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風の娘と帝王の鳥籠(大根と王妃の過去番外編)  作者: 大雪
第二章 風の娘を巡る軍と帝国の攻防
11/23

帝国は贈り物をし、『諜報機関』は正しく活動する。

 本来、楓と一緒に寝泊まりをしている者達は気の良い少女達だった。さっぱりとした性格だが、周囲に対しての気遣いは忘れず、それでいて優しい性格の彼女達は楓の顔の火傷を知っても彼女を忌避したりはしなかった。


「顔の傷の事でガタガタ言う様な男や女とは、そもそも付き合わなくて良いのよ!」


 姉御肌の少女は、楓よりも年下だが、全てを包み込む様な度量の持ち主だった。彼女は明燐と仲が良く、楓の寝泊まりしていたテントの纏め役でもあった。


 彼女は古参メンバーではないが、それに準ずるメンバーに属していた。彼女は美しい男の娘たる美貌を持つ少年と、その妹でやはり絶世の美少女の名にふさわしい少女からなる兄妹の従兄弟を持ち、彼等と共に軍に拾われた経緯を持つ。


 そんな彼女の従兄弟兄妹は、彼女に少々--いや、結構依存していた。兄は彼女と同い年、妹はそれより三つほど年下。何処に行くにも彼女にくっついて回っていたが、当然ながらテントは別になった。


 一応、親子や兄弟姉妹の家族は一つのテントにするのが基本だし、軍に入った時に既に友神同士である者達も同様だった。だから、従兄弟同士という親戚も同様なのだが--。


「まあ、定員オーバーしたのよ」


 一応、大きなテントでも最大15名までの収容能力しかなく、それ以上の数となると別のテントに行くしかない。とはいえ、あぶれた時に神員管理とテント管理を司る者達は時間はかかるがしっかりと対応してくれようとした。


 が--


 その間の仮繋ぎとして使用していたテントで、他の面々と仲良くなってしまった彼女は準備が整ってもそのまま今のテントに留まる事を望んだ。


 おかげで、色々と問題が起きたらしいが--楓はあまり詳しくは知らない。ただ、余り騒がしい事が好きではない楓が同じテントを使用する者達とここまで仲良くなれたのは、彼女のおかげだと思う。


 だから、楓が医療用のテントで手当てを受ける事になって彼女は他の面々と一緒に見舞いに来てくれたし、今回苑舞帝国から侍女達が送られ、その結果楓が別のテントで一神で寝泊まりする事が決まった時にはぷんぷんと頬を膨らませて怒ってくれた。


「いつでも待ってるからね! 戻ってくるの!!」


 ぎゅうっと抱き締めてくれた彼女に、楓も抱き締め返した。


「それにどんなに長くても、一週間かそこらでしょう? あっという間よ! むしろ、その間に色々とやってもらえば良いのよ」


 そう言って、楓の緊張をほぐそうとしてくれる彼女達に頷き、楓は個室テントに移動していったのだった。




 菖蒲と名乗った彼女は、苑舞帝国前皇帝の皇女の侍女長だと言う。また、苑舞帝国の侍女達全ての統括者だと言うから、楓はまた気絶しかけた。


 彼女は今年十六歳で、十四歳になる皇女の良き相談役であり、腹心の配下であるそうだ。というのは、茨戯からこそりと教えられた。相変わらず、情報収集にかけては彼の右に出るものは--居るかもしれないが、きっと少ないだろう。


 頭の天辺から足の爪先まで、髪の毛一本一本から気品と色香が滴り落ちているようだった。


 時折浮かべる妖艶な笑みとくれる流し目に、女として負けた気がした。いや、最初から勝負にすらならないだろう。


 楓の顔は決して不細工ではない。平均よりは上だろう。ただし、火傷で半分が傷ついた今、全体的なプラスマイナスで言えば、思い切りマイナス値だろうが。


 ただ、菖蒲を始めとして、苑舞帝国から遣わされた侍女たる五神の女性達は皆、楓の火傷を目にしても揶揄する様な素振りは見せなかった。


 今まで、多くの者達が--出会った者達の中では圧倒的に楓の火傷を揶揄し嘲笑する者達が多かった。この軍でも、下の者達や新入りにはそういう者達が居る。


 けれど、それは仕方のない事だ。

 神は、自分とは違う存在を忌避する傾向がある。

 此程、多種多様な種族からなる神々だとしても--。


 だから、いつまでも争いは収まらない。


「どうかされましたか?」


 菖蒲という女性が柔らかに微笑む。

 薄いラベンダー色の髪と瞳がとても美しい。


 この苑舞帝国では、パステルカラーと呼ばれる淡い色--中でも透明度の高い色合いの髪や瞳が多い。特に、青系や紫系が多く、他の色合いは少ないとされていた。


 他の侍女達も、それぞれに美しい色を持っている。


 そういえば--と楓は近くにある鏡を通して自分を見る。

 楓の髪と瞳はアイスブルーで、どちらかと言うとこの苑舞帝国では多い色合いだった。


 此処に辿り着くまでに通ってきた場所では、逆に楓の持つ髪と瞳の色は余り見かけなかった。という事は、もしかして楓はこの帝国かその付近の出だろうか?


