愛の続きは
時刻は午後八時。冬へと向かうこの時期、パーカーでは少し肌寒い。
通勤帰りの人が時折通るだけの閑静な住宅街、若い男女の恋人たちは公園のブランコに揺られていた。昼間は子どもたちに使われているこのブランコも夜は大人のベンチ代わりに使われる。
先ほど、彼氏のほうから「別れよう」と告げられた女性はしばし喋ることもなく、キィキィとブランコを揺らしていたが、やがて静かに何故と問うた。
「離れなくては。このままでは僕は君に依存してしまう。それだけはしたくない」
今日のデートは最後の名残を惜しむためのものだったのか、と彼女は思い至る。
「愛していたよ」
彼はそう言って立ち上がり、最後に優しく口づけて去った。
「愛していたよ」
これほど残酷な言葉もない。わかってて、彼はそれでもわかってほしかった。伝えずにはいられなかった。
ああ、どうか。どうか、と願う。
「僕の一言が君を泣かせませんように」
月と星がぼやけた視界に入ってきた。
「愛しているけれど」
その道しか、ふたりがそれぞれ前に進むために残されていないのならば受け入れよう。
それにしても、と彼女は思う。
彼が気づかなければ、ずっとこのままでいられたのに。私はそれでもよかったのに。
ああ、彼が……。
「もっと馬鹿だったらよかったのに」
ぽつりと呟いた言葉は溢れてきた涙となって消えた。
時刻は午前四時。夏も盛りのこの時期、じんわりと滲む汗を朝方の少しだけ涼しい風が撫でて吹き抜けていく。
誰も通らない閑静な住宅街、公園のブランコがキィキィと揺れている。揺らすのは妙齢の男性。
しばらくそうして待っていると、妙齢の女性が息を切らせながら走ってくる。公園の入口で男性を見ると少し立ち止まって、息を整えた。それからゆっくりと歩いて、男性の隣のブランコに腰掛けた。
「さて、こんな明け方に呼び出してまで言うことはなんでしょう」
俯いた女性の声は少しだけ震えている。男性はそれに気づいてか微笑した。
「どうしても、すぐに言いたくて。人の少ない時間を狙ったらこうなっちゃった」
男性の言い訳をため息をついて聞き入れ、先を促す。揺らしているつもりはなくても、キィキィとブランコは鳴る。
「結婚しよう」
女性はしばらく顔を上げられなかった。その顔は驚きとまさか、という思い。そして次第に喜びへと変わっていく。
「あの、返事は……」
心配になった男性が問うても、なお女性は顔を上げなかった。
「馬鹿ね」
その声にこもった感情が悪いものではなかったので、男性はまた笑った。
「本当に、馬鹿ね」
ようやく顔を上げた女性の顔は笑っていたが、次第にしわくちゃになる。
「遅くなってごめんね」
キィ、とブランコが音を立てる。
男性は立ち上がって女性の前に立ち、女性の顔を抱きしめた。
ふたりがいなくなっても、公園のブランコはキィキィ、と風に揺られていた。