ。


「というか、残念な事に私達は皇帝陛下と謁見出来る許可を貰えていません。もちろん、果竪もそうです」

「果竪は私お気に入りの神形なので大丈夫です!!」

「そもそも皇帝陛下との謁見に神形を携えて行く方が礼儀に反しますし、果竪は神形でもぬいぐるみでもありません」


 萩波はベリッと果竪を楓から引き離した。そして、ゼイゼイと肩で呼吸する果竪を抱き抱えると、鉄線を伴い無情にも楓を残して部屋を出て行った。


「酷い……」


 楓はシクシクと泣いた。化粧が崩れたって構う物かと涙した。


 はっきりいって凄い顔になっていると思うのだが--。


「ほんに、そなたは面白いのう」


 シャラリと簪の鳴らしながら、後ろから甘い美声が聞こえてくる。楓はそれに体を震わせたが、まるで自分の意思とは反する様に気付けば体が勝手に後ろを振り返っていた。


 そこに居たのは--。


 例えようもない美しい絶世の美女--。

 長い黒髪を美しく結い上げ、宝石の様な青い瞳に楽しそうな光を宿している。


 が、酷く蠱惑的な色香を匂い立たせる様は、見る者達の理性を一瞬にして奪い去る程の力を持っていた。


 だが--楓はその色香を前にして理性を失う以上の衝撃を受けていた。


 何と言うか……


 恐い


 楓は後ろに後ずさった。


「よく来てくれたのう--ああ、自己紹介がまだだった」


 自己紹介?


 いや、目上が目下の者に先に名乗るのは--。


「我の名は淑芳。宜しく頼む」


 その名を名乗った時、皇帝はどこか忌々しそうな目をした。しかし、緊張と恐怖に包まれている楓は気付かなかった。


「そなたの名は?」

「……あ、え、えっと」


 まごつく姿は、とても洗礼されているとは言い難い。しかし、本来であれば失笑物の楓の行動に皇帝--淑芳は、にこやかな笑みを浮かべたまま彼女が名乗るを待っていた。


「私、は」


 楓は必死に喉から声を絞り出した。


「楓と、言います」


 楓--名前も知らない彼女に付けられた名前だ。大切な大切な宝物である。


「……楓」

「は、はい」


 名を呟いた淑芳は暫し何かを考えたが、まるでその何かを振り払う様に軽く首を横に振り--楓の方に一歩足を進めた。


「あ、あの?」


 こちらに近づいてくる淑芳に楓は後ずさった。

 優雅に長い裾を捌き、艶やかさが服を着て歩いているかの様な歩みは正に洗礼の極みだった。


 しかし、何故だろう?