 この帝国でなくとも、近辺にもこの色合いの髪と瞳を持つ髪は居ると聞くし。ただ、苑舞帝国で一番アイスブルーの髪と瞳の神が多いと言うだけで--。


「楓様?」


 小首を傾げる菖蒲は本当に綺麗で美しかった。


「あ、いえ、何でもないです」

「私どもに敬語は不要ですわ」


 いえ、必要です--と心の中で楓は叫ぶ。どう見ても、楓は彼女達に敬語を使わないでいられる様な存在ではない。というか、この光景を見た者達は絶対に菖蒲達が女主神または姫君で、楓が下働きだと判断するだろう。


 しかし現実には、楓は侍女たる彼女達にしっかりと世話をされていた。まるで貴婦神--姫君の様な扱いを受け、楓はもう一杯一杯だった。


 気絶したいと思う。

 そして寝て目が覚めたら、いつもの日常が戻ってきて--。


 世話をされて半日しか経っていないが、楓はもうギブアップ宣言を出したかった。けれど、頑張ると萩波に宣言した手前、リタイアは許されない。


「--あの」

「何でしょうか?」

「それ、は?」


 なんだか、床に煌びやかな衣装が次々と並べられている。

 テントの中には、ふかふかの絨毯が敷かれていた。それは、帝国の宮殿から菖蒲達が持ってきたものだと言う。


「我が皇帝陛下から、楓様への贈り物です」

「……は、い?」


 絨毯はまだ良い。後々みんなで使えるものだし。しかし、この服はどう見ても、楓個神に宛ててののものである。


 実際、その衣装の一つをニコニコと微笑む菖蒲が手に取って楓に服の上から合わせた瞬間、たぶんこれのサイズは自分に合うという確信を持ってしまった。


 何故そんな確信を抱いてしまったかは分からないが……何と言うか、本能的な何かが楓に囁いていた。あと、このままでは衣装を押しつけられると警告もしていた。


「あの、こういうのは、萩波様の奥方にまず贈るものではないでしょうか?」


 軍の統括者の妻を差し置いて一般神である自分が貰うなんて烏滸がましい--と楓は菖蒲達に言い募った。それに、軍の統括者の側近達の身内--例えば、明睡の妹である明燐なども、果竪に続いてこういう贈り物をされてしかるべきである。


 楓が言い募れば、菖蒲は柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。


「そちらの方々には既に皇帝陛下から贈られております。これは、今回の功労者であられる楓様の為に贈られたものです」


 だから功労者って何?




