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風の娘と帝王の鳥籠(大根と王妃の過去番外編)  作者: 大雪
第三章 風の娘は帝宮で保護される
17/23

風の娘は衣装に悩まされ、将軍夫神は巻き込まれる

 表情の優れない百合亜の様子に、百合亜大好き百合亜命の修羅は、心配そうに声をかけた。


「百合亜、どうしたの?」


 新しい拠点は帝都内の帝宮のすぐ側だ。監視はあるとはいえ、帝都の外よりも安全面は増したし、物資の補給もずっと楽になった。


 百合亜は戦闘時以外は、弟分で医師の仕事を担う修羅の手伝いをしている。本当は忠望の側で薬師見習いをする予定だったが、修羅が強引に自分の側に置いたのだ。ただ、それでも神が足りない時には薬師の真似事をしている為、医師兼薬師みたいな存在になっていた。

 百合亜が元気が無い時は、医師兼薬師の仕事をしている時に多い。


 誰か具合の悪い者が居るのか?


 普通なら自分以外に百合亜の関心を得る相手は腹立たしいとしか言えないが、それが病神怪我神となれば別だ。修羅は自分で思うよりも医師として立派に成長していたし、そういう面からしてもまず自分の気持ちを押し殺して患者を優先する所は立派な医療神と言えた。


「ごめんなさい、修羅にまで心配かけてしまって」

「僕のことは良いの。それより本当にどうしたの?」

「……果竪と楓の事が気になって」

「ああ」


 二神とも先の襲撃で大怪我を負っていた。果竪は鉄線と二神がかりで治療し、見た目の怪我は癒えた。しかし、楓はすぐに帝宮に連れて行かれた。治療は順調に進んでいるとは聞かされていたけれど、やはり心配なものは心配だった。


 治療の詳細を治癒師が教えてはくれていたが、そろそろ修羅も自らの目で確かめたいと思っていた。自分が駄目なら鉄線を向かわせても良い。


 だから今回、楓が皇帝陛下に謁見するという事態には驚いたが、その謁見の行き帰りの付き添いとして果竪が同行する事になったのは、正に渡りに船だった。

 果竪もまた病み上がりだから、鉄線を同行者として付き添わせ、楓の様子を見に行かせるには何の不都合もないし、向こうだって拒めないだろう。

 果竪の付き添いをしつつ、そっと側で見るだけ--それにどんな文句をつけられるだろうか。


 ただ、まさか萩波まで付き添いで行ってしまうとは……予測していたけど実際にやるとは思わなかった。いや、思っていたけど、突き進む勇気に修羅は萩波の底知れない物の一端に触れた様な気がした。


 しかし、いくら楓が三回の襲撃で頑張ったし、自身も死にかけたとはいえ、まさか皇帝陛下自ら謁見の場を設け、会おうとするなんて思わなかった。

 いや、楓を神質として寄越せと言っていたから、全く不思議ではないが--。


 ただ、修羅--いや、古参メンバー達には心配もあった。それは、自分達が楓に伏せている事実--皇帝陛下が楓を神質として望んで居るという事は古参メンバーやそれに準ずる者達の中で秘密となっている。


 だから、もし皇帝陛下がそれを伝えるという目的も持って、今回の謁見を行なおうとしているとしたら--。



『大丈夫ですよ、偉大なる皇帝陛下はそこまで卑小な輩ではありませんから』



 こんな事ならもっと早くに楓に話をしておくべきだったか?

 周囲を気遣い頑張りすぎる所のある楓が皇帝陛下から直々に話をされてしまえば、軍の事も思って頷いてしまうかもしれない。

 何の心の準備もさせず、嫌だという選択肢があるのだと彼女が知る前に彼女を窮地に追いやってしまう事になるかもしれない。


 だが、そんな風に不安を覚えた修羅達に、萩波はあっさりと笑って大丈夫だと言ったのだ。



「でも、萩波……」

「それにもしそうだとしても、私が渡しませんよ」


 そう言って微笑む萩波に、修羅達は顔を見合わせた。例え萩波が許可しなくても、本神が皇帝陛下の前で同意してしまえばどうなるか分からない。むしろ、これ幸いと向こうは正式な回答としてしまうかもしれない。


 だというのに、萩波はあっさりと「大丈夫」だと言うのだ。


 そしてそんな萩波を見ているうちに、修羅達もなぜだか大丈夫だという気持ちになっていった。


 大丈夫


 そう、大丈夫


 自分の意思を無視されて、散々好き勝手されてきた者達は多い。


 もちろん、楓に神質の件を伝えて居ない時点で、彼女の選択肢の一つを確実に奪い取ってはいる。けれど、楓の性質を考えると--彼女は自分の気持ちを押し殺してでも同意してしまうだろう。だから、そうならないような手段を考え、とっていかなければならないし、その上でなければ楓に話をする事はしたくなかった。


