風の娘は謁見の準備をし、軍から付き添い役が赴く
苑舞帝国皇帝陛下との謁見。
いや、実際には謁見と言うよりはお見舞いのようなものだったが、当然ながら赴くのは楓の方である。皇帝自身としては、自ら出向いても良いという言葉があっそうだが、やはりそこは皇帝の威厳というかそういうものが重要になってくる。
どこの世界に皇帝自ら下々の所に見舞いに来る国がある。
少なくとも神々の世界ではその様な事は無い。
という事で、皇帝陛下と会うという事で楓はそれに相応しい装いを求められた。病み上がりなのに。
拠点に来ていた苑舞帝国の侍女達が中心となり、楓を着せ替え神形の様に色とりどりの衣装を着せ替えられる。侍女達の衣装にかける情熱には凄まじいものがある。
しかも、今度はやれ装飾品やらと騒ぎ出す。
そんな彼女達の姿を見て、むしろ楓はその若々しさと華々しさに目眩がした。
彼女達が衣装や装飾品を手に集う姿は、楓が想像する高貴な姫君達そのもの。むしろ、話で聞いた『後宮』の一角の様な光景が出来ている気がする。というか、勿論妃嬪達は彼女達である。
「楓様、どうしました?」
楓は強い目眩に、寝台に座り込んだ。菖蒲がこちらを向き、心配そうに問いかけてくる。
「いえ、その、こういうのは初めてなので」
慣れないというかなんというか……。
その言葉に、菖蒲が顔を一瞬歪めた事に気付いた。いや、菖蒲だけではなく--。
「……これからはその様な事はありませんわ」
「え? あ、はい」
これから?
その言葉に、楓は首を傾げた。これからも何も、今楓がこの様な場所に居るのは一時的な物だと言うのに。
一応、菖蒲からは魔物に襲撃を二度も受けた事により、安全も考えて萩波の軍の拠点を帝宮の側に移したと言われている。
勿論、脅威とも言える萩波の軍を帝都内に引き入れる事には反対意見はあったが、そこは皇帝陛下の鶴の一声で収まったとか。
ただそれも、期間限定である事を強調しつつ、逆に下手すればそのまま魔物が帝都に入り込むのを萩波の軍がその身をもって防いでくれた--という感じで話を持っていったそうだ。
実際、最初の帝都での襲撃で、帝都の民が萩波の軍にの者達に助けられたケースが幾つかあったので、その説得は必ずしも嘘とは言えなかった。
また、楓が帝宮の敷地内に居るのは、一番重症だった事もあるらしい。因みに、果竪もこちらで治療をと申出たが、萩波が離さなかったという。それがありありと想像出来た楓は思わず苦笑してしまった。
ただ、今は果竪が居てくれた方が物凄く良かったが--。
他の怪我神や負傷者達には、帝宮近くに提供した土地に拠点を構える萩波の軍に治癒の術者
達を派遣しているというが。
「……あの」
「何でしょうか?」
金の糸で縁取りされた濃い青色の衣装を身に纏わされながら、楓は菖蒲に声をかけた。
「皇帝陛下には、一神で」
「勿論でございます」
一神で会う……一神で会う……一神で……
「……その、私達も側に」
菖蒲はそう言ったが、青ざめていく楓の顔色は変わらないどころか、むしろ酷くなっていった。
「……謁見はお一神ですが、誰か付き添いが要りますか?」
謁見までの付き添い、帰りの付き添いとして、楓は一神の存在の名を上げた。
菖蒲は、楓の付き添いとして呼ばれた相手に頭を下げた。
「まだ体調が戻っていない中、ありがとうございます」
「いえ、楓の為とあらば」
そう告げたのは、呼ばれた相手ではなかった。
「……何故、将軍閣下が此処に」
菖蒲は萩波を見て首を傾げた。確かに予想はしていたが、まさか本当に来るとは--。
「妻の行く所に夫が同行して何が悪いのですか?」
「ストー」
「はい?」
思わずストーカーと本音が出そうになった菖蒲は、萩波の放った威圧感の前に屈した。だが、誰がどう見てもストーカーではないか。