「凄く素敵な衣装ね」

「しかも、果竪のサイズにピッタリね」


 小梅が衣装の一つを手に取り、果竪に合わせてみる。その横では、涼雪がのほほんといつもの調子で装飾品を手に取っていた。


「これも素敵ですね」

「そ、そういうもの、が、好きなのか?」


 明睡が手を組み合わせ、指を動かしながら涼雪に聞く。どこの乙女かとツッコミたい。


「好きというか、素敵だと思います。私には似合わないと思いますが」

「そ、そんな事は--」


 それ以上言葉の続かない明睡。暫く待つが、結局上手い言葉が出てこなかった。


「ヘタレですわ」

「ヘタレですね」


 明睡の妹である明燐、そしてその友神である百合亜は同時にツッコミを入れた。


「誰がヘタレだ!!」

「どうして『ふっ! 確かにこの程度の装飾品の輝きでは、お前の美しさの一割も引き出せない。お前の美しさを引き出せるのは俺だけだ』とか言えないのですかお兄様!」


 むしろ、何故そこまで言えるのかと茨戯と朱詩は明燐に問いたい。どこのナンパ男だ。


「どうして明燐は男に生まれなかったのかなぁ?」

「能力を無駄に消費してるわ」

「涼雪、私、一番は果竪ですけど、涼雪がどうしてもと言うなら結婚して差し上げてもよくてよ!」

「ありがとう、明燐ちゃん」


 涼雪は嬉しそうに微笑んだ。どうしてそこで笑えるのか分からない。


「ちょっと明睡、妹が暴走してるわ--」


 よ、と言い切る前に、茨戯は横でぶつぶつ呟く男の呟きを聞き取ってしまった。


「涼雪が明燐と結婚するとなると、涼雪は俺の義妹で、そうなると一緒に居てもなんの違和感もなく--いや、でもそうなるとどちらが夫役」

「そういう問題じゃないし、正気に戻りなさいよ!!」


 茨戯の怒声に、小梅の側で衣装を見ていた葵花が身体を振るわせ怯えてしまう。


「葵花、大丈夫よ」

「葵花ちゃん、泣かなくて良いんだよ」


 小梅と果竪が葵花を慰める。まるで本当の姉妹のような光景だった。


「--萩波、どうしたの?」

「……腹立たしい」

「は? いや、いくらなんでも葵花達に嫉妬は」


 朱詩は、果竪に構われている葵花とか、側に居る小梅に萩波が嫉妬しているのだと思った。心は広いが、果竪の事に関しては心が異様に狭くなる萩波なら有り得ない事では無いし。


 しかし、萩波はその更に上を行った。


「何故、衣装がどれも果竪にピッタリなのです!」


 朱詩は分かった。茨戯も分かった。明睡も理解した。


「は? 果竪宛てなんだから、サイズが合わなかったらどうするの」


 小梅は全く分からなかった。


「だからそのサイズをどこで入手したかって事ですよ!! 見ただけで分かったとでも言うのですか?!」

「果竪は見ただけで大根のスリーサイズが分かるわ」

「果竪と大根は違います!」

「でも、果竪は大根の」


 その続きをどう続けようとしたのかは朱詩には分からない。けれど、朱詩は小梅の命を守るために彼女の口を後ろから両手で塞いだ。


「くそっ! どこで、どこで果竪のスリーサイズを手に入れたのかっ! まさか! 果竪に触れて--」

「萩波が居るのにそんな事をする馬鹿は居ないわよ」


 朱詩の手を引きはがした小梅は、きっぱりと言い切った。


「そうですね。萩波様に勝てる相手はいませんもの」


 涼雪もうんうんと頷いた。


「いや、もしかしたら果竪が自ら教えたのかもっ!」

「なんでそんな事すんのよ」


 この場に居た全員の心の声を小梅は代弁してくれた。ありがとう、小梅。そして勇者だ、小梅。


「いくら私が望んでも、ずっと果竪の側に居る事は出来ません。その隙を突いて侵入した存在が、果竪をあの手この手でだまくらかし、果竪に自分のスリーサイズを言わせたのかもしれません!」

