勇者はラブコメの波動発生装置なのではないだろうか?
マニの離島に勇者さまがきちゃった。
いつも通りの午後のひととき。
どうしても必要な物は、相談の結果こっそりパニマ達が転移で買い付けてくるので、特に誰かに遭遇する事はなかった。
まぁこの島は温暖な土地なので、飲水も食べ物も薬草も充実している。
せいぜい着替え用の生地と、糸と針の補充くらいだから、他国に行く用事は殆ど無い。
だから、誰にも会うことは無いと思って気が緩んでいたのだろう。
丁度一年ほどしたある日、小舟で遭難したっぽい青年が海岸に流れ着いていた。
食料も水も尽きたのか、ぐったりしていたが。
鍛えぬかれた身体が、薄汚れた白いシャツ越しに見えた。
多分、身体能力の高さ故にギリギリ助かったのだろうか。
怪我はなさそうだが、潮風と汗で汚れて汗臭い。
念のため身体を清潔に保つ浄化の術を掛ける。
すると、日に焼けた素肌と漆黒の黒髪が、日光で艶やかに輝きをました。
顔立ちは、今まで見たどの男性よりも凛々しく美しかったが、私はそれどころではなかった。
「征?」
前世の私が意識が朦朧として、死ぬ数日前に病室に訪れた伊達征という幼馴染にあまりに生き写しだった。
いや、あの頃よりは数年年をとった姿だろうか?
私は、多分死んだはずの征の姿に、いや、征そっくりの姿に動揺したんだ。
私が入院して一月後、彼は学校の修学旅行先で行方不明になって。
私の前には戻らなかった。
だから正確に死んだかどうかはぶっちゃけ不明だ。
まぁ地球へ戻ったところで、私はさらにその一月後亡くなってしまったから、まぁどうにもならなかったけれど。
困った事に、彼は私の初恋の相手で、私はまったく相手にされなかった人でも有る。
その事も思い出し、私は彼が目覚めても。
もしも本人だったとしても、真実は胸に秘めようと思った。
ここでもつれなくされたら、私は男性を憎んでしまいそうだったから。
「パニマ、遭難者なの。
私じゃ家まで運べないから来て?」
念話で声をかけると、直ぐにパニマは現れた。
そして半眼で遭難者の彼を睨んでいる。
「・・・・くそっ、折角引き剥がしたのに・・・。
運命線の導きは、転生で切れていなかったのかよ。
つーか、あっちの上位神の加護とか反則だろ。」
何かボソボソとつぶやいているが、私には良く聞こえなかった。
遭難者君が目覚めるまでの間、私は看病がてら薬草をより分けたり。
調合した薬液を更に合成させ、上級薬に進化させたりしていた。
錬金レベルが6に上がってました。
「ん?ここは…?」
半刻程して目覚めたのか、ベッドで身じろぎしている。
ああ、声まで似ている。
「気が付かれましたか?
貴方は海岸に流れ着いて来たのですが。
何処か痛いところや、調子の可笑しな所は御座いませんか?」
私の声に驚いて跳ね起きると、彼は身体を確認し始めた。
身体に纏う服が、異国の民族衣装の寝間着なのだと気付いたのか、首を傾げた。
そして、枕元のテーブルに、それまで着ていた服や装備等が置かれていて。
やっと今の事態に気付いたようで、慌ててこちらを向いた。
「あ、すまない。
乗っていた客船が魔物に壊されてね。
此方まで流されたみたいだ。
他の者達は流れ着いたかい?」
「いいえ?
ここの島周りの海は、とても荒れているので。
貴方以外誰も来ませんでしたよ。」
少しガッカリした様子で頷いた。
そして、私を見上げて惚けた後、虚をつかれた様子に変わった。
(いや、まさかそんな…。
なんで似ても似付かないのに、あいつの姿と重なるんだ?
あいつは、俺を置いて死んだはずだ。
こんな異世界に幻覚を見るなんて。
そんなに疲れているのか?)