「えっと、お招き頂きありがとうございます」
「将軍夫神」
「はい?」
たどたどしいものの、一生懸命礼をとる果竪に菖蒲は微笑んだ。
「一度私と殿方についてお話しませんか?」
「え?」
得た情報では、彼女は無理矢理婚の被害者だとか。幼馴染みだろうと、本神の同意がなければ無理矢理婚は成立するものだ。むしろこんないたいけな少女がその犠牲になるなど--。
菖蒲の周辺にはそういった被害者は数多く居たが、それでもこの様な幼い少女が犠牲になって良いわけでは無い。
「他にも私、敏腕離婚専門弁護士と友達で」
「はい?」
二度目の脅迫混じりの威圧感に、菖蒲はそれ以上の言論の自由を封じられた。
「それで、もう一神の方も将軍夫神の護衛ですか?」
「護衛兼ドクターストップ係です」
「ストップ係じゃなくて本物の医師志望なんだが」
「医師でなければドクターストップは出来ませんよ」
そういう問題では無いのだが。
「私の名は鉄線と言います。この度は無理を言って同行させて頂きました。まだ果竪の体調が本調子ではありませんので、この度の役目を果竪が滞りなく勤められるように支えられればと思いまして」
完璧な礼儀作法。
しかし、それは男ならば--だ。
紳士としか言いようのない出で立ちは、正しく完璧な美少年。
後頭部で一つにまとめた長い濃紺の髪、スッとした切れ長の瞳は藍色。
長身の気品に溢れた容貌は、貴公子と呼ぶに相応しい。
また身につけている衣装も男物のそれだった。
しかし、菖蒲の目からすれば、それでも失わない女性としての美しさも兼ねそろえており、どちらかというと男装の麗神という印象が強かった。
菖蒲の側で、他の侍女達がほんのりと頬を赤く染めている。
確かに、男ならばさぞや女性にモテただろう。
しかし鉄線と名乗った存在は、正真正銘の女である。
「--鉄線の性別に気付いたみたいですね」
「私達の『目と耳』も捨てたものではないでしょう? それに--寵愛される奥方の側に無闇矢鱈に殿方を近づけるとは思えませんし」
菖蒲はそこで言葉を一度句切った。
「医師限定に限りますが」
萩波がにっこりと笑った。
因みに、今からかなり先の未来で果竪が出産する時、凪国一の医師と謳われる女性寄りの見た目をした修羅ではなく、男性に見えるが本来は女性という鉄線が子供を取り上げる事となる。
ただそれも、鉄線は自らを『僕は男だから!!』と豪語していた事に起因がするのだが。萩波はいくら医師とはいえ、妻の出産に男を関わらせたくないと思っていたから、自らを男だと豪語する修羅はその時点で落選した。
まあ、男でも良い医師は沢山居るし、そちらでも良いという民達も居たので、凪国の産婦神科医の男女比率は6:4の割合と最終的にはなるのだが……それはまた別の話である。
そしてこの頃から、果竪付きの医師として鉄線が採用される事が多かった。修羅自身はそれに文句は言わなかった。
「大変な仕事は鉄線に任せて僕は果竪と遊ぶもんっ」
「おい」
後に修羅の副官として働く事にもなる鉄線は、自由気ままな主にかなり苦労させられる事となる。
そうして麗しい美少年である鉄線があまりにも完璧な礼をとった事、また萩波の清楚で神秘的な美貌の前に果竪は思い切り霞んでしまった。
いや、果竪は平凡だが決して容姿が劣っているというわけではない。平凡という基準の中では、たぶん普通の容姿だろう。
しかし、圧倒的に華が無かった。むしろ、誰にも気付かれずにそっと岩陰に咲く小さな野花の様な少女だった。
だが、見ているととてもホッと出来る--そんな印象を抱かせる少女でもあった。
「それで私が呼ばれた理由って」
果竪の質問に、菖蒲が萩波を見る。萩波は「てへ」と可愛らしく微笑み(実際は酷く憂いのある蠱惑的な笑み)口を開いた。
「説明してません」
この野郎!!