「だから、どういう話の成行きでそうなるのよ。あと、果竪の場合、はっきり言わないと分からないわよ」


 果竪は言葉遊びが苦手だと、同じくそういった類いのものが苦手な小梅は断言した。


「まあ、果竪は苦手だよね」


 朱詩もそれには同意した。


「そうよ。なんだかんだ言われたって絶対に分からない。それこそ、『お前のスリーサイズ教えろよ』とか言われないと無理!」

「それなら分かるよ」


 分かってどうする。

 茨戯と明睡は、笑顔で答えた果竪にツッコミを入れた。


「馬鹿! 果竪の馬鹿! そんな風に言われたら普通怒るでしょ!!」

「大丈夫、言う相手なんていないし」

「私なら言います!」


 萩波が断言した。とても心強い口調だったが、状況次第ではとんだ変態である。


「あ、でもこれは明燐宛てだね」

「こっちは百合亜のだわ」


 手紙が添えられている。そして、どちらもサイズは彼女達にピッタリだった。


「ど、どこでうちのお姫様のサイズをっ」

「それで、こっちが涼雪と小梅」

「誰が小梅の三段腹を正確に測ったの?!」


 小梅は目にも留らぬ速さで朱詩にドロップキックを食らわすと、そのまま逆エビの字固めに入った。


「のぉぉぉぉぉぉっ!」

「誰が三段腹だ!!」

「全部だよ! ボンレスハムっ」

「くわぁぁぁぁああっ!」


 小梅に贈られた衣装はよそ行きに十分に使える代物だった。どう考えても、少年にプロレス技をかける時に身につける衣装では無かった。


「とても素敵ですが、熊狩りには使えませんね」

「いや、むしろ本望だろう」


 涼雪にピッタリのサイズの服なんぞ、すぐにボロボロになってしまえば良い。明睡は全力で私欲に満ちた答えを言い放った。


「……」

「どうしたの? 萩波」

「この分だと、うちの軍の女性全員に贈られているかもしれませんね、服」


 萩波の予想は程なく当たる事となる。


「しかも、その際にはきっと全員分の女性のスリーサイズの情報を向こうは持っているのでしょうね」

「……なんて恐ろしいの! 苑舞帝国はっ」

「凄い諜報能力だな。ああ、でも苑舞帝国は諜報活動に力を入れていたって話だしな」


 長い歴史をかけ、苑舞帝国は幾つもの財産を得てきた。

 その最も大きな財産の一つとして、『諜報機関』がある。噂では、ここら辺一帯の国々の中では群を抜いた質の高さを持つと言われており、たぶん周辺国の中では一、二を争うレベルの高さだろう。


 ただ、前皇帝と前々皇帝の暴走により、『諜報機関』は彼等の欲望の為に使用される事となった。彼等の欲望を満たす為にその手を汚させられ、国の為に命をかけていた者達は、望まぬ行為を強いられ、精神的に病んでいった。


 確かに、前皇帝と前々皇帝の時に彼等に与えられた仕事は、諜報と言うよりは盗賊に近い物だった。略奪、殺戮、奴隷売買の手伝い--奴隷商神達への協力と言う名の情報流し、奴隷売買やらその商品の略奪やらも手伝わされたという。


 諜報や工作とは関係無い仕事ばかり。国の為にという誇りすら奪われた。それがあったからこそ、彼等は自分達の手を汚しても、どんなに辛くても耐えられたのだ。


 なのに、王の欲望の為に自国ばかりか他国にまで……。


 だが、それを拒めば、家族や親しい者達を奴隷商神に売り飛ばされた。

 実際、多くの諜報員達が身内を売り飛ばされてしまった。


 彼等は徹底的に誇りを傷つけられた。


 反抗すれば良かったし、纏まれば勝つだけの力もあっただろう。しかし、彼等はその様には育てられてはいなかった。


 命令に違反する事すら考えられず、また身体に埋め込まれた呪術がそれを許さなかった。命令違反は死を持って償わされたし、それは身内にまで及んだ。


 『諜報機関』に属する者達にとって、前皇帝と前々皇帝の時代は生き地獄だったと言える。


 そんな彼等は、現在の皇帝が即位すると同時に解放された。彼らの中に埋め込まれた呪術は解呪され、また売られた身内達も取り返す事が出来た。

 前皇帝や前々皇帝達が、必要とあらば見せしめにする為に遠くに売り飛ばさずにいつでも確保出来る様な場所に売り飛ばしていたからだ。

 すなわち、自分の息のかかった者達に売り払った事によって、現皇帝が追跡しやすくなったのだ。


 そうして、『諜報機関』が身内を取り戻し、自由を得てすぐに行なったのは、現皇帝への忠誠。そして、すぐさま自分達が手を貸した事により売り飛ばされた者達、また罪が無いにも関わらず虐げられ、傷つけられた者達、また殺された者達の家族の保護だった。


 『諜報機関』というのは本来は厄介な機関でもある。そこをしっかりと掌握してしまった現皇帝、そして上層部。


 『諜報機関』からも数神の身内が、確か前皇帝の『後宮』に捧げられていたと聞く。確か、『諜報機関』の長の娘もそうだった筈だ。妻を殺され、娘を奪われて。

 国の為に全てを捧げた筈なのに、国によって奪われ、必要のない罪を犯させられた。


 萩波は噂でしか知らない。

 しかし、国の為ならばと、国の為に命をかけた者達があんな風になるなど……という程、酷い扱いをされ、酷い事をさせられたと聞く。


 実際、本来の機能を果たせなかった『諜報機関』は自分達の処刑を望んだという。それは現実的には叶えられなかったが……今後、苑舞帝国の更なる発展の為に『諜報機関』は全力を尽くすだろう。


