転生ヒロインの強制イベントは恐ろしい。
この話は前作「転生ヒロインの難易度は鬼だった。」の続きで、「私の王子様(笑)」の「六歳児、夏。体育祭」とリンクしています。
どうも、こんにちは。虹園 彩葉です。
初めましての方もお久しぶりですの方もおります事でしょう。
突然ですが私、虹園彩葉は乙女ゲームの転生ヒロインです。この春に、めでたくゲームの舞台である『王山学園』の高等部に入学を果たし、前世の記憶が蘇りました。こんな事ってあるんですね…。
ヒロインと言うおいしいポジションに生まれました私ですが、攻略対象たちとの恋愛イベントは目指しておりません。入学して二か月くらいで諦めました。色々あったのです。いえ、なかったと言った方がいいのかもしれませんね。
ハッキリ言いますと、私にはヒロインをやるほどの器も能力もなければ、それを補うやる気も根性もなかったのです。ヒロインとして色々足りなかったのです(悲)
私が転生した乙女ゲーム、『夢色スクールライフ』は攻略にヒロインのステータスが重要な育成型ゲームでした。攻略には私ではとても満たせないほどに高いステータスが必要なのです。もう無理ゲーです。ステータス以外の条件も私には満たせません。
そもそも、学園の女子みんなの憧れのイケメン達と付き合うなんて、確かに乙女の夢ではありますが、現実問題たいへんリスクが高いものです。荷が重いし他の女子の視線が怖いしで、学園生活がメチャクチャになっていた事でしょう。むしろ諦める事が出来て良かったです。ええ、強がりではありませんよ(泣)
恋愛の為に学園生活の全てをかけれるほど、私は恋愛脳ではありません。女友達とのキャッキャウフフな高校生活だって送りたいのです。
さてさて、そういうわけでヒロインとしての人生を諦めた私ですが、ある問題に直面しております。
ヒロインの強制イベントは回避出来るのか否かです!
攻略対象の分岐ルートなどは好感度やステータスが足りなかったり、必須行動をとらなかったりすれば起きません。ですがいかなるルートでも発生するメインシナリオのイベントは回避不可能の可能性が大きいのです。
最初こそ喜びました。入学してすぐの校外学習でもゲームのシナリオと同じく、攻略対象の二人・赤井君と紫田君とサポートキャラで親友の巴ちゃんと同じ班になりました。あれは楽しかったです。特に苦労せずにヒロインの特権が味わえると思いました。考えが甘かったです。甘々です。ケーキにシロップと砂糖をかけてバニラアイスを添えるくらい甘かったです。
気づいてしまったのです。中にはごく普通の学園生活を地獄に変えかねないイベントがあるという事を!
その一つが六月にある体育祭!強制イベントで絶対に誰かにお姫様抱っこされる悪夢の祭りです。
体育祭では誰の好感度も全くあげていないBADルートでも絶対にお姫様抱っこが発生しました。クラスメートの赤井君か紫田君がランダムで起きます。BAD以外では多少でも好感度が上がっていれば、一番高い攻略対象のイベントが発生する仕様です。
最初の校外学習イベントが起きたからって、必ず他のイベントも起きるとはかぎらない。そう希望を持とうとも思いました。ですが、さらに別の事実にも気づき希望が薄いことを思い知らされたのです。
体育祭のイベントに怯えながらも希望を消せずに過ごしていたある日の朝。私は「高校に入学してからずっとポニーテールしかしていないな」とふと思い、中学の時のように色んな髪型にしようと思いました。ですが次の瞬間、強烈にポニーテールでなくてはいけない!という、使命感のような何かが湧き起こったのです。正直、恐怖しました。そして私はある事に気づきました。ゲームのヒロインの設定、つまりキャラデザはポニーテールだという事を!