 楓には、大魔王が地震を起こしながらゆっくりと近づいてきている様にしか思えない。


 一歩近づく度に一歩後ずさる。

 そうしてとうとう、背後には先程入ってきた扉が迫ったが--。


「ひっ!」


 背中が扉に当たり、思わず楓はその扉を押し開こうとした。けれど、扉は開かない。


「な、なんでぇ?!」


 閉じ込められた--酷い、酷すぎる。


 飢えた肉食獣と一緒の檻に入れられた気分だ。さしずめ、楓は餌だろう。それも、食べたら腹を壊すような餌だから、これ以上近づかないで欲しい。


「楓--」


 とうとう追い詰められた。と--淑芳が楓の顔を挟むように、両手を扉へと付いた。


 まさか一緒に押してくれるわけでもないし--。


「どうして逃げる?」

「う、ぇ」


 逃げる--いや、確かに逃げている。はっきりいって、普通なら皇帝陛下から逃げるなど、無礼の極みであり、処刑されてもおかしくはないだろう。


 だが、パニックになっている楓の頭は最早オーバーヒート寸前であり、そんな事すら思いつかなかった。


「我が--この俺が恐いのか?」

「こ、恐くない、です!! 恐いなんて事--俺?」

「なんだ? この喋り方は嫌か? もっと丁寧なのが好みか? それとも、もっと野蛮なのが」


 耳元で囁かれ、楓は言葉に詰まった。いや、言葉に詰まるというよりは、更にパニックになった。


「同じなのに」


 淑芳は楓の耳元で告げた。


「同じ、なのに……顔も、声も、全部」


 自分よりも少しだけ身長が高いのも。


 そう--淑芳より少しだけ楓の方が身長が高かった。だが、これでも淑芳は大きくなったのだ。これから先だってもっと身長は伸びるはずだ。


 年齢差は--どうにもならないけれど。


 まだ成神まで少しある淑芳は、そうやって楓の耳元に更なる囁きをもたらそうとした。



「きゅぅぅ」



 楓はずるずると座り込み、そのまま倒れた。


 これで何度目の気絶か楓にも分からない。けれど、とにかくもう一杯一杯だった。


「……気を失ったか」


 淑芳はそう呟くと、意識を失った楓の体を抱え上げた。その容姿からはおよそ信じられない腕力で、見た目的にも違和感ばかりの光景。むしろ、淑芳の方が抱き上げられて然るべきである。


 しかし、淑芳は楓をお姫様抱っこしたまま、奥にある扉に向かおうとした。



「何処に連れていくつもりですか?」

「……」


 振り向かずには居られない美声に少しだけ滲む焦りの声に、淑芳はクスリと笑ってゆっくりと振り返った。


「入室を許可した覚えは無いが--」

「ええ、許可された覚えはありません」


 部屋の扉は確かに閉まっている。しかし、その扉を背に寄りかかる様にして、萩波は腕を組みこちらを見ていた。


「奥方を残して良いのか?」

「鉄線が側についていますから。それに、上に立つものとして、下のものを守るのは私の義務ですから」


 そう言った後、萩波は笑った。


「それより、その話し方、どうなんですかね?」

「……」

「そろそろ、普通に話をしたらどうですか?」

「……」

「楓には素を見せたのに、私には見せて下さらないんですか? まあ仕方ありませんね。貴方は女帝なんですから」

「女帝--」


 淑芳が小さく呟く。


「ええ、そうでしょう? 多くの男達が貴方を巡って戦い、貴方を手に入れる為に国同士さえ争った、麗しの前皇妃様」

「もう皇妃ではない」

「だから前皇妃なのです」

「黙れ、その言葉を俺の前で口にするな--穢らわしい」

「ですねぇ--意思を無視し、国を滅ぼされて強引に捕虜として連れ攫われた挙げ句に前皇帝陛下の正妃にされてしまったのですから。ああ、元々貴方という花嫁を迎える為に国は滅ぼされたんでしたっけ?」

「……」


 淑芳が向ける凄まじい視線に、萩波は小さく笑って受け流した。


「それでも貴方は耐え抜いた。耐えて耐えて、そして機会を待って遂にこの帝国の皇帝となり、国を掌握した。貴方は今やこの国のトップなのです。例え、国を興した一族の血を引いてはいなくても、貴方には一族と繋がる術がある--前皇帝の末皇女」

「……」

「正妃候補でしたね。ええ、貴方がとてもとても大切にしているという--つまり二神は想い合う仲という事でしょう。にも関わらず、別の女性にこの様な……ああ、構いませんね。そもそも貴方は『後宮』に男女問わず数多の花を咲かせているのですから」


 クスクスと笑いながら萩波はその事実を口にする。それは、苑舞帝国なら誰もが知っている事実だ。女帝の『後宮』に咲く花は、どれもが極上の花。


「貴方は、楓を『後宮』の花に加えたいようですね?」


 客神扱いしろ--と暗に訴えても絶対に拒んできた皇帝陛下。萩波は揶揄も含めてそう問いかければ、淑芳は静かに自分を揶揄する男を見つめた。


 そして--


「貴様に何が分かる」

「分かりませんよ」


 萩波は素直に言った。


「ただ、貴方が何故か楓に執着し、そして楓を『後宮』に加えたがっている。けれど、楓は貴方が自分を神質として要求している等」

「神質じゃない」

「はい?」


 今この男は何と言ったのだろうか?