 そもそも、苑舞帝国をここまで大きくしたものの一つは、その『諜報機関』なのだから。


 そんな『諜報機関』が今、ようやく正しく動き出しているのだ。


「というか、女性のスリーサイズを調べるのが正しい『国の諜報機関』の役目か?」


 明睡の冷静な一言に、熱くなっていたその場に冷や水を浴びせられた。





 自分にピッタリな衣装に、それを身に纏った楓は鏡の前で考え込んでいた。


「どうされましたか?」

「……いえ、その、どうして私にサイズがピッタリなんでしょうか? 私のサイズをどこで」


 既製品のピッタリではない。まさに、細部に至るまでピッタリなのだ。


 疑問を抱く楓に、菖蒲は優艶な笑みを浮かべた。


「そのぐらいの情報が取れなくて何の為の『諜報機関』ですか?」




「ねぇ、萩波」

「なんですか? 茨戯」


 果竪達が衣装や装飾品でキャッキャッしてるテントを出た萩波は、先に出ていた茨戯に声をかけられた。


「『正しい諜報機関』」

「ああ」

「ちょっとおかしくてね」

「正しくはなかったでしょ?」

「そりゃあね、奴隷商神の手伝いともなれば--自国を守る為の機関なのに、自国の民を奴隷として売り飛ばす手伝いをさせられたんですもの。まあ、他国からも略奪したり、戦争の火種をばらまいたり--いえ、火種は諜報・工作活動ではよくある事だけど……奴隷商神達やその関係者の盗賊達、奴隷を買い取るお偉いさん達を守らされたなんて、そりゃあ許せないわよねぇ」


 実際には、それ以上の事も色々とさせられていたし、それこそ口では言えない事も沢山沢山させられていた。


「知ってますか?」

「ん? ああ--知ってるわ」

「苑舞帝国の『諜報機関』は『帝国を支え、皇帝の剣となり、民の盾となる存在』とされてきました。その為に、彼等は自分達の心を押し殺し、制御し、厳しい訓練と仕事に耐え抜いてきた。『諜報機関』は国の駒。そう、そうなる為に彼等は時として家族すら犠牲にしてきた。なのに」

「それに応えられるだけの皇帝はなかなか居なかった。前皇帝と前々皇帝以外にも」

「平凡とされる皇帝達は居ましたが、彼等もそういった見方をすれば少し役不足だったでしょう。ただし、徹底的に『諜報機関』をただの『ロクデモナイ集団』に貶めたのは、その二代に渡る皇帝ですよ」

「現在の皇帝陛下が十五年かけて、何とか今の状態まで引き戻したんですものね」


 艶やかに微笑む茨戯に、萩波は苦笑した。


「そして『諜報機関』は皇帝に従順、いえ、絶対的な忠誠を誓っている。『上層部』と『諜報機関』、この二つを同時に相手にするのは結構厄介ですよ。しかも、地方にも現皇帝派は居ますし」

「確かに、全体的な神数からすればうちの軍は圧倒的に少数だけれど--負けるつもりはないわ」


 ゾクリとする様な色香を放ち、茨戯は萩波を見つめる。まるで誘っている様に蠱惑的な美しさを放っていた。


「うちは他の軍とも交流がありますからねぇ」


 特に、九つの大軍と呼ばれる軍とは同盟を組んでいる関係もあるので、そのうちのどこかに何かあれば助けに行く手筈にはなっている。

 とはいえ、それぞれの軍の利害もあるから、全面的なものではないが--。


「あら? アタシ達が余所様の力を借りなきゃ動けないとでも思うの?」

「この大軍相手に? 苑舞帝国は確かに一族の出ではない存在が新しい皇帝となった事で荒れはしましたが--それでも、十五年も経っていますし」


 神にとって十年、二十年は長いとは言えない時間である。そもそも、成神までは五十年で一歳年を取るのだから。


 しかし、苑舞帝国にとっての十五年は短いとは言えない月日だろう。


「見かけ倒しでも虚仮威しでもない、『本物の軍』ですよ」

「それでもよ」


 茨戯はうふふふ、と口元を扇で隠して楽しそうに微笑んだ。


「慢心するのはいけないし、足元を掬われる。でも、アタシ達だって、ここに来るまでにはそれなりに苦労をしてきたもの」

「……」

「まあ簡単に言うと--売られた喧嘩は買うわ」

「……まだ売られたわけではないですけれど」

「売られたでしょう?」


 茨戯の纏う空気が、冷たく鋭いものに変わる。


「……そうですね、貴方は売られましたね。貴方そっくりに変化した馬鹿に」

「馬鹿、達よ。アタシの姿を写し取って、好き勝手してくれたんですもの--ね」

「ですね。ただ、そうなると喧嘩を売る相手は苑舞帝国ではないですね」

「今の所はね」

「今の所は?」

「楓の事でどう出てくるか--それによっては」


 そう言う茨戯に、萩波は溜息をついた。


「貴方は意外と喧嘩っ早いですね」

「失礼ね。それならとっくに殴り込んでるわよ」


 楽しそうに笑う茨戯は、それこそ大輪の薔薇よりも艶やかであり、萩波は「無駄な色気ですね」と思わず呟いたのだった。

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