男は心の中で呟いた後、頭を軽く振った。
「すみません、まだ疲れているみたいで、もう少し休ませて下さい。
…えっと俺は伊達征。
信じられないかも知れないが、異世界から召還された勇者です。
魔王討伐の旅の帰りで、ここに流れ着きました。
ご迷惑をお掛けしますが、少しの間お世話になっても良いでしょうか?」
相変わらずの生真面目な、真っ直ぐな瞳が私を捉える。
吸い込まれそうになって、恥ずかしくて視線を逸らせた。
ああ、まさかの本人だった。
召還された勇者様とか、似合いすぎるよ。
くそっ、胸の音が煩い。
勇者様になれるだけあって、そこにいるだけでラブコメの波動を撒き散らす。
正にラブコメの波動製造機だわ。
「私はマニファーナ…。
マニとでもお呼び下さい勇者様。
どうせここには私と連れを合わせても三人しか居ない無人島。
娯楽は有りませんが、衣食住だけは問題のない土地柄です。
気が向くまま滞在されると良いと思いますわ。」
少し他人行儀に、あえて名前を呼ばない。
勇者なら、いずれここから旅立つだろうから。
下手に思い入れたら不味いよね。
しかし、征は一瞬寂しそうな顔になるのだが、私は気付く事はなかった。
テーブルに消化の良さそうなパンや果物を置いて。
錬金アイテムを片付け、部屋から立ち去る。
締めた扉にもたれて、ズルズル座り込んだ。
厄介な事になりましたよ。
私が龍子の転生体と知った所で、私に興味のないあいつが反応するだろうか?
精々幼なじみとしてのリアクションくらいかな?
あー、しかしあちらに居た頃は、もう少し悪ガキ風味が有ったのに。
すっかり磨かれ揉まれ。
何処か落ち着いた、寡黙な大人のオトコになったような気がする。
ようはイケメン度が増しているのだ。
やれやれ、私が攻略対象さん方に誘惑されても。
全然靡かなかったのは、完全にあいつのせいだ。
何だかムカムカして立ち上がると。
私はドスドス歩いて自分の部屋に戻っていった。
一人の残された征は、立ち去るマニの足音に苦笑した。
まるで、懐かしい不機嫌な龍子みたいな足音だ。
喜怒哀楽が激しく無邪気な龍子は、俺を慕ってついて回った。
俺は、彼女と共に居るのが余りにも当たり前だったから。
中学にあがる頃は、意識しすぎてなんとなく距離を置いた。
恥ずかしかったんだよ。
中学になっても、女の子とべったりなのが。
しかし、それが仇となる。
中学に上がって、俺はやたらと告白された。
断っても途切れることなく告白された。
何処が良いのか分からないので、全部断ったのだが、そのうち龍子が勘違いをし始めた。
俺に嫌われていると思い始めたのだ。
違うと言いたいのに、愛の告白みたいになるから恥ずかしさで言えなくて。
距離がますます離れた。
知らない女に、告白の勢いでファーストキスを奪われた時も見られた。
それがトドメで、いつしか俺に挨拶すらしてくれなくなっていた。
高校にあがったある日、あいつが倒れた。
たまたま下校時間が重なって、近くを歩いていた俺が病院に連れて行ったんだ。
あいつが、余命数ヶ月の難病に掛かっていると、その後彼女の家族と共に聞かされてしまった。
もっと素直になっていたら、あいつと共にいられた時間を無駄にしなかったのに。
その後悔の気持ちのまま、異世界へ召喚された。
俺が勇者?
たった一人の大好きな幼なじみも救えないのに、本当チャンチャラ可笑しいよな。
魔王は倒したけれど。
元の世界に戻れるかどうかは分からない。
戻ったところであいつが居ない世界で、思い出だけで無意味に生きて行けるだろうか?
ふと、先程のマニを思い出す。
ここにずっと居たらだめかな?
何故だか、彼女の側で過ごしたいような気がした。
これが、勇者の本来は敵に対して発動する超直感の無駄遣いだと知るのは、もう少し先である。
一方その頃。
「「くっそ!勇者補正で邪魔出来ないのかよ。」」
二人のジレジレなラブコメの波動は、隣の部屋の壁にへばりつくパニマとゼファーからの邪魔を弾いていた。
壁殴りキャンセル恐るべし。
幼なじみで勇者補正と言うアイテムを引っさげて、マニ姫逆ハーレム?が増えました。
これから、勇者の追い上げが始まる、のか?
又気が向いたら書きますね。