別れの挽歌
征との別れ。
今回は、ちょっぴりビター風味。
今日もいつも通り、錬金なう。
少し難しい状態異常よ回復薬と、魔力回復薬を合成してます。
慎重に慎重に、三角フラスコへゆっくりと注いで行く。
色が透明色から鮮やかな朱色へと変わり。
最後に薄い桜色へと変化した。
呼吸すら止めた集中が途切れる前に、手早くフラスコから小瓶へと小分けして堅く封をする。
小瓶は光による変色もしずらい濃いめの茶色か青で統一。
この見た目可愛い桜色のままのほうが、飲むのに抵抗がなさそうだが。
薬の劣化を防ぐ作用が劣化予防の魔法以外だとこの色が確実なので。
まあ仕方ない。
最後の足掻きは、小瓶やラベルに魔法で可愛いい細工模様いれるくらいかな。
もう少し加工魔法が上達したら、小瓶の形も愛らしい物が出来るのだが。
材料も足ら無いので諦める。
育てたハーブや花が、今よりもう少し多く確保出来たら。
香水とかアロマとか、化粧品も調合したい。
城に居た頃には思いつかない行動だと思う。
何でも買ってもらえる姫でしたしね。
もっとも、私になってからは、姫とは名ばかりですが、何か?
保管室に薬剤を移動させ、んーっと背伸び。
その姿をずっと眺めて居た征が、すっと肩を揉んでくれた。
「お疲れ様。」
居心地が悪い。
「と、どうも。」
好きだった人に優しくされて嬉しい気持ちも確かにある。
だが、龍子ではあり得なかった対応だけに、イラつくのだ。
私はマニで、もう龍子では無い。
この前世の気持ちに引き摺られるのが怖い。
彼は元の世界に戻り、私は又切り捨てられるのだ。
龍子の男性不信は根深いが。
その大半は征が原因で、後はマニ姫が惚れて居た婚約者だろう。
惚れた相手に相手にされない事を繰り返してしまった。
完全にトラウマ事項だ。
故に、イケメンには現在好感度は低いし、最悪嫌悪感まみれになりそうだった。
なら、無防備対応は何故かと問われれば。
答えは簡単。
前世今世含めて男慣れしてい無いから。
情熱的に迫られて、愛を囁かれても。
喜びより、心にあるのは疑惑と困惑だ。
難儀な娘に恋をしたと、彼女を恋い慕う者は思い知る事となる。
その猜疑にまみれた心を解きほぐす事から始めなくてはならないのだから。
「ねえマニ、君はいつまでこの孤島に居るんだい?」
「何か問題でも?」
「そう、だね。
年頃の若い女の子が、こんな所で寂しく過ごすのが少し心配…だからかな。」
「別に何も困っていませんが?」
相変わらず、マニの冷淡な対応にくじけそうになる。
まるで、喧嘩をした龍子とやり取りして居るようで、やり辛いのだ。
「良かったらさ、俺と一緒に…。」
意を決して何か言うタイミングが、拡声器のような大きな声で遮られた。
「勇者様ぁぁぁぁあ!何処におりますの!」
鈴を転がすような可憐な声が辺りに響く。
慌てて窓から外を、正確には島の外の海を眺めると。
一隻の魔導戦艦が空に浮かんでいた。
それは、征との別れの刻の声。
小さく唇を噛むと、征はマニに言った。
「俺と一緒に、きて欲しいんだ…龍子。」
だきしめられ、舞い上がりかけた気持ちが、最後の呟きで奈落に落ちる。
「ドナタデスノ?
ワタクシマニファーナ。
貴方の龍子という方の、身代わりでは有りませんの。」
そう言って、パシッっと頬を叩く。
ああ、これは死んだ龍子の執着への身代わりなのか。
冷えた頭が、征への気持ちを冷めさせる。
私は龍子だった。
でも今はマニファーナだ。
マニファーナを好きになったのなら揺らいだだろう。
だが違った。
なんていう仕打ち。
死体に鞭打つ行為だと、彼は気付かないのだと失望した。
言い訳をさせる前に呟いた。
「パニマ、彼はお迎えが来たようよ。
ここから出して。」
パシッン!
と音を響かせ、その場から征がかき消えた。
ここはパニマの結界の中。
彼とマニファーナが拒む者は、勝手に入れないのだ。
これで、彼は前世の異世界へと帰るだろう。
私に依存して私から逃げ続けた事は気付かないフリをしていた。
彼は乗り越えなくてはいけない。
龍子の死から。
そのためには、これ以上私の側は駄目だ。
傷の舐め合いなんてごめんだしね。
私が受け入れるかどうかはともかく。
これがせめてマニが好きなだけなら単純だったのだけれど、ね。
「何で⁈マニファーナ!