 今の時点では、どう考えても彼女が頷かざるを得ない状況である事が強い。


 楓が犠牲になる事は無いのだ。

 楓だけではない。


 誰かを神質にせずにすむ方法があるのなら……そちらの方が良い。



 悲惨な過去を経験し、大きく歪み粉々に壊れてもそう思える--そんな彼等は、普通に育っていればごく普通の心優しい他者を思いやれる者達に育ったかもしれない。



「百合亜」


 修羅は黙ってしまった百合亜を再度促す。


「……いえ、楓は大丈夫ですね。あの方は大神ですし」


 大神でも駄目な者達は多い。

 しかし、楓は最低限の礼儀作法はしっかりしているし、時折驚く程の胆力を見せ、ハッとする様な素晴らしい礼儀作法を見せる事があった。本神は気付いていないし、本当に時々だが……もしかしたら、どこかの良い所のお嬢さんだったのかな?と思う時もあった。

 記憶を失ってもそういう所作は忘れない者達も居るが、それらを忘れてしまう者達だって居ないとも限らない。


 もし楓が記憶を取り戻したら、彼女は常に完璧な所作を見せてくれるだろうか?


 ただ、あれほどの怪我をしてあんな状況で見付けられて……それを考えると過去を思い出すのが必ずしも良い事では無いと修羅は思っていた。


 もし悪い奴らに追われていたら?

 殺されかけていたら?


 彼女にとって過去は悪夢だったら?


 それを考えると、思い出さなくても……と思ってしまう自分が居ることを修羅は気付いていた。


 もしかしたら、楓の帰りを待っている者達が居るかも知れない。そういった者達からすれば、楓が記憶を失っている事は酷く悲しく、なんとしても記憶を取り戻したいと願うだろう。


 楓の立場から。

 そして、もしかしたら居るかもしれない、楓の帰りを持つ者達の立場から。


 両方を考える度に、修羅は悩む。


 特に、ボロボロの状態で見付かった時の楓も知っているし、軍で段々と笑顔を見せ、軍に拾われた事を「幸せだ」と言い「みんなに出会えて良かった」と言ってくれる楓も知っている。


 そして、もし楓が記憶を失って忘れているのが自分達なら--。


「難しいね」

「修羅?」

「あ、気にしないで。それより楓は良いなら、果竪の事が気になるの?」

「え、ええ……今頃、果竪はどうしているかなって」

「ん? 萩波達が居るから大丈夫じゃない?」


 むしろ大丈夫じゃないなら、自分は何をするか分からないが。


「そう、ね。でも、ああいう所に行くのはあまりない事だし」


 その言葉に、修羅は何となく理解した。あまりこういう高位の相手の居る様な所に果竪は足を踏み入れた事は無い。

 そういう役目は、いつも古参メンバーやそれに準ずる者達の中でも見目麗しい者達の役目だった。むしろ、果竪達の様な平凡な容姿の者達はお呼びでは無い--と向こう側から拒まれる事の方が多かった。


「もちろん、果竪がそういう所に相応しくないなんて思ってませんが」

「その調子だよ、百合亜。大丈夫、果竪は頑張って立派に付き添い役を務めてくるよ」

「ええ、頑張る果竪は可愛くて……でも、そんな果竪に誰かが目を付けたら」

「その時は全力で潰すから大丈夫」


 何を?

 決まっている。

 誰を?

 それも決まっている。


「そもそも、鉄線や萩波が居るのに果竪に目を付ける奴が居るわけないじゃん」


 確かに鉄線と萩波は美しい--ただ、性別を超越した美しさの萩波はまだしも、鉄線は見た目だけは美少年である。

 それと比べられて、しかも負ける果竪--それが分かった時の彼女の心の傷はいかばかりか。


「でも、明燐は結構果竪の装いに力を入れてしまっていたし」

「いやいや、あんなの明燐のいつもの十分の一程度だよ」


 十分の一程度にしか力を入れて貰えなかった果竪。だが、それも全ては果竪の為である。皇帝陛下、いや、皇帝でなかろうと可愛い可愛い果竪に目を付ける輩から隠す為には必要な行為なのである。


 そんなわけで、百合亜と修羅は確実に果竪馬鹿の道を歩んでいた。




 で、そうやって装いに手抜きをされた果竪は身軽だった。そう--肩が大幅に露出する裾の長い衣装に、振り袖タイプの上着という、珍しくもない衣装は生地や装飾品を追求すればそれは驚く程豪華で華麗な物へと変化する。しかし、実際には生地は失礼に当たらぬ最低限度の物だし、装飾品も軽い物をほんの僅かばかり使用されていた。反対に、楓はある意味悲惨だった。


「……」

「……」

「……」

「……」

「素敵ですわ」


 うっとりとする菖蒲。彼女の目からすれば、それ程楓は美しかった。ただし、それは身内の欲目?いや、身内ではないがとにかく欲目からなるもので、楓本神からすれば結構危機的状態だった。


 衣装自体はまだ良かった。美しい青色の衣装の上衣は、肩が大きく露出する白いチューブトップタイプで、足元まで覆う長いスカート部分は幾重にも重ねられた薄い青から濃い青の色合いが美しい代物だった。