最低限そこは説明だろう!!--と、菖蒲は心の中で罵倒した。というか、普通は萩波の美貌の前にそんな事を心の中でも出来る者は少ないが……菖蒲の主は苑舞帝国皇帝その神である。敬愛する主の前には、菖蒲は萩波の魅力と色香を全力で跳ね返した。
「萩波……」
鉄線が呆れたように項垂れた。
「仕方ないでしょう? 説明する前に、『皇帝陛下に会うなら衣装替えですわぁぁぁぁあ!!』と明燐がハッスルしちゃったのですから」
果竪もまた着せ替え神形にされてしまった。しかし、身につけている衣装は華美ではなく、けれど地味でもなく、果竪の愛らしさをこれでもかと引き立てる物だった。しかも病み上がりの少女が負担無く身につけられる軽い生地を、けれど帝宮に上がっても失礼にならない様な意匠で仕上げるとは--流石、世界に名だたる軍。侮れない。
ただ、一つ問題があった。その意匠は果竪のとある部分をより強調するものでもあって。
「よりロリコン疑惑が深まるという」
「いい加減怒りますよ?」
後に、苑舞帝国が名を変え新たな帝国として歩み出す中で、炎水界でも名だたる大国となる凪国の国王を、帝国の皇帝と上層部は『ロリコン鬼畜大魔王』と深く心に刻む事となる。そして私的なことで二つの国はバチバチやりつつ、それでも結構仲良くやっていったりするのだが……それももっとずっと後の話である。
「話は変わりまして鉄線様。貴方様の守備範囲年齢は」
笑顔の菖蒲に。
「私と同年代か年上が基本だ」
鉄線は笑顔で答えた。
うふふふふ、あはははは、と互いにとても美しい笑みだった。
そればかりか、年下でも構わないが、十代前半は相手にはしないと言い切る鉄線は正に『真の漢』だった。菖蒲は思いがけずときめいた。
「大丈夫ですよ鉄線。貴方には素敵な縁談を差し上げますから。十歳年下とか」
「待て、私をショタコンにさせる気か?!」
主君と戴く萩波からの血も涙もない提案に鉄線は本気で拒絶し、菖蒲は「こいつは鬼だ」と確信した。その間、果竪は少し離れた所でストレッチをしていた。
「果竪! その衣装で足を開くな!! ああ、そんな蟹股でっ」
「大丈夫! 足元まで裾で隠れてるから見えないっ」
見えなくても『心の貴婦神』なら分かる。
菖蒲は鉄線に怒られる果竪を優しい眼差しで見つめた。因みに、先程楓も同じ事をしていた。拾った相手と拾われた相手は似るという事か。
「それでは将軍夫神は何も知らないという事ですね」
「ええ」
「……実は、楓様が皇帝陛下に謁見をする事になりました。しかし、偉大にして高貴な皇帝陛下との謁見に、謙虚で慎ましい楓様は心底緊張をされてしまっております。ですから、せめて部屋の行き帰りの付き添いとして同行して頂ければと思いまして」
因みに、単純に部屋の行き帰りだけの付き添いとなると、神によっては馬鹿にしているのか?と思う者達も出てくるだろう。しかし、高貴な者達の付き添いともなれば、それだけで大切な仕事である。だが、軍では果竪の方が地位が上で、地位が下の楓に果竪が付きそうともなれば、果竪が下に見られているという事にもなるし、そういう上下関係で面白く無いと思う者達が出てもおかしくはないだろう。
しかも果竪も謁見出来るならまだしも、謁見出来るのは楓だけだ。話だけ聞けば明らかにおかしい。
普通ならその話が来た時点で萩波は止めるだろうし、まず彼の配下--軍の古参メンバーやそれに準ずる者達が激怒する。
だが、実際には萩波はそれを許可し、萩波が許可するなら文句は無いと他の面々も表だっては抗議はしなかった。腹の中ではどうかは知らないが。ただ、年若い若輩者達はその限りでは無かったようだが。
また激怒する一神として考えられる明燐はと言うと
「私に異論はございませんわ。むしろ、皇帝陛下と果竪が謁見する事で、果竪のあまりの愛らしさにクラッと来た皇帝が果竪の『後宮』入りを望んだらどうするのですか!! 私の果竪の可愛らしさをナメないで下さいませ!!」
という気迫の籠もった言葉に、むしろ周囲が衝撃を受けた。その可能性は考えなかった。いや、考えつかなかった自分達を激しく恥じ入り、謁見しない事実を全力で喜んだ。
というか、もし目を付けられてそんな自体になったら、たぶん実力行使で阻止するだろうが。
彼等はまだまだ若くても、年配者達が侮れない、恐ろしいと感じさせる何かを持っている。だから全力でぶつかれば……双方多大なる被害が出るだろう。しかし、それでも萩波の軍は勝てなくても負ける事は無い。
「あの、頑張ります!!」
果竪自身も、皇帝に謁見出来ない自分の身の上に特に不満を持つ事もなく、むしろ与えられた役目をしっかりとやり遂げようとしていた。
果竪は一軍の将軍の妻。
しかし、その一軍は国に匹敵する勢力を持ち、萩波を『王』とするなら果竪は『王妃』だ。もし萩波が普通に国を率いる王であれば、正式な王妃である果竪に、地位も身分もない相手の付き添いなど頼める筈も無いが--。
果竪はそんな事には全く気付かず、気付いても大して気にする事もないだろう--と簡単に予測出来る様な様子で菖蒲以外の侍女から付き添いの時の注意点を聞いていた。
その様子は、主の命令を一生懸命待つ子犬の様に愛らしくて。
「もっと素敵な殿方は沢山居ますのに」
「喧嘩売ってますよね?」
思わず溜息と共に漏れた菖蒲の本音に、流石の萩波もこめかみを引きつらせたのだった。