俺は俺は、ぁぁぁぁあ!」
魔導戦艦の中で絶叫し泣き叫ぶ征を慰めようとする女達だが、全く効果が無く。
タルト共和国に戻るまで、彼は人形のように引きこもった。
「勇者様お願いです、この世界に残って下さいませ。
貴方を愛して居るのです。」
タルト共和国のセレナーデ姫は、何度も説得しようとするが。
征は頷かなかった。
返還の儀式のあと、不思議な空間に居た。
「女神様、俺の願いを聞いてくれ。
元の世界の龍子を生き返らせてくれ。
それが駄目ならば、彼女と疎遠になる前に巻き戻して。」
しかし、女神は答えてくれない。
「ならば、彼女が亡くなる数時間前に俺を戻して…お願いです。」
戸惑いを見せた後、女神はうなづく。
次の瞬間、何処かの病院の前に現れた。
「ここは…?あ、龍子を連れて行った病院じゃないか。
ここに彼女が…。」
掌をぎゅっと握りしめる。
誰も彼に声を掛ける事も無く、スイスイと病室へと辿り着く。
無菌室すら出され。
花を変えに行ったのか、看護している母親すら居ない。
二人っきりの病室。
ゆっくりと頬を撫でる。
すっかりやつれ、青白く透き通った肌。
そして、唇に触れ口付ける。
「ごめんな、俺はずっと龍子が大好きで、全然素直になれなかった。
罰が当たったんだ。
お前によく似た心根の女の子に、手酷く嫌われちゃったよ。
うん、身代わりにしちゃったみたいだね。
そう言う事は敏感なのに。
俺の気持ちには鈍感な、君に本当よく似た人だったんだ。
もしかしたら、君の生まれ変わりだったりしてね。」
ふふっと笑った。
「俺はもう行くね。」
そう言って、征はかき消えた。
「あら?どなたか来たのかしら?
龍子?少し嬉しそうな顔で…あぁ、逝ってしまったのね。」
穏やかな口調が、悲しみに満ちる。
「んで、戦女神様、何処まで彼を騙すんですか?」
何も居ない空間で、闇を纏う征を眺めながら女神は顔を顰めた。
「何を言っておる。」
「だってそれどう見ても、死んでるじゃないですか。
僕の世界に無理やり召喚させて、救世が終わるまで延命とか?
こっちじゃ攫われた時にでも、誰かに殺されましたか?」
へらっと笑いながらあらわれたパニマは、目が剣呑な光を帯びて居る。
「確かに龍子は頂きましたが、だからと言ってこれは貴方の愛しの加護の子供では無いのですか?
こんなゾンビ状態、魂穢れてこの世界に転生出来ないのでは無いですか。」
罰が悪そうに目を逸らす。
図星だった。
彼は、その美貌に惚れたストーカーに旅行先の新幹線の中からトイレに立ち寄った直後攫われて。
抵抗した為監禁殺害されて居る。
「この子の魂が泣き叫んでおったのじゃ。
運命の相手が消えてしまうと。
だから、チャンスを与えた。
ここまで悪化するとは思わなんだ。」
パニマは肩を竦め、切り出した。
「戦女神セシリュ様、一つ提案が有ります。
此方では駄目な事案ですが。
幸い僕の世界は比較的新しく緩い。
貴方の加護を対価に、彼を僕の世界に転生するくらいならなんとかなると思いますが。
流石にマニと同年代には出来かねます。」
仕方なさそうに、女神は同意する。
後は征の穢れを祓い、記憶も消し。
能力も少しコンパクトな魂に変換する。
そして、女神の加護を剥ぎ取ると、勇者としての力は失われ。
そこから平均的な何かに変換されて行く。
「貸し一つ、ですよ。」
ニコッと笑うと、女神は何処か忌々しそうに頷いた。
元の世界に戻ると、小さく呟く。
「やれやれ、誰かさんのお人好しが移ってしまったよ。」
とある王国で、第二王子が産まれた。
能力は平均的で、性格は大人しい。
人畜無害な容姿。
どれをとっても平凡な彼は、ある姫に恋をする。
七つ年上のその姫は、とある町で偶然出会うのだが。
もう少し先の話。
実は、征も死んでたって言う、オチにして見ました。
途中まで、セレナーデ姫に引っ掻き回させるのも考えたけど。
前人格マニと被るからやめますた。
マニの男性不信は根深いので、彼女の攻略は大変かもです。
ちなみに、パニマが征の勇者としての特性で、死ぬ直前から無理やり生きながらえて居ると気付いたのは。
返還より少し前です。
受肉した関係で、情報届くのが少し遅いのです。
尚、パニマが手出ししなかった場合。
征の魂は消滅か、人より格の低い獣の魂か、あまりよろしくない物になっていた可能性があります。
では又。