私は懸命にその使命感を抑え込み、三つ編みを編みました。そう。私は間違いなく三つ編みを編んだのです。手を動かし三つ編みを編んだ感触が手にはシッカリありました。
やり切った思いで顔を上げ鏡を見ると、そこにはポニーテールで制服を着ている私が映っていました。背筋がゾッとしました(恐)
色々と検証した結果、寝る時やお風呂に入る時など、普段は自由に髪型を変えられますが、制服姿というゲームのヒロインの格好、及びゲームの舞台である王山学園に行く時はどんなに抗ってもヒロインのキャラデザ通りの姿になってしまうのです。もはや呪いです。怖いです。
ゲーム世界の強制力を思い知らされました。
それでも出来る事があればと抗いました。体育祭の出場種目を決める時は、何とかゲームと違う種目になろうと足掻きました。ですがジャンケンに負け、クジで負け、話し合いで負け、ゲームの種目通りになりました。
いっそ当日に風邪でもひけないものかとも思いましたが無理でした。うちの両親は仮病を絶対に許してくれません。
長々と語らせていただきましたが、実は本日がその体育祭なのです。泣きたくなるくらいの快晴です。梅雨さん、仕事してください(泣)
実行委員長の選手宣誓を聞きながら、心の中で号泣しました。昨夜はよく寝れませんでした。
開会式を経て、悪夢の祭りが始まってしまいました。私はドキドキしながら応援席にいます。
このイベントの怖いところは、誰のイベントが発生するか分からないところです。普通に学園生活で関わっている以上、全く好感度が上がっていないわけではありません。それなりの社交性は持っているつもりなので、友好関係は築けています。
………ゲームと現実で違う点は好感度を確認するプロフィール画面が存在しないことです。
誰の好感度が一番高いのか、確認が出来ないのです!!おそらくクラスメートの赤井君か紫田君だと思うのですが、他人が自分をどう思っているのかなんて絶対には分かりません。もしかしたら私が思っている以上に好感を持ってくれているかもしれないし、思っているほど好感を持ってくれてないかもしれません。心の準備さえままなりません!もう全てのパターンを起こるつもりで警戒するしかありません。
死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで目の前の競技を眺めます。第一種目の『短距離走』です。攻略対象たちが走るたびに応援席が盛り上がります。大好きなキャラ達が活躍する姿を生で見れるこの機会。私も本当なら思う存分盛り上がりたいです。でも、これから起きることを思うとはしゃぐ気にはなれません。寝不足と相まってますます気分が落ち込みます。
「どうしたの?具合悪いの?」
巴ちゃんが心配してくれました。いけません。せっかくの高校最初の体育祭なのに、親友に心配をかけてしまいました。
「ううん。大丈夫ですよ」
「応援席は騒がしいし、ちょっと移動する?」
アイドルのコンサートの様な騒ぎっぷりの女子たちを見て、巴ちゃんが提案してくれます。
「いえ。だいじょ……」
大人しく座っていれば大丈夫と思い、大丈夫と言いかけましたがふと思いつきました。
プログラムから分かる一番最初にお姫様抱っこイベントが発生するかもしれない種目は『借り物競走』です。三年生の風紀委員長・緑川先輩のイベントです。緑川先輩がお題で『かわいいもの』という紙を引いてヒロインの所に来ます。そして照れて尻込みしたヒロインを有無を言わさずお姫様抱っこで連れ去ると言う胸キュンイベントです。二次元でさえあればですが!
ちなみに王山学園の体育祭は中等部と高等部合同で、紅組と白組に分かれて行われます。私は紅組で緑川先輩は白組です。
普通に考えて緑川先輩のイベントが発生するとは思えません。学年が違う先輩の好感度が一番高いという事はないでしょう。でも、念には念を入れてなるべく今日一日は全ての攻略対象と関わらないで過ごしたいです。
このままクラスの席に座っているよりも、別の場所に移動した方が遭遇確率が減って見つからないかもしれません。
「巴ちゃん。ちょっと人に酔ってしまったかもしれません。別の場所で応援しませんか?」
「いいよ。何処に行こうか?」
巴ちゃんと二人、立ち上がります。何処か攻略対象に会わない場所に行きましょう!