 腰巻きは銀色の美しい刺繍が施されたもので、更に上衣の上に羽織る羽織は淡い青色の薄い生地で作られていた。


 また、楓の纏う衣装を縁取る金の刺繍は、国宝級の職神の作と言ってもよい美しさだ。


 貴族令嬢--いや、それこそ皇族の皇女でなければ身にまとえないと思わざるを得ない程、その衣装は素晴らしいものだった。しかも、生地も帝国最高と呼ばれる代物である。


 --と、衣装だけならそれ程重くは無いだろう。果竪が身に纏う衣装もそれと似た様な作りをしているし。


 もちろん、楓の纏う衣装の方が金額的には重すぎるが、素材的には帝国で独自開発されている軽い生地を使用しているので、より軽い仕様となっていた。

 だからこそ、スカート部分に幾分布を沢山使っていてもそれ程ではないし、露わとなった肩を隠す様に羽織っている薄い上着と羽織だってそれ程の重さではない。むしろ、ヒラヒラと体の動きに合わせて長い裾や袖が舞う光景は天女の羽衣を思わせた。


 が--


 装飾品が重すぎた。


 頭の右上で髪の一部を団子にし、残りは背中に垂らした髪型にまず施された装飾品。小さな牡丹の花が数個と蝶の羽を模したそれは、金で作られていた。そこから伸びる三本の鎖の先にそれぞれついた宝石は、帝国で取れる最高級の『風碧』である。


 が、これがとても重いのだ。


 何せ、頭の装飾品はそれ一つではない。


 それ以外にも、宝石で出来た装飾品はまず楓の頭を重くし、首に多大なる負荷をかけた。


 そして、首、手首、足首、また腰の部分にも装飾品が施され、それぞれがとても重たかった。


 どれ程美しくても、装飾品は豪華になればなる程重たくなる。


 反対に、果竪の装飾品は小さな花飾りのついた簪が一本。余りに違いすぎた。


 よって--



「……」

「……」

「……」

「……」

「本当にお美しいです」


「死にそうになってますけど」


 鉄線が鋭くツッコむ傍らで、楓はへなへなと地面に崩れおち、それでも必死に立とうとする--生まれたての子鹿の様な状態になっていた。果竪が側に駆け寄り、何とか立たせようとしているが……そのまま二神揃って転がる方に鉄線は全財産を賭けたい。


 菖蒲の配下--他の四神の侍女達は楓を熱く見つめていた。自分達の仕事をやり遂げたと言わんばかりの笑みだった。


 その成果たる楓は今にもひっくり返り……いや、果竪もろともひっくり返った。


「--謁見辞めませんか?」

「何を言うのですか?! 将軍っ」

「いえ、あの状態では」


 皇帝陛下の前でひっくり返るという醜態を見せる事はまず確実だ。そんな事になったら、絶対に楓は立ち直れない。


「う、動けない」

「頑張って楓お姉ちゃん!」

「そうだ、頑張れ頑張れ!!」

「根性を見せる時だよ楓お姉ちゃん!!」

「女の底意地を見せつけてやるんだ!!」


「「諦めないで!! 根性見せよう!!」」


 とりあえず、果竪と鉄線が熱く楓を応援していた。というか、お前らそういうキャラか?


 いつの間にか熱いスポ根精神も眩しい応援方法を獲得していた妻と仲間に、萩波は黙って彼女達を見守った。


 が、問題はその後にも起きた。



 皇帝陛下の居る私的な謁見の間まで、その分厚い扉一枚となったその場所で騒ぎは起きた。扉を守る武官達は顔を見合わせたし、菖蒲も困り果てた。


「果竪、一緒に来て!!」

「え?」


 やはり一神で謁見なんて無理--とばかりに、楓は果竪を両手で引っ張った。そのまま中に引きずり込もうとすらしていた。


 本来はそれを止める筈の菖蒲は、泣きそうになる楓の化粧が崩れる方が気になり、武官達はその必死な楓の様子にただ戸惑うだけだった。


 まるで、扉の向こうには大魔王が居ます--と言わんばかりの楓の怯えっぷりが理解出来なかったのだ。居るのは、傾国の美姫よりも美しい皇帝陛下だと言うのに。


 だが、美しさも過ぎれば恐ろしいにしかならないという事を、武官達はすっかり頭から抜け落ちていた。


「楓、我が儘を言わないで下さい」

「これだけは譲れませんっ」


 そうして、萩波達が止めるのも拒み、遂には楓は果竪を扉の向こうへと引っ張り込んだ。


 これには向こうだって驚いただろう。


 突然、扉が勢いよく開いて女性と少女が転がり込んできたのだから。


 きっと忘れようにも忘れられない衝撃的過ぎる出会いだっただろう。


 何せ--



「ああ、皇帝陛下!!」

「皇帝陛下が固まって!!」


 色気もそっけもない、甘さ皆無どころかびっくり箱級の驚きを別の意味で皇帝陛下にもたらした楓は、後にその事を周囲から散々からかわれる事となる。

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