「私、耳が悪くなってしまったのでしうか? 何やら幻聴が」

「分かる筈が無い。お前に、お前達なんかに」

「むしろ全てが分かっていた方が変だと思いますけどね。それに分からないと言うなら、教えて貰いたいぐらいですが」

「……そうすれば、楓を渡すか?」

「楓が望めば--ただし、彼女に無理矢理言う事を聞かせたり、彼女の罪悪感を利用するのは無しですが」

「……どうしてそこまで、お前達は楓に拘る? 記憶喪失の……素性も知れない女ではないか」


 何処か吐き捨てる様に言う淑芳の様子に、萩波は暫し彼を見つめたが……間もなく、小さく溜息をついた。


「楓は私達の仲間ですからね」

「仲間、か」

「そうですよ。それに、拾ったからには最後まで責任を持たないと」


 萩波は優雅な動きで扉から背中を離した。その瞳は、しっかりと淑芳を捉えており、少しの動きも見逃さなかった。


「……お前は、楓の過去が気になった事はあるか?」

「過去は過去です--ただし、無くしても構わないというものでは無いでしょう」


 萩波にも取り戻したい過去はあった。けれど、それが二度と取り戻せないと知っているからこそ、彼は前を向いて歩き続けた。


 ただ、もしその過去に手が届くなら、まだ間に合うなら……萩波は戻るという選択肢を選んだかもしれない。


「……もし、楓が大罪神だとしても?」

「何をもってして大罪神と言うのでしょうか?」


 萩波は逆に問いかけた。


「殺神? 強盗? 恐喝? それとも、大量殺戮? ああ、他にも色々とありますね。ただ--私達と何が違うのでしょうか?」

「……」

「私達はおよそ、今の世では大罪神と呼ばれるに相応しい行いを沢山してきました。しかし、そうしなければ私達は誰も生きてはいけなかった。そういう事をしていない者達も確かに軍には居ますが……古参メンバーやそれに準ずる者達の多くが、美しいと言われる者達の多くがそれを選択しなければ生き抜く事は出来なかった」


 それ程の地獄を見せられた。

 殺さなければ奪われ続ける神生だった。


 誰も助けてくれなかった。


 自分達が囚われ奪われる事こそが常識、正しいと言われていた。


 何故?


 守りたいもの全てを奪われ、自分の全てを奪われ。


 誰も助けてくれなかった。

 ならば、どうすれば良かった。


 殺す事はいけない事だ。

 奪う事はいけない事だ。

 相手を陥れる事は悪い事だ。


 ならば、何故それをしないで済む様な神生を天は与えてくれなかった?


 自分達の為に、誰かが殺される様な神生を与えたのか?


 大切なものを守る為にその手を血に染めた者達だって多かった。自分を守る為に相手を傷つけた者達だって居た。


 罪悪感に震えた者達が居た。

 恐怖と絶望に死を願った者達も居た。


 ただ、それでも生きると決めた時、覚悟したのだ。


 いつか、自分達の行いで地獄に落ちる時が来たとしても--その道を選んだのは自分達だ。


 だから、絶対に後悔しない。


 例えどれ程の苦痛をもたらす未来が待ち受けていたとしても、許されない事をしてしまったとしても。それを選んだのは、自分達だ。


 殺されても仕方の無い者だって居る。

 でも、だからといって殺しても良いという事にはならない。


 しかし、その禁忌を犯し、それについて覚悟を決めたのなら--それら全てを受け入れる。



 そう-ー大罪神なのだ、萩波達は。


 だからもし、楓が大罪神だとしても--それが何だと言うのだ。自分達が楓に何を言えると言うのか。


 それに--。


「私個神の意見ですが、そもそも楓は大罪神では無いと思いますが」

「……真実を聞いても、か?」

「真実、ですか」


 妖艶な笑みを浮かべ、楓を抱き直す淑芳を見ながら萩波は首を傾げたのだった。


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