歓声を聞きながら巴ちゃんと適当に歩きます。
緑川先輩のように「この種目の時に起きる」と決まっているイベントは避けやすいんですけどね。移動中とかお昼休みとか、校舎裏とか校庭の何処かなど、時間や場所が曖昧なものは常に気を張ってなければいけないので大変です。ゲームのマップは大雑把ですからね。
「何処で応援する?」
「家族用の応援席の方に行きましょうか」
「いいよー。行こっか」
生徒用の応援席よりも静かだし、見つかりにくいと思って巴ちゃんに提案します。二人で家族用の応援席に向かいます。
家族用の応援席ではのんびりと応援できます。黄色い声援をしている女子はいません。同じように避難している生徒もちらほらいます。もうそろそろ短距離走が終わりに近づいています。
「あ。イロハちゃんだー♪」
女子の短距離走を応援していると、元気な声が響きました。
「桃山君」
攻略対象の一人、同学年の桃山君です。男子の短距離走で走り終わって移動中の様です。
桃山君は私と同じ紅組で、明るく元気な大型ワンコ系イケメンです。運動神経抜群で今日は大活躍が期待されます。
「俺の一位見ててくれたー?」
「はい。しっかりと見てましたよ。カッコよかったです」
「今日は頑張ってね。紅組のエースなんだから」
ニッコリ笑顔でブイサインをする桃山君を巴ちゃんと一緒に激励します。桃山君のイベントはある種目中ですから、今は警戒の必要がありません。
「お―――――!あんがとー♪今日の主役はもらったぜ!」
桃山君は任せとけ!と胸をはります。大はしゃぎです。
「次の綱引きも出るから応援よろしくねー♪」
「綱引きって…。もう前の短距離走終わりますよ」
「もう集合しないとやばいじゃん」
「あ!そうだった!!」
≪綱引きが始まります。まだ集合してない生徒は急いで集合してください≫
桃山君は叫ぶのとほぼ同時に放送が流れました。
「うわー。やっべ―――――――――!!」
桃山君は大慌てで綱引きの列に走っていきました。
あの憎めないところが桃山君の魅力ですよね。
その後はのんびりと応援できました。綱引きと中距離走は特に問題なく終わりました。とうとう第一関門の借り物競走が始まります。
とは言っても、緑川先輩のイベントが起こる確率は低いのでそこまで気を張る必要はありません。まだ気持ちに余裕が持てます。
「彩葉。女子の借り物競走に出るんだよね。移動しなくて大丈夫?」
「男子の借り物競走が後半になったら移動します。まだ大丈夫ですよ」
中高合同の為、一つの種目の参加人数が多いので女子の順番にはまだ時間があります。下手に居場所が分かる場所にいるのも怖いので、もう少しここで時間を潰してから移動しようと思います。念には念をです。
「あ。緑川先輩だ」
歓声が一際大きくなりました。件の緑川先輩の番です。緑川先輩がお題の紙を開いた瞬間、女子達の空気が期待で色めき立ちます。お約束のお題、『好きな人』系を期待しているのでしょう。
真に警戒すべきは同学年の攻略対象です。どこか余裕の気持ちでくつろいでいました。
………なんだか緑川先輩が家族用の応援席に向かってきている気がします。と言いますか向かってきてます。これ向かってきてますよね!?
いっやぁぁぁぁぁぁ!!まさかのまさかですか!?私が思ってたよりも好感度が高かったんでしょうか!?いえ、そんなことはないはずです!同級生ほど関わってないはずです。入学して約二か月。挨拶や世間話をさせていただく機会はありましたが、それだけのはずです。フラグは立ってないはずなのです!!
内心パニクッっていると、緑川先輩は私の所までは来ず、家族連れの小さな子供に声をかけました。良かった。私ではなかったようです。焦りました。
「俺のお題はカワイイもの。はい。つーわけでカモン」
緑川先輩の声が私の所まで聞こえてきました。……ゲームイベントが発生しなくてもイベントと同じお題を引くんですね。
「冬樹――――――――――――♡」
ホッとしていたら甲高い声が響きました。
「彩葉!やばいって!!逃げよ!!!」
巴ちゃんが慌てて立ち上がり、私の腕を引っ張りました。
「ちょっと冬樹!お題は何なのよ!?あたしじゃダメなの!!?」
ドドドドっとすごい勢いで女子の集団がこちらに突進してきています。その先頭は緑川先輩の義妹。緑川紗新さんです。気の強そうな美少女で、緑川先輩ルートのライバルです。敵に回すと大変厄介で怖い人です。
緑川先輩を追いかけてやってくる集団に、周囲の生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出しています。やばいです!考え事をしていて逃げ遅れました。慌てて立ち上がりますが、もうそこまで迫っています。
「きゃあっ!!」
わき目も振らずに突進してきた緑川さんに弾き飛ばされました。痛いです。
「ちょっ!大丈夫!?彩葉!!」
ギリギリで躱せた巴ちゃんが心配そうに駆け寄ってきます。巴ちゃんが無事で良かったです。
「緑川先輩のお題って『かわいいもの』だったみたい!」
「なによそれ!あたしを連れてきなさいよ!!」
どうやら緑川先輩は応援に来ていた幼児を連れて行ったようで、緑川さんは不満そうにヒステリックに叫びました。そのまま女子の集団は解散していきます。
「ちょっと……!」
「巴ちゃん。私なら大丈夫ですから!」
巴ちゃんが文句を言おうとしてくれましたが、止めました。ありがとうございます巴ちゃん。でもいいのです。ちょっと尻餅をついただけですから。あのライバルキャラは正直関わりたくないのです。とても怖いのですよ。
ビックリはしましたが、緑川先輩のイベントは無事に回避完了です。やっぱり緑川先輩ではなかったです。本当に良かったです。あの義妹さんは本当に厄介ですからね。
実はゲームのネタバレですが、緑川先輩ルートで彼女にイジメを受ける事になるのです。中等部からいる彼女の方が学園内でのコミュニティを築けているし、緑川先輩の身内という事で周囲への影響力もあり、本当に厄介なお人なのです。イジメカッコ悪いであります。
ホッとしていると借り物競走で赤井君の順番がやってきました。赤井君にはいつも一緒の親友が二人おりまして、一人は同じ生徒会に所属している八神君。もう一人は同じく攻略対象の黒宮君です。ちなみに赤井君は紅組で、八神君と黒宮君は白組です。八神君はモブキャラなのにすごいイケメンなんですよね。不思議です。
同じ借り物競走に参加していた赤井君と八神君は、どうやら『親友』と言う同じお題を引いてしまったらしく、黒宮君の前で困っていました。ですが赤井君が二人の手を取り、三人で仲良く手を繋いでゴールまで走っていきました。
体育祭は今日一番の盛り上がりを見せたのは当然でしょう。女子の絶叫とカメラのシャッター音が響き渡りました。私も携帯のカメラを連射します。巴ちゃん。そのムービー、後でください!!
なんやかんやで女子の借り物競走が始まりました。……が、まともな競技になりませんでした。女子の方にはすごい枚数の『好きな人』と言うお題が入れられており、みんな攻略対象の人たちを連れて行こうと必死です。ですが攻略対象の皆さんも、公開告白されたくないのでしょう。身を隠したり逃げ回ったりとしています。快く借りられてくれるのは桃山君だけです。おそらく祭りのノリの冗談だと思っているのでしょう。もう鬼ごっごかカクレンボになっています。私が知っている借り物競走とは違います。
ちなみに私が引いたお題も『好きな人』です。ゲームと一緒です。これで選んだ人の好感度が上がる仕様になっていました。
勿論私の選択肢は巴ちゃん一択です!女の友情万歳です!!
恋に全力で生きている乙女たちを横目に巴ちゃんとゴールを決め、次の玉入れに移動します。
ドキドキしてきました。この玉入れこそ悪夢の関門なのです。桃山君のイベント発生種目なのです。
同じ紅組の桃山君は私と同じく玉入れに参加します。そして元気が有り余っている桃山君が玉を暴投し、それが私に直撃するのです。そしてそのままお姫様抱っこ……。二重の意味で痛い思いをするイベントなのです。
警戒すべき大本命はクラスメートの赤井君と紫田君ですが、フレンドリーな性格の桃山君も油断なりません。
玉入れが開始してすぐに桃山君を視界に収めます。もし暴投した際、避けれるように常に桃山君の動きを警戒します。
「黒宮―――――――!負けないかんな――――――――――――!!」
桃山君は楽しそうに玉を投げ続けます。桃山君と黒宮君はどちらも運動神経抜群の設定で、張り合っています。桃山君は心底楽しそうに飛び跳ねながら、玉を籠に入れてます。よくあんな態勢で投げて入るものです。
……あれ!?感心しながら玉を拾うため屈んで顔を上げたら桃山君が消えました。
さっきまで籠を挟んで反対側に居た筈なのに何処にもいません!何処に行ったのでしょうか!?
「――――!!」
直感です。背後から危険を感じ取りました。本能的に後ろに振り返りながら横に飛び退きました。
「うおおおおおおおおおぉぉう!?」
桃山君の素っ頓狂な叫びが響いたのと同時に、私の頭の横スレスレをもの凄い勢いで玉が通り過ぎていきました。本当にギリギリです。
「………っ!!!」
「ごっめーん。イロハちゃんだいじょぶか―――!?」
恐怖でその場に蹲った私のもとに桃山君が駆けつけて謝ります。一瞬で正面から背後に移動していたとは、桃山君の事を侮っていました。
「だ、だい…大丈夫…です」
なんとか返事しましたが、まだドキドキしています。すごい速球でしたよ。ゲームのヒロインはあんな剛球を受けていたのですね。
前世でゲームをプレイしてる時に「ちょっと玉にあたっただけで桃山君にお姫様抱っこしてもらえるなら何球でも受けるよねー(笑)」とか友人と話しててごめんなさい。本当にごめんなさい。
こうして無事(?)に桃山君のお姫様イベントは回避できました。
「はぁ」
玉入れの後の大玉転がしを眺めながらため息を吐きます。巴ちゃんは次の障害物競走に参加するため、集合場所に行ってしまいました。どうしましょう。クラスの応援席にでも戻りましょうか…。
のんびりと木陰に腰を下ろして校庭を眺めます。寝不足と緊張の連続で疲れました。
「どうした?具合が悪いのか?」
大変麗しい知的イケメンボイスが頭上から聞こえてきました。血の気が引きます。
「白鳥先輩!」
攻略対象の生徒会長。三年生の白鳥先輩です!眼鏡が今日も知的に輝いております。
油断していました。白鳥先輩のイベントは自分が参加していない競技中と言う、時間がハッキリしないものだったのでうっかりしていました。気分が悪くて休んでいるヒロインを通りかかった白鳥先輩が助けてくれるイベントです。お姫様抱っこで救護テントに運ばれます。
「気分が悪いなら救護テントに……」
「元気です!ものすごく元気です!!元気すぎるくらい元気です!!!」
勢いよく立ち上がって叫びました。失敗です。過剰に反応しすぎました。
「…そ、そうか。それなら良かった。水分補給はこまめにな」
「は、はい……」
私の勢いに白鳥先輩は怪訝な顔をして、去っていきました。恥ずかしいです。白鳥先輩引いてました。穴があったら入りたいです(泣)
その後、落ち込みながらクラスの応援席に戻り、障害物競走を応援しました。なんと桃山君と黒宮君の対決がありました。全校生徒注目の対戦です。桃山君と黒宮君はすごい勢いで障害物を突破して行きます。まるで普通に平坦な道を走っているような速度です。すごいです。ゲームではスチルでしか見れなかった二人の運動神経の真骨頂を見ました。現代に生き残った忍者です!
二人のハイレベルな接戦に学園中が盛り上がりました。が、最後のコーナーを曲がって残るは平均台が一つとなったところでどんでん返しが起こりました。同じく障害物競走に参加していた緑川先輩が余裕で二人を抜き去ってゴールを決めたのです。空気が震えるほどの大歓声が起こりました。すごいです!
桃山君は笑っていましたが、黒宮君はすごく悔しそうにしていました。黒宮君のご実家は道場を営んでいて、緑川先輩はその道場の門下生をしており、黒宮君は小さい頃から緑川先輩に負け続けて悔しい思いをしているのです。今回もいいところを持ってかれて、面白くない事でしょう。
余談ですが、その後の障害物競走で他にも忍者の様な動きを披露する人達がいました。この世界って乙女ゲームの世界ですよね?バトル漫画に迷い込んでないですよね?
午前の種目が終わってお昼休みになりました。
もう疲れました。昨夜はよく眠れず、朝から緊張しっぱなしです。胃がキリキリしてきました。
今私は校舎裏にいます。自動販売機に行った帰りで近道中です。巴ちゃんとクラスの女子数人と一緒に体育館前の階段でお昼を食べる事になっています。午前中で飲み物を飲み切ってしまった私は、みんなには先に場所を取りに行ってもらい、飲み物を買いに行ったのです。心身ともに疲れ切った体を引きずって急ぎます。
「きゃあ!」
「うわっ!?」
小走りで角を曲がった所で誰かにぶつかりそうになりました。ですが相手の方が素早く反応して避けてくれて事なきを得ました。ビックリしました。
「悪い。ボーっとしてた」
「いえ、私の方こそ……」
頭が真っ白になりました。
こちらも謝ろうと顔を上げたら、そこにいたのは攻略対象の黒宮君だったのです。
黒宮君は硬派なイケメンで、女子が苦手で少々ぶっきらぼうな男子です。彼のイベントは白鳥先輩と同じく場所とタイミングが曖昧なものでした。歩いていたらウッカリ彼とぶつかり怪我をしてしまうというイベントです。そしてお姫様抱っこで以下略です。
「虹園?どうしたんだ?」
黒宮君が黙ってしまった私に不思議そうにします。
冷静に考えれば、すでに黒宮君が避けてくれたおかげで、ぶつかりイベントは回避という形で終了しているのです。ですがこの時の私は疲れと緊張で冷静さを失っていたのです。
「ひえぇぇっ!ごめんなさい!!」
「はっ!?虹園??」
私はパニックのあまり逃げてしまいました。黒宮君の困惑する声が背後から聞こえます。
黒宮君から逃げて巴ちゃん達の所に辿り着いた時には冷静になり、自分のしてしまった行動にうな垂れました。突然怯えて逃げるなんて失礼にもほどがあります。
女子が苦手な黒宮君ですが、私とはそれなりに仲良くしてくれていました。数少ない女友達に訳も分からず逃げられた黒宮君の心境を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。呆気にとられた黒宮君の表情が頭から離れません。
本当ならすぐに謝りに行くべきなんでしょうけど、今日はお姫様抱っこイベントが怖くて攻略対象に自分から近づくのはとてもじゃないですが無理です。ごめんなさい黒宮君。必ず明日謝罪に行きます。
黒宮君の件は棚上げして、巴ちゃん達と楽しくお昼を食べていると、攻略対象の青柳君を発見しました。青柳君は中等部三年生の後輩で、生徒会長をしている地味ですが真面目で優しい男の子です。同じく生徒会に所属してる上野千代ちゃんと一緒にいます。二人は中庭の方に歩いていきました。
千代ちゃんは青柳君ルートのライバルなのですが、緑川さんとは全然違います。三つ編み眼鏡の地味な女の子で、真面目で優しく健気な可愛い子なのです。前世でゲームをプレイしたファンの間でも人気がありました。
千代ちゃんを幸せにさせてください。千代ちゃんのスピンオフを是非。千代ちゃんとの友情エンドをください。などの要望がクリア後のアンケートで殺到したそうです。私も送りました。
青柳君と千代ちゃんのツーショットは心が癒されます。あの二人は楽園からこの地上に遣わされた天使に違いありません。二人には幸せになってもらいたいです。
二人を見送った後、ふとある事に気付きました。今日これまでのお姫様抱っこイベントは全て不発で無事終わりました。緑川先輩たちの好感度は、やはり足りなかったようです。
私が気になったのは、不発に終わったイベントの事です。緑川先輩が借り物競走で引いたお題は『かわいいもの』というゲームのイベントと同じものでした。好感度が足りず、私とのイベントに繋がらなかっただけで、お題の内容が変更する事はありませんでした。桃山君の暴投、白鳥先輩が通りかかった事、黒宮君とぶつかりそうになった件。全てイベントにはなりませんでしたが、ゲームと同じ行動や流れになっていました。
もしかしてもしかしなくても、私が関わらないだけで、イベントに関係する出来事はそのまま起こるという事でしょうか?これは検証が必要です。
私はお昼を食べ終わると、巴ちゃん達とは別行動をする事にしました。駐車場に向かいます。
「何しに来たんですか?玲子さん」
「あなたに会いに来たのよ。小次郎君」
物陰からコッソリ覗き見た駐車場は修羅場でした。
攻略対象の黄島先生と、美女が見つめあっていました。
黄島先生のイベントは、仲違いをしたお兄さんの元婚約者の玲子さんが黄島先生に会いに来て、それにヒロインが巻き込まれるというものです。
そもそもお兄さんとの仲違いが彼女の所為で、黄島先生はそれが原因で家出同然の身になってしまったのです。黄島先生に会いたかった玲子さんが居場所を突き止めて一方的に会いに来たのです。黄島先生は当然会いたくありませんでした。帰れ、帰らないという二人の言い合いに、黄島先生とお弁当を食べていたヒロインが巻き込まれ、うっかり勢い余った玲子さんに突き飛ばされてしまうというイベントです。
もちろん私は黄島先生とお弁当を食べてなどいませんし、今この場で二人の間に入るつもりもありません。黄島先生のイベントは無事回避確定です。
「学校に来られたら迷惑です。もうあんたと俺は何の関係もないんだ。部外者は帰ってください」
「…分かったわ。今日は帰るわね。また今度改めて話し合いましょう。………小次郎君」
デバガメしていたら決着がついたようです。黄島先生の言葉に玲子さんが引きました。そして最後に切なそうに先生の名前を呼んで真っ赤な外車に乗って去って行きました。大人の女ってかんじです。
「……もう来ないでくれ」
黄島先生はその場でしゃがみ込み頭を抱え込みます。
「何で今更……」
力なく呟く姿は大変頼りないです。まるで迷子の子供の様です。
ですがヒロインとして生きる事を放棄した私には声を掛ける事はできません。黄島先生の力で乗り越えてもらうしかありません。どうか神様。黄島先生にヒロイン以上の良き出会いを!!
しかし転生ヒロインとは何て無力なんでしょう。
神に愛され、人生思うままの存在だと思っていましたが全く違いました。攻略条件がゲームだからこそ達成できる超ハードモードの現実仕様。逆ハーレムなんてもっての外。ヒロイン初期設定スタート。
神様。ヒロイン補正とか少しはくれてもいいじゃないですか。
改めて神の無慈悲さを嘆きます。せめてもっと早く記憶が戻っていたら……!
「あ。虹園。黄島先生見なかった?」
「黄島先生なら向こうにいましたよ」
「ありがと。午後も頑張ろうな」
考え事をしながら歩いていたら赤井君と擦れ違いました。黄島先生の場所を聞かれたので教えてあげます。
あ!赤井君小さな女の子と一緒にいました。妹さんでしょうか?考え事をしていてちゃんと顔を見ませんでした。振り返りましたが後ろ姿しか見えませんでした。残念です。
そんな事よりも黄島先生のイベントを確認して確信が持てました。イベントに関わる出来事は私に関係なく起きます。
……大変です。大変なのです。
実は青柳君のイベントなのですが、千代ちゃんが関わっているのです。校庭に青柳君の姿がないことから、ヒロインが青柳君を探します。その途中で通りかかった階段の上から、慌てて足を踏み外した千代ちゃんが落ちてくるのです。ヒロインは千代ちゃんを庇って怪我を負い、駆けつけた青柳君に以下略……。
どうしましょう!私が庇わなければ千代ちゃんが怪我をしてしまいます。階段から真っ逆さまです。大怪我です。ですが庇ったらお姫様抱っこ発生です。千代ちゃんの恋路を邪魔する事になります。
考えるのです。私が庇わなくても千代ちゃんが階段から落ちない方法を。
そうです。階段を通れなくすればいいのです。私自身が通せんぼなどしたら、あきらかに不審者になってしまいます。何かで階段を封鎖してしまうのはどうでしょう?それでも無理に通ろうとした時の為に、柔らかいマットがいいです。
あとはあの階段の場所ですが、どこの階段でしょうか?思い出すのです青柳君のスチルを!背景に微かに映っていた車…。さっきの駐車場近くの階段です!!
そうと分かればやる事は決まっています。
午後の部が始まり、応援合戦が始まってみんなが校庭に集中している今が勝負です。
体育祭の用具を出すために開けっ放しになっている用具倉庫からマットを拝借します。人目を避けながら運びます。大きなマットを一人で運ぶのは大変です。ですがこれも千代ちゃんの為です。
ずいぶん時間をかけてしまいましたが、何とか駐車場近くまで辿り着けました。どうやら黄島先生がまだ居たらしく、早く着いていたらマットを抱えた状態で鉢合わせるところでした。危なかったです。駐車場から立ち去る黄島先生の背中を見送ってから、階段にマットを設置します。
気のせいでしょうか?黄島先生の他にもう一人いたような……。
全てを終えて校庭に戻った時には応援合戦も男子の騎馬戦も終わっていました。攻略対象たちの活躍、見たかったです(泣)ですが千代ちゃんの為なら我慢です。
その後は女子の大縄跳びです。うちのクラスはそこそこの結果が出せました。千代ちゃんのクラスが最初に脱落したのが気になります。遠目にも分かるくらい千代ちゃんが落ち込んでました。
その後の部活対抗リレーは特に何事もなく過ぎていきます。私も何か部活をやりましょうか?
ただ千代ちゃんが見当たらないのが気になります。それに何故か千代ちゃんのクラスの応援席がえらくガランとしています。女子がほとんどいません。何かあったのでしょうか?
暫くすると、校舎の方から女子生徒に肩を借りて千代ちゃんが歩いてきました。救護テントに向かったようです。
なんという事でしょう!千代ちゃんが怪我を!!結局階段から落ちてしまったのでしょうか?
千代ちゃんを救えなかったという思いが胸を締め付けます。
この後こそ、今日の最大の難関。赤井君か紫田君のお姫様抱っこイベント、二人三脚だというのに集中できません。
グルグルと考えながら集合場所に向かいます。
「虹園」
集合場所で赤井君に声を掛けられました。
「実は虹園のパートナーだった佐藤が騎馬戦で怪我をしちゃったんだ。それで俺が代わる事になったからよろしくな」
練習なしだけど頑張ろうなと赤井君が笑顔で言います。
「よ…よろしくお願いします」
とうとうこの時が来てしまいました。赤井君と紫田君のイベントは、二人三脚の元々のパートナーが怪我で出れなくなってしまい、赤井君か紫田君のどちらか好感度が高い方が代わりのパートナーになるというものです。どうやら今の段階では赤井君の方が好感度が高かったようです。
ここまで来てしまったら、あとはもう転ばないように運命に抗うしかありません。絶対に転びません!
「「1、2、1、2、」」
赤井君と掛け声を合わせて進みます。このまま集中です。
ふとコーナーを曲がった所で救護テントが目に入ってしまいました。千代ちゃんが濡れタオルを目に当てています。
千代ちゃん!?泣いてる!?え??泣いたの!!!?千代ちゃん!!!!!
転びました。
「大丈夫か?虹園」
絶望している私に赤井君が心配そうに聞いてきます。やってしまいました。赤井君は互いの足を結んでいる紐を外します。
「おーい。大丈夫か??」
心配してくれた紫田君も駆けつけてくれます。いやぁぁぁぁぁぁぁ!!来ないでください!!フラグを立てないで!!
「とりあえず怪我の手当てを…」
赤井君が呆然としている私に両手を伸ばしてきました。
いっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
心の中で大絶叫しました。ですがいくら待っても赤井君の手が私に触れる事はありませんでした。赤井君は何故か私に向かって伸ばした手をピタリと止めて、何かを考えだしました。そして伸ばしかけていた手を戻し、周囲に目を向けます。
「中川。虹園が足を怪我しちゃったんだ。手を貸してくれないかな?」
赤井君は紫田君と一緒に駆け付けてくれていた巴ちゃんに声を掛けました。ええ!どうなってるんですか!?
「分かった。彩葉。大丈夫?立てる?」
「はい。大丈夫です。ちょっと擦りむいただけなので洗えば平気です」
巴ちゃんの手を借りて立ち上がります。
「中川だけで平気か?」
「平気だよ」
「大丈夫です」
紫田君の言葉に巴ちゃんと返事をします。転んだだけですから、大げさに騒ぐ必要はありません。
私はそのまま巴ちゃんの肩を借りて、水飲み場に傷を洗いに行きました。巴ちゃんが持っていたバンソーコーを貰って傷に貼ります。
どうして赤井君はお姫様抱っこを途中で止めたのでしょうか。明らかにやろうとしてましたよね?私としては助かったので、問題ないのですが、気になります。
その後、代表リレーも終えて我が紅組の優勝で終わりました。
閉会式も終わって、後は片付けて帰るだけです。
最後に千代ちゃんが気になったので救護テントの傍をわざと通りました。千代ちゃんは小さな女の子と話しています。私の位置からは後ろ姿しか見えません。
千代ちゃんは女の子と笑顔で話しており、特に体に問題はなさそうです。どうやら階段からは落ちなかったようです。本当に良かったです。
「あ。虹園さん。悪いんだけど伝言頼めるかしら?彼女のクラスに行って誰かに荷物を持ってくるよう頼んでほしいの。中等部の三年D組よ」
「はい。いいですよ」
「あ、ありがとうございます。すみません」
千代ちゃんの無事を確認できたのでそのまま通り過ぎようとしましたら、先生に引き止められました。千代ちゃんのクラスへの伝言を頼まれます。もちろん快く引き受けます。
中等部の校舎にさっそく向かいます。
伝言は青柳君に伝えましょう。そして青柳君に荷物を届けてもらい、そのまま二人で一緒に帰ってほしいです。千代ちゃんファイトです!
それにしても乙女ゲームの強制力を克服するほどに赤井君の行動に影響を与えたのはいったい何なのでしょうか?それが分れば今後の強制イベントに生かせるんですけど……。
まさか赤井君に「お姫様抱っこしなかったのはなんでですか?」なんて聞くわけにもいきませんし。
結果としては助かりましたが大きな謎が残りました。
転生ヒロインの強制イベントは恐ろしいです。
年内の更新が間に合いませんでした。無念です。
紫田君が全然出ませんでした。私の王子様(笑)共々、よろしくお